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70,プロローグ――光の波と、蠢く四つの影

新章―引き裂かれ星条旗編が始まります。

この章では、メアリーが主人公です。

プロローグ――光の波と、蠢く四つの影


1963年8月28日。ワシントンD.C.。


うだるような熱気の中、リンカーン記念堂からワシントン記念塔へ向けて、見渡す限りの広場を25万人もの群衆が埋め尽くしていた。彼らが地鳴りのように歌う『勝利を我等に』の歌声が、遠く離れたホワイトハウスの窓ガラスを微かに震わせているのをメアリーは感じていた。


先の10月、キューバ危機という未曾有の核戦争の危機を回避した若き大統領は、「世界を救った英雄」として絶大な人気を勝ち取っていた。来年に控えた大統領選挙での再選は、もはや誰の目にも明らかな規定路線だった。


だが、大統領自身は全く安堵などしていなかった。

彼が直面していたのは、「再選できるかどうか」という次元の低い課題ではない。キューバ危機で得た絶大な政治的パワーを行使し、長年のアメリカの病巣である「黒人の公民権問題」に本格的に踏み込んだことで、彼は自らを恐ろしい窮地へと追い込んでいたのだ。


旧南部の白人保守層は、公民権を推し進める大統領に殺意にも似た反発を見せている。


ここで妥協すれば歴史は後退し、逆に強行すれば南部の反乱によってアメリカは修復不可能に真っ二つに割れてしまう。

国を一つのまま保ち、かつ公民権を成立させるための唯一の道。それは来年の選挙で、反発する南部の民意すらもねじ伏せる結果が必用であった。


――彼には、ただの勝利ではなく「決定的な完全勝利」が絶対に必要だったのだ。


※※※※※※※※※※


しかし、大統領を追い詰めていたのはそのプレッシャーだけではない。


眩いばかりの光の下で、ホワイトハウスの死角には、彼の首を狙う「四つの巨大な内憂(闇)」が不気味にうごめいていた。


一つ目は、「南部の憎悪」。

白人至上主義者たちは、連邦軍を使ってでも黒人の権利を守ろうとする大統領を「州の権利を蹂躙する独裁者」と憎悪している。アラバマやミシシッピの底知れぬ闇の中では、第二の南北戦争すら辞さない物理的な殺意が膨れ上がっていた。


二つ目は、「テキサスの焦燥」。

南部の支持基盤が音を立てて崩れていく中、最も冷や汗をかいていたのはジョンソン副大統領だ。

来年の選挙で南部票を失えば、彼の政治生命は終わる。自身の権力基盤であるテキサスの保守派との亀裂を修復するため、彼は大統領をなんとしてでも自分のホーム(ダラス)へ引きずり込もうと、異常な執念を燃やしていた。


三つ目は、「行き場を失った猛獣たち」。

キューバ危機でソ連と妥協した大統領を「弱腰の裏切り者」と蔑む、軍部の主戦派たち。マクナマラ国防長官が数字と論理で必死に手綱を握り、彼らの無謀な全面戦争への渇望を押さえ込もうと苦闘しているが、巨大な軍需ビジネスを求めるペンタゴンの狂気は限界に達していた。遠いアジアのジャングル(ベトナム)への本格介入を渋る大統領を、彼らは明確な「国家のガン」とみなし始めている。


四つ目は、「ダレス更迭後の不気味な静けさ」。

ピッグス湾事件の無惨な失敗により、絶対的権力者だったアレン・ダレスCIA長官が更迭された。

しかし、その後任のもとで諜報機関が大人しくなったわけではない。むしろ大統領の制御を完全に離れ、不透明な沈黙を保ったまま、まるで独立国家のように見えない糸を引き続けていた。


※※※※※※※※※※


「私には夢がある(I Have a Dream)」


ブラウン管越しに、キング牧師の力強い声と、それを讃える割れるような歓声が鳴り響く。

時代は、想像以上のスピードで進んでいる。


私は、過去を振りかえっていた。

新章ではケネディ暗殺とベトナム戦争について描きます。


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