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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
終末時計が告げる刻~キューバ危機~
68/102

67,13Daysが終わる~三人の夢~

キューバ危機編フィナーレです。

1962年10月28日――


13日間にわたる極限のチキンレースは、奇妙なすれ違いの中で幕を下ろした。

誰もが勝者の言葉を選んだ。だが、心の底では、誰もが敗者の冷たさを拭えずにいる。


結局、勝者はいなかったのだ――。


アメリカは「封鎖線で船を退かせた」「国連で大義名分を取った」という手応えに酔い、

“核はまだ使えない(あるいは、ない)”という前提のまま主戦論を沸騰させた。

勝利の顔をしていたが、実態は――見えていないものに救われただけだ。


ソ連は、その「見えていないもの」を知っていた。

核がすでに島に入り込んでいること。

現場が極限で、命令系統すら歪み、暴発しかねないこと。

そしてアメリカが、その前提を欠いたまま引き金に指をかけていること。


だからこそソ連は、体面のために押し切るのではなく、

むしろ恐怖で震えながら火消しに走った。

取引トルコを確保した瞬間、彼らは“勝つ”より早く“止める”を選び、暗号化の時間すら惜しむように、撤去へ舵を切った――と言われてる。


キューバは、士気も状況も「戦える側」だった。

だが大国の取引に頭越しで振り回され、

最も強い手札ジョーカーを握りながら、それを切れば祖国も世界も灰になると知っていた。

勝ち切る自由だけが、最後まで与えられなかった。


三者は互いの誤算を踏み台にし、互いの暴発を恐れてブレーキを踏み合った。

勝利ではなく、敗北でもない。

――恐怖が均衡を作っただけの、痛み分けだった。


三者は互いの誤算を踏み台にし、互いの暴発を恐れてブレーキを踏み合った。

勝利ではなく、敗北でもない。


――恐怖が均衡を作っただけの、痛み分けだった。


※※※※※※※※※※


ワシントンD.C. ホワイトハウス


[メアリーの手帳:1962年10月28日]


【事象】

モスクワ放送が、全世界に向けて「キューバからの攻撃的兵器の撤去」を正式に発表。アメリカもキューバへの不可侵(侵攻しないこと)を約束し、水面下の裏取引として、トルコに配備していた我が国のジュピター・ミサイルの撤去に合意した。

【感情】

時計の針が、止まった。

人類の歴史がここで終わらなかったことへの、圧倒的な安堵。そして、背骨の髄まで溶けてしまいそうな疲労感。私はタイプライターから手を離し、ただ深く、長く息を吐いた。


※※※※※※※※※※


国民に向けて危機回避の演説を終えた若き大統領は、執務室オーバルオフィスに戻るなり、糸が切れたように革張りの椅子に深く沈み込んだ。いつもの完璧な笑顔はない。ただ、一人の疲れ切った男がそこにいた。


「……勝利ではないな。ただの痛み分けだ。」


ケネディはネクタイを少し緩め、天井を見上げながら独り言のように呟き、私を見た。


「メアリー。これは君の極秘の手帳にだけ記してくれ。……国民は我々がソ連を屈服させたと喜んでいるが、実際には我々も代償を払った。トルコに配備していたミサイルを撤去するという、フルシチョフとの裏取引に応じたんだ。」


「トルコの、ミサイル……ですか。」


「そうだ。モスクワの連中は、自分の喉元トルコに突きつけられたナイフを退かせるために、あのキューバを脅しの取引材料チップに使っただけだったのさ。」


大統領は忌々しそうに息を吐き出した。


「君は何年も、記録係としてあの島の動きを観察し続けている。君の意見が聞きたい。……これで本当に、核の脅威はなくなったのか?」


大統領の問いに対し、私はあえてタイプライターから手を離し、真っ直ぐに見返した。


「あくまで、私の私見として聞いてください。」


私は、静かに息を吸い込んだ。


「私は、ソ連の船が引き返す何日も前から、すでに核弾頭はキューバ国内に配備を完了していたような気がしてなりません。」


「気がする、だと?君はいつから占星術師になったんだ。」

大統領は眉をひそめ、苦笑いをした。


「ピッグス湾事件の時から、私は彼らの異常なまでの『用意周到さ』に感心させられてきました。それに、CIAが主導したマングース作戦(暗殺計画)で、彼はこれまでに何度も命を狙われています。」


私は、冷徹な事実だけを並べた。

「もし彼が、ソ連の船という他人の手札だけを頼りにするような底の浅い男なら、とうの昔に暗殺者の凶弾に倒れていたはずです。……彼は確実に、我々の手の届かないところに『見えない引き金』を隠し持っていたはずですわ。」


