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73,肌の色と血の色と

引き裂かれる星条旗編。


本編はメアリーの目線です。


前半のテーマはケネディを暗殺したのは――。


今回は、いま紛争に揺れてる中東に打ち込まれたクサビを紹介します。

8月。ワシントンD.C.に向かうアスファルトの地鳴りは、日を追うごとにその重低音を増していた。

南部を出発した長距離バスの車列は、次々と州境を越え、雪だるま式に人々を飲み込んでいく。カーラジオからは絶えず行進を応援するニュースと賛美歌が流れ、そのうねりは、もはや全米を巻き込む不可逆の波へと膨張していた。


私がホワイトハウスの執務室で、テレビの魔法が作り出す「かつてない光のうねり」に確かな勝利の予感を得ていた頃。国防総省ペンタゴン、ポトマック川を隔てた対岸では、別種の計算が静かに進んでいた。


事の発端は、冷戦の最前線である中東の砂漠にある。


※※※※※※※※※※


時計の針を少し前に戻そう――。


1956年の「スエズ危機」において、アイゼンハワー政権は世界を驚かせる決断を下した。

同盟国であるはずのイスラエル、そして英仏に対し、エジプトからの即時撤退を強烈な圧力で迫ったのだ。


彼らは冷戦を戦い抜く現実主義者だった。ここでイスラエルに肩入れし、アラブ世界をまとめて敵に回せば、中東は一気にソ連の影へ傾く。

石油と海路と地政学、そのすべてを守るためなら、同盟国すら切り離す。

それが、鉄のカーテンを中東にまで引き下ろさせないための、アメリカ式の封じ込めだった。


だが、若きケネディ大統領は、このルールにクサビを打ち込んだ。

イスラエルへの最新鋭兵器――ホーク・ミサイルの供与。表向きはいくらでも綺麗な理屈を並べられる。防空、均衡、抑止。

だが、ペンタゴンの将軍たちにはそうは見えなかった。彼らの目には、それはアイゼンハワー時代の危うい均衡を踏み越え、票読みと献金の力学のために中東へ新たな火種を運び込む一手として映っていた。


しかも、彼らの苛立ちを煽ったのは中東だけではない。

あの若い大統領は、アラバマで連邦の権力を振るい、軍を国内の境界線に立たせた。

白か黒かなど、少なくとも軍の中では、とっくに乗り越えつつある問題だった。兵士にとって流れる血の色は一つしかない。だがケネディは、その問題を政治の舞台へと引きずり出し、州と連邦、街と国家の断層をむき出しの形で可視化してしまった。

将軍たちにとって、それは「正義」ではなく、軍事と統帥を内政の演出に使う危険な前例に見えたのだ。


彼らは皆、かつての最高司令官であり、偉大なる軍人出身の前大統領であったアイゼンハワーの時代を強く懐かしんでいた。

アイゼンハワー(アイク)は、国家の生存という冷徹な計算式だけではなく、兵站の重みを誰よりも理解する「同じ血の流れる男」だったからだ。


※※※※※※※※※※


ペンタゴンの奥、窓を絞った会議室。

分厚い葉巻の煙が低くたれこめる中、顔の見えない将軍の一人が吐き捨てるように言った。


「アイク閣下の時代には、背広組の票読みで中東の秩序を弄ぶような真似はなかった。」


別の将軍が低く応じる。


「閣下は兵站を知っていた。石油がどこから来るか、補給線がどこで切れるか、同盟国をいつ切り捨てねばならんかまで、軍人の勘ではなく国家の算盤で分かっていた。」


「イスラエルを軽んじていたわけではない。だが、アラブ世界をまとめて敵に回す愚かさを知っていたのだ。アイクはまず地図を見た。今の若造は、まず選挙地図を見る。」


短い沈黙。誰かが灰皿に灰を叩き落とす。


「ホーク・ミサイルか。」


「表向きは防空だ、均衡だ、抑止だ、といくらでも言える。だが結局、ワシントンの票と献金の臭いしかしない。」


「その結果が何だ。アラブの石油に寄りかかる機械化部隊に泥をかけ、ソ連を囲うはずの外縁を自分で崩している。」


「しかも国内では、州と連邦の境界線に兵士を立たせた。白だ黒だの話じゃない。

軍ではとっくの前から、肌の色より血の色の方が重い。終わった議論だ!

