75,熱狂と理性
引き裂かれる星条旗編。
本編はメアリーの目線です。
前半のテーマはケネディを暗殺したのは――。
ベトナムでのホワイトハウスの計算違いが、むしろ内省に影響を与えます。
11月2日。南ベトナムのジェム大統領とその弟が、クーデター部隊の装甲車の中で血まみれの蜂の巣にされたという凶報は、ワシントンに修復不可能な断絶をもたらした。
ケネディ政権が机上で想定していた「洗練された政権交代」などというものは、理性を過信したエリートの傲慢な幻想に過ぎなかった。マクナマラが放った「完璧なシグナル」は、血と恐怖に支配された現場においては、同盟国のトップを凄惨な暗殺へと導く最悪の引き金となってしまったのだ。
「……せめて別のやつが国防長官と大統領だったらな...... 。」
ペンタゴンの奥深く。現場から送られてきた血まみれの装甲車の写真を見下ろしながら、ルメイ将軍は深い疲労と絶望の入り交じった声で呟いた。
そこに、かつてのような激しい怒号はなかった。ただ、現場の狂気を理解しようとしない「理性的な政治家たち」に対する決定的な諦めと、軽蔑だけがあった。
ルメイにとって耐え難かったのは、単に若い文民長官が机上の理屈を振り回したことではない。
かつて同じ戦争を、数字の側から見ていた男が、今なお戦争を管理表の延長として扱っていることだった。
「現場の命を、机上の『最適解』でコントロールできると思い上がった挙句がこれだ。アイク(アイゼンハワー前大統領)の時代なら、こんな机上の空論で血が流れることは決してなかった。」
ルメイが静かに目を閉じる。他の将軍たちも、重苦しい沈黙の中で同意していた。
あの会議で、ルメイはマクナマラに怒鳴った。
だが今となっては、怒りすら贅沢だった。
彼の中に残っていたのは、同じ空を見上げたはずの男と、最後まで同じ現実を共有できなかったという決定的な絶望だけだった。
「理性で戦争をコントロールしてやろう」という大統領たちの理想は、結果として国家の防衛システムそのものを根底から破壊しつつある。彼ら軍部にとって、ケネディ政権はもはや共に国家を運営するパートナーではなくなっていた。
この日を境に、ペンタゴンの末端にまで「無言の規律」が浸透していった。
それは反逆や暗殺計画ではない。ただの「致命的なサボタージュ(怠業)」だ。
大統領の地方遊説において、本来であれば目と盾となって現地の危険を排除するはずの軍の情報部門の動きが、目に見えて鈍くなったのだ。彼らは自ら引き金を引くわけではない。ただ、無謀な政治家が自ら死地に赴こうとする時、静かに「目を逸らす」ことを決めたのだ。
※※※※※※※※※※
だが、ポトマック川を隔てた対岸。そんな冷酷な軍部の離反(盾の消失)が進行していることなど露知らず、ホワイトハウスの表舞台は依然として、夏に行われた「ワシントン大行進」の大成功の余韻に酔いしれたままだった。
「暴力では何も解決しない。我々は非暴力と法の下の平等によって、この国を一つにする。」
政権から発信されるその輝かしい理念に、全米のリベラル層が熱狂していた。私もまた、自分の描いた完璧な戦略とこの圧倒的な光を信じ、11月の遊説を成功させればアメリカは新しい景色へと生まれ変わると疑わなかった。
私は、マクナマラの「計算」が地球の裏側で引き起こした凄惨な破綻に、自分自身の未来の姿(ダラスでの破綻)を重ね合わせることすらできていなかった。
「大統領。来年の選挙に向けた最終仕上げです。南部の心臓部であるテキサス州ダラスに乗り込み、この完全なる大勝利という楔を打ち込みましょう。」
私は執務室で大統領にそう進言し、意気揚々とダラス行きの準備を急いでいた。
私たちは、自分たちが放っている国内の「光(理性)」が眩しすぎるがゆえに、自分たちの背後を守る「軍部の盾」がすでに消失していることに全く気がついていなかった。
そして時を同じくして、あのピッグス湾事件で煮え湯を飲まされたもう一つの巨大な組織(CIA)もまた、独自の暗闇の中で、大統領から静かに視線を外そうとしていたのだ。
ケネディ大統領がベトナムから撤退するつもりで、軍需産業に暗殺されたという陰謀論がありますが、歴史をみるともう少し根深い対立があったようですね。
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