私の言葉に、執務室の空気が一瞬だけ、氷のように冷たくなった。

大統領は窓の外を見つめ、忌々しそうに息を吐き出した。


「厄介だな。……二回目(次の危機)はあると思うか?」


「いえ。彼らには帝国主義者のような領土的野心はありません。こちらから手を出さなければ、噛みついてはこないでしょう。」


「なるほどな。触れるな危険アンタッチャブル、というわけだ。」


敗北感にも似た、重い呟き。誰よりも孤独な13日間を戦い抜いた彼に対し、私は記録係としての分を少しだけ超え、柔らかな声で語りかけた。


「武器で脅し合う時代は、これで終わりますわ、大統領ミスター・プレジデント。」


「終わるかな、メアリー。」


「ええ。これからは、大統領が力を入れておられる『宇宙』の時代です。まもなく世界中に衛星が飛び交い、大統領の凛々しいお姿と平和のメッセージが、同時に電波に乗って敵味方関係なく届く時代が来ますわ。」


私は、あえて少しだけ悪戯っぽく微笑んでみせた。


「そうすれば、世界中が大統領の虜になります。私はタイプライターを打つ代わりに、毎日山のように届くファンレターの整理に追われて、目を回すことになるかもしれませんね。」


私の冗談に、大統領はきょとんとした後、久しぶりにあの魅力的な、太陽のような笑顔を見せた。


「それは大変だ。テレビ映りが良くなるように、演説の練習をもっとしないとな。専属のメイクアップアーティストと衣装係も雇おう。」


「ええ、ぜひそうしてください。」


窓の外には、平和を取り戻したワシントンの青空が広がっていた。

若く聡明なこの大統領には、これから先、どれほど輝かしい未来が待っているのだろうか。私はそんな希望を胸に抱きながら、手帳を静かに閉じた。


(※のちに訪れるテキサス州ダラスの悲劇を、この時の私たちはまだ、知らない――)



※※※※※※※※※※



【1962年10月28日/キューバ・ハバナ革命宮殿】


「完全に、大国の都合に巻き込まれたな。」


バルコニーからハバナの街を見下ろしながら、フィデル・カストロが苦笑混じりに煙を吐き出した。

モスクワのフルシチョフは、キューバの頭越しにアメリカと密約を交わし、さっさとミサイル撤去を決めてしまった。自分たちは、大国がポーカーをするための「チップ」として盤面に置かれ、そして勝手に下げられたのだ。


「ああ。とんだ茶番だ。」


横に並んだエルネスト・ゲバラも、手すりに寄りかかりながら肩をすくめた。

だが、その声に今朝までの苛立ちはなかった。強烈な怒りと死の覚悟を通り越し、どこか憑き物が落ちたような、清々しささえ漂っていた。


「だが、結果的にアメリカは『キューバには侵攻しない』と世界に向けて約束させられた。これでしばらくは、奴らも我々に手出しできない。」


「そうだな。やっと……国づくりの時間に入れるな。」


カストロは、短くなった葉巻を灰皿に置き、ふと空を見上げた。


「ゲバラ。この13日間、我々は嫌というほど世界の残酷な『現実』を見すぎた。……少し、夢を語らないか?」


「夢、だと?」


「ああ。シエラ・マエストラの山奥で、泥水をすすりながらお前と語り合った、あの頃のようにな。」


カストロの言葉に、ゲバラは少し驚いたように目を丸くし、やがて心底楽しそうに声を上げて笑った。


「いいだろう。聞かせてみろ、カストロ。」


カストロはバルコニーの手すりに身を乗り出し、カリブ海に向かって演説するように、しかし静かな熱を込めて語り始めた。


「私は最終的に、帝国にもソ連にも頼らない世界を作りたい。人間による人間の搾取が起こらず、小国が大国に怯えることのない世界だ。……今回、ひどい目に遭ったが、結果としてその一歩は踏み出せたはずだ。」


「見事な夢だ。さすがは我らの指導者コマンダンテだな。そうなったらお前は?」


「私は人民から――指導者として時間を搾取されなくなる。俺も本当の自由だ。」


二人は笑う。


「お前の夢はなんだ、ゲバラ。」


カストロの問いに、ゲバラはゆっくりと息を吸い込み、澄んだ目でハバナの街並みを見渡した。


「人はいつか死ぬ。大国に撃たれようが、病に倒れようがな。」


ゲバラは、軍医としての優しく、そして冷徹な声で言った。


「だが、だからこそ、生きている間は精一杯生きられる環境を作らなければならない。医療と教育だ。貧しい農民が文字を読み、病の子供が無料で薬をもらえる。そんな当たり前の尊厳を、俺はこの国に根付かせたい。」


「教育と医療か。冷徹なゲリラ戦士にしては、随分と心優しい夢じゃないか。」


カストロがからかうように笑うと、ゲバラはわざとらしく肩をすくめてみせた。


「当たり前だ。人民が健康で教養がなければ、強大な帝国を相手にゲリラ戦線は戦い抜けないからな。」


「はははっ! 違いない!」


二人の笑い声が、革命宮殿のバルコニーに響き渡る。

核戦争という人類最大の危機をくぐり抜けた二人の男は、大国のエゴにまみれた世界の中で、それでも泥だらけの理想を捨てず、無邪気な少年のように笑い合っていた。


引き金を引くことをやめた彼らの見つめる先には、ミサイルの影が消えた、底抜けに青いカリブの空が広がっていた。

13日を生き抜いた三人のうち二人がこの後、時代の海に巻き込まれ銃弾にちります。


このあと、二話にわけて伏せられた手札が空かされるエピソードを。


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