64,【幕間】死に神と踊る世界―終末へのドミノゲーム―
キューバ危機は決してカリブ海周辺の事象だった訳ではありません。
ケネディ演説後世界中が大パニックになります。
今回の幕間では世界の各地のパニックを描きます。
【10月22日〜27日未明世界各地】
終末の時計の針は、大統領がテレビ演説で「キューバのミサイル」を世界に公表した10月22日を境に、破滅の「午前0時」に向けて猛烈なスピードで進み始めていた。
ワシントンとモスクワの大国は、互いに「超大国の威信」という分厚い服を纏い、盤面上では優雅な外交というチェスゲームを気取っていた。だが、テーブルの下の足元は恐怖でガタガタと震えており、それは人類の存亡をベットした「命がけの死のゲーム」に他ならなかった。
そして彼らが震える手で駒を進めている間にも、世界の最前線では、人々の理性と神経が限界を超え、狂気のドミノが次々と倒れ始めていたのだ。
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【アメリカ合衆国・国内(10月22日〜)】
大統領の演説直後、アメリカ全土のスーパーマーケットは阿鼻叫喚のパニックに包まれていた。
棚から缶詰、飲料水、トイレットペーパーが瞬く間に消え、商品を巡って善良な市民同士が血みどろの殴り合いを演じている。富裕層は自宅の庭に掘った核シェルターに逃げ込み、隣人を締め出すために分厚い鋼鉄の扉を内側からロックした。
「自由と繁栄の国」の理性が崩壊するのに、たった一晩しかかからなかった。
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【キューバ・ハバナ(10月23日〜)】
パニックに震え上がる大国とは対照的に、死のグラウンドのド真ん中にいるキューバだけは、全く異質の「熱狂」に包まれていた。
『アメリカの帝国主義者どもが攻めてくるなら、来させてやろう! 我々は一歩も引かない!』
国営ラジオから流れるフィデル・カストロの演説が、ハバナの街を揺るがす。
『祖国か、死か! 我々は勝利する( パトリア・オ・ムエルテ、ベンセレモス )!』
その言葉に呼応するように、街中ではアメリカ軍の空爆を恐れて逃げ惑う者など一人もいなかった。それどころか、深夜の病院や献血センターには、来たるべき本土決戦に向けて自らの血を提供しようとする市民の長蛇の列が、延々と続いていた。
彼らが決して死を恐れていないわけではない。かつてのアメリカによる搾取と支配という「過去への復讐」に熱狂し、自らを強烈に酔わせることで、圧倒的な大国に対する恐怖心のリミッターを無理やり外しているのだ。そうでもしなければ、あの小国に生きる人々は正気を保つことすらできなかった。
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【ワシントンD.C. ソ連大使館(10月25日)】
ホワイトハウスのすぐ目と鼻の先にあるソ連大使館の煙突から、異様な黒煙が上がり始めた。
それを双眼鏡で監視していたCIAの捜査官たちは、背筋を凍らせた。外交官たちが大使館の庭で、慌てて大量の「機密書類」を燃やし始めたのだ。
それは、彼らが本国から「アメリカとの全面戦争が数日以内に始まる」という通達を受け取ったことを意味する、最悪のサインだった。
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【東西冷戦の最前線:トルコおよび西ベルリン(連日)】
キューバを巡る米ソの睨み合いは、即座にヨーロッパの火薬庫へと引火していた。
アメリカ(NATO)がトルコに配備していたジュピター中距離核ミサイル基地では、すでに弾頭の安全装置が外され、モスクワを照準に収めたまま発射キーを回す寸前の「デフコン2(準戦時態勢)」に移行していた。
一方、それに呼応するように、分断都市ベルリンでは、ソ連率いるワルシャワ条約機構軍が完全な臨戦態勢に突入していた。国境沿いでは無数の戦車部隊がエンジンを轟かせ、アメリカがキューバに手を出した瞬間に西ベルリンへ雪崩れ込む準備を終えている。
第三次世界大戦のヨーロッパ戦線は、すでに「最初の銃声」を待つだけの状態にまで膨れ上がっていた。
