76,頭のない怪物
引き裂かれる星条旗編。
本編はメアリーの目線です。
前半のテーマはケネディを暗殺したのは――。
久しぶりにCIAのその頃を描きます。
8月28日。ワシントン大行進の当日。
リンカーン記念堂前を埋め尽くした25万人の大群衆と、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「私には夢がある」という声が、全米を震わせていた。
私が大統領に進言した「国を縫い合わせるための圧倒的な大勝利」が、テレビの魔法によって完璧な光の波となって立ち現れた瞬間だった。西翼のエリートたちは、これで来年の選挙の勝利は確実だと歓喜の声を上げている。
大統領自身も、この熱狂の渦の中心で「平和と理性の指導者」としての勝利を確信していたに違いない。
だが、強すぎる光は、必ずどこかに最も濃い「死角」を生み出す。
ホワイトハウスの目が国内の政治的勝利と大行進の熱狂――キング牧師の声が作り出すあの巨大な光に釘付けになっているその裏で、かつての巨大な防波堤が崩れ去った「絶対の死角」から、冷酷な帝国が牙を剥き始めていた。
中央情報局(CIA)。
国家の「目と耳」であるはずのその巨大なシステムは、今や大統領の統制を半ば離れ、独自の「国家防衛」に向けて暗闇の中で静かに駆動するブラックボックスと化しつつあった。
すべての歯車が狂い始めたのは、1961年のピッグス湾事件だ。
大統領は、土壇場で正規軍の投入を拒否し、その失敗の責任を負わせる形で、CIAの絶対的権力者アレン・ダレス長官を退けた。
だが、私には当時から分かっていた。
ダレスが守ろうとしていたのは、単なる一つの秘密機関ではない。
それは、南北戦争以来この国の支配層に深く刻み込まれた、「アメリカは二度と内側からも外側からも崩れてはならない」という古い恐怖そのものだったのだ。
彼にとって、キューバはただの島ではなかった。
あれは西半球に打ち込まれた一本の楔であり、そこから始まる反米ドミノは、やがて中南米全体を揺らし、最後にはアメリカ本国の政治と秩序にまで跳ね返ってくる――そういう悪夢として映っていた。
だからこそ彼は、秩序を守るためなら手段を選ばなかった。民主主義を語る口で独裁者を支え、自由を掲げる国の裏側で、反共のためなら昨日の敵すら利用する。ダレスの冷酷さとは、そういう種類のマキャヴェリズムだった。
ダレスは冷酷な策士だったが、同時に、巨大な諜報機関の狂気や冷戦下の好戦的なエネルギーを、自らの一存で抑え込む重石でもあった。
彼という重石が外れたあと、組織に残ったのは、ダレス時代から続く反カストロの執念と、大統領への底知れぬ不信だけだった。
『大統領のきれいごとに付き合っていれば、西半球の秩序そのものが崩れる。』
ピッグス湾で潰えたのは、最初の作戦であって、彼らの行動原理ではない。
表向きの統制は強まった。だが、秩序を守るためなら手段を選ばないという組織文化だけは、もっと深い場所で生き残ったのだ。
彼らにとって、先のキューバ危機における大統領の「平和的解決」は、最大の敵であるカストロの息の根を止める絶好の機会を自ら手放した、危険な先送りにしか見えなかった。
このままでは、キューバを起点とした反米ドミノ倒しが中南米全土へ広がる。
だから彼らの視線は、ホワイトハウスの光が届かない南米の暗がりへと向かっていった。
その中には、ボリビアで「アルトマン」を名乗る、欧州の戦争を生き延びた亡霊のような男との接触計画さえ含まれていたのかもしれない。思想の清潔さなど、最初から問題ではない。秩序のためなら、出自も過去も問わない。反共という目的に資するなら、ナチスの残骸ですら、彼らにとっては利用可能な資産だった。
「世界を共産主義から守るには、もうあの若造大統領の許可など待っていられない。我々が、この暗闇の中で秩序を守るのだ。」
大行進の歓声がピークに達し、キング牧師の声がワシントンを震わせていたその日。
国家の「目と耳」であるCIAは、大統領から静かに視線を外し、中南米のジャングルへとその冷たい眼差しを向けていた。
政治は彼を死地へ誘い込み、軍部は彼を守る盾を捨てた。
そして今、諜報の要塞(CIA)もまた、彼を守るより先に、自らの秩序の論理を選び始めていた。
ワシントンで25万人の歓声に包まれる大統領の周囲には、その時の私には、彼を守る国家のシステムがほとんど残っていないように見えた。
あとはただ、最も純粋で野蛮な「物理的憎悪」が、その空白を真っ直ぐに撃ち抜くのを待つだけだった。
アメリカの対外的な大儀は民主党でも資本主義でもない。その当時の雰囲気が明るみに出てきます。次回はアメリカ内部の対立を描きます。
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