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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
終末時計が告げる刻~キューバ危機~
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61,アトミックボム(原子爆弾)を抱いて眠る夜

キューバ危機は、主にアメリカパートではメアリー(大統領秘書)のメモベースで実際の出来事を、キューバパートでそれを受けたキューバの反応を描きます。

【1962年9月某日/大西洋上 ソ連貨物船アレクサンドロフスク号】


鉛色の大西洋を、巨大なソ連の貨物船が南西へと進んでいる。

その船倉の最深部には、鉛とコンクリートで厳重に密閉された数十個の特殊な木箱が積まれていた。


中身は、1メガトン級の『核弾頭』。

それは単なる爆弾ではない。たった一発で、あのヒロシマに落とされた原爆のおよそ70倍もの破壊力を誇る絶望の結晶だ。もしこれがニューヨークに落ちれば、あの誇り高きマンハッタンの摩天楼は一瞬にして火球に呑み込まれ、数百万の人間が熱線と爆風の前にただの灰と化す。


キューバのジャングルにすでに運び込まれているR-12ミサイルを、ただの鉄の筒から「世界を終わらせる悪魔」へと変えるための、最も重要な心臓部である。


10月24日、午前。

彼らがキューバ沖に設定されたアメリカ海軍の「隔離ライン」に到達するまで、残された時間はあとわずか24時間を切っていた。


※※※※※※※※※※


【1962年10月23日/ワシントンD.C. ホワイトハウス】


[メアリーの手帳:第8日目の詳細録]


【事象】

大統領は、米海軍の巨大な艦隊をカリブ海へと展開させ、キューバの沖合およそ500マイル(約800キロ)の海上に、目に見えない円形の『隔離ライン』を設定した。

一方、大西洋上では、ソ連の貨物船団がそのラインに向けて一切の減速をせずに直進し続けている。


【対応】

戦略空軍司令部(SAC)は、防衛準備態勢を「デフコン2(最高度の準備態勢の一歩手前)」へと引き上げた。B-52爆撃機が核兵器を積んだまま、24時間体制で空を飛び続けている。


【議論の筋道(中身は何か?)】

地下の閣議室(EXCOMM)では、ソ連船の「見えない積み荷」を巡って、行き場のない議論が無限にループしている。


「まさか、本物の核弾頭を積んでいるわけがない! フルシチョフもそこまで狂ってはいまい。あれはただの威嚇だ。」


国務省の穏健派がすがるように叫べば、軍部のタカ派が机を叩いて怒鳴り返す。


「希望的観測で国家を守れるか! 危機管理とは、常に最悪の事態を想定することだ。もし弾頭が積まれており、ラインを通過されれば、キューバは難攻不落の核要塞になる。奴らがラインに到達する前に、ただちに船ごと沈めるべきだ!」


「馬鹿な、もし本当に核弾頭が積まれていた場合、海上でそれを爆破すればどうなる。ソ連は直ちに報復攻撃に出て、明日の朝にはこの国は灰燼に帰すぞ!」


中身が分からない。だが、絶対にミスは許されない。

「撃っても破滅」「通しても破滅」という極限のジレンマが、男たちの理性を確実に削り取っていた。


【感情】

ただのパニックだ。


冷静なはずのマクナマラ国防長官でさえ、絶え間なく油汗を拭い、手の震えを隠せなくなっている。「撃て」と猛り狂う将軍たちの目の奥にあるのも、見えない恐怖への怯えに他ならない。


大統領は黙り込み、窓の外を虚ろな目で見つめている。私はタイプライターを打つ指先が氷のように冷たくなっていくのを感じた。密室に充満する男たちの恐怖の匂いが、肺にこびりついて息苦しい。


※※※※※※※※※※


<10月23日:メアリーの総括メモ>


【まとめ】

世界最強の国家の中枢が、中身の分からない「ただの貨物船」の接近に怯え、完全にフリーズしている。

明日、ソ連船がラインに到達する。警告射撃をするのか、臨検(強制捜査)をするのか、あるいは撃沈するのか。

ホワイトハウスは、自分たちが引いた封鎖ラインのせいで、逃げ場を完全に失ってしまった。時計の針が進むたび、破滅へのタイマーがチクタクと音を立てている。


※※※※※※※※※※


【同日/キューバ・ハバナ 革命宮殿】


「カストロ、ゲバラ! 船団は予定通り、こちらへ向かっているそうだ!」


執務室に駆け込んできた弟のラウル・カストロは、興奮を隠しきれない様子で声を弾ませた。


「アメリカの艦隊