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【日本に返還前の沖縄県 読谷村 米軍ミサイル基地(連日)】
ヨーロッパで両陣営のミサイルと戦車が睨み合う中、極東の島・沖縄の地下深くでも、狂気の連鎖が起きていた。
ソ連や中国に向けられた核巡航ミサイル「メイスB」の発射管制室に、暗号通信が飛び込んできた。
『 デフコン1(最高度の防衛態勢)――標的への核ミサイル発射を許可する』
管制室は凍りついた。ワシントンからの、本物の「核戦争開始命令」だった。
発射キーが鍵穴に差し込まれる。だが、現場の指揮官であったウィリアム・バセット大尉が、拳銃を抜いて部下たちを制止した。
「待て! デフコン2をすっ飛ばして、いきなり発射命令が来るのはおかしい! ワシントンに再確認しろ! キーを回す奴は俺が撃ち殺すぞ!」
この直後、それが通信の致命的なエラー(誤報)であったことが判明する。
極東の小さな村の地下で、一人の大尉の機転がなければ、ここで人類の歴史は終わっていた。
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【カリブ海・深海 ソ連軍潜水艦B-59(10月27日未明)】
そして、海の上だけでなく「深い海の底」でも、世界は終末の淵を歩いていた。
アメリカの巨大な海上封鎖網に引っかかったソ連の潜水艦B-59は、浮上を促す米海軍からの「訓練用爆雷」を投下され、激しい爆発音に包まれていた。
だが、数日間にわたる偵察を兼ねた潜航でモスクワとの通信が途絶え、艦内の温度が50度を超す過酷な環境下で、サビツキー艦長の精神は完全に崩壊していた。
「モスクワからの通信はない! 上ではすでに、第三次世界大戦が始まっているんだ! ヤンキーどもの空母ごと、我々も吹き飛ぶぞ!」
艦長は絶叫し、搭載されていた『核魚雷』の装填を命じた。
引き金が引かれる寸前、副艦長のワシーリー・アルヒポフが文字通り艦長に飛びかかり、発射命令に強硬に反対票を投じた。3人の幹部のうち、アルヒポフただ一人の反対によって、核魚雷の発射は奇跡的に阻止されたのだった。
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世界の破滅に向けてドミノ倒しのような悪夢が連載しているなか最悪の事態が今爆心地のキューバソ連基地で今まさに起ようとしていた――
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【キューバ・ジャングル地帯 ソ連軍防空レーダー陣地】
そして、極限まで張り詰めた世界中の糸は、ついに最も脆い場所から弾け飛んだ。
モスクワからは「アメリカ軍を刺激するな。絶対に先制攻撃はするな」と厳命されていた。
しかし、ジャングルの中に潜むソ連の防空部隊の兵士たちの神経は、連日連夜続くアメリカ軍機の挑発的な低空飛行と、明日にでも空爆されるかもしれないという恐怖によって、すでにズタズタに引き裂かれていた。
「上空に機影! アメリカ軍のU-2偵察機です!」
レーダー手が悲鳴のように叫ぶ。
現地のソ連軍部隊長は、血走った目で空を見上げ、モスクワの命令を脳内から完全に消し去った。
どうせ明日には、アメリカ軍が攻めてきて自分たちは死ぬのだ。ならば――。
「……構わん。撃ち落とせ!」
部隊長の怒声とともに、地対空ミサイル(SAM)が轟音を立てて発射台から飛び立ち、闇夜のカリブの空へ向かって一直線に火柱を引いた。
兵士の恐怖による「命令無視」。それが、世界を奈落の底へと突き落とす引き金となった。
1962年10月27日――
のちにアメリカ首脳陣が震え上がりながら『暗黒の土曜日』と呼ぶことになる、人類史上最も世界滅亡に近づいた1日が、こうして幕を開けたのだった。
占領下の沖縄の核ミサイルは、ソ連だけでなく、中国や朝鮮半島にも向けられてはいたことが後に判明します。
ドミノ倒しをギリギリ止める英雄がいなければ、日本も今の姿ではなかったかもしれません。
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