だからこそ腹が立つ。兵士を国内政治の舞台装置にするな、という話だ。」


「軍はモスクワと向き合うためにあるのであって、選挙向けの道徳劇の小道具じゃない。」


「外では防波堤を壊し、内では軍まで政治利用する。あれが統帥か。」


空気が一段冷えた。

だが、そこで最年長の将軍が静かに口を開いた。


「……感情に流されるな――。」


葉巻の火が、闇の中で赤く灯る。


「キューバ危機のあと、あの男は国民にとって“世界を救った若い英雄”になった。そこへ今度の大行進だ。北部の新聞も、テレビも、聖歌隊のように奴を持ち上げている。少なくとも今、正面から倒すのは得策ではない。」


不満げな声が返る。


「では、このまま好きにさせるのですか?」


「逆だ。」


老人はゆっくりと言った。


「勝たせるのだ。より強く、より大きく、より派手に。」


部屋の空気が変わる。


「……神輿にするのですな。」


「そうだ。高く担がれた神輿ほど、自分の足では歩けん。」


「だが、勝たせれば奴はますます思い上がる。」


「思い上がらせればいい。必要なのは“自由に動く大統領”ではない。国内を縫い合わせるための巨大な顔だ。南部を押さえ込み、北部を酔わせ、世界には統一された合衆国の幻を見せる。その役には、あの若い看板がちょうどいい。」


別の将軍が低く笑った。


「表に立つのはケネディ、泥をかぶって勘定するのはジョンソン、というわけですか。」


「テキサスの男は、票の重さも、南部の怨念も、議会の汚れ方も知っている。あの若造に必要なのは喝采ではなく手綱だ。」


しばらくして、別の声が慎重に差し挟んだ。


「……妙な話ですが、ワシントンの別の連中も、同じ結論に辿り着いているかもしれませんな。」


「どの連中だ。」


「親イスラエル・ロビイストです。連中はアイク時代の中東路線に二度と戻されたくない。あの若造が圧勝し、政権が盤石になれば、自分たちの路線も固定できる。」


鼻で笑う声。


「連中はケネディを勝たせたい。こちらはケネディを使いたい。」


「動機は正反対です。だが、結論だけは同じになる。」


「水と油は混ざらない。しかし、どちらも川下へ流れるということか。」


最年長の将軍は、そこで初めて薄く笑った。


「政治とはそういうものだ。誰も同じ旗を見てはいない。だが、同じ男を担ぐことはある。」


「では、あの大行進も止めない?」


「止めるな。むしろ使え。あの熱狂で奴をさらに大きく見せろ。国内の分裂を塞ぐには、“反対すること自体が時代遅れだ”と思わせるほどの勝ち方が要る。」


「完勝させて、逃げ道をなくす。」


「そうだ。」


老人は最後に、吐き捨てるように言った。


「我々はケネディを愛しているのではない。

ただ、今のアメリカには、あの男を巨大な神輿に仕立てる以外の延命策がないだけだ。さもないと――

再び内戦だ。」


※※※※※※※※※※


テレビの映像では、ワシントンへ向かう無数のタイヤの音が、さらに大きくなっていた。

私は、自分が「国を縫い合わせるため」に作り上げようとしている圧倒的な大勝利という光が、大統領を中身のない巨大な神輿へと変え、怪物たちに差し出す呪いであることに、まだ全く気づいていなかった。


だが、その光を最も危険な形で誤読していたのは、軍服の男たちだけではない。

ポトマックの対岸ではすでに、もう一つの理性――数字とシグナルですべてを制御できると信じる、別種のエリートたちの計算もまた動き始めていた。

そしてその中心には、ロバート・マクナマラという、あまりにも聡明すぎる男がいた。

第二次大戦後に起こる中東情勢の変化。

その転換点もケネディ大統領でした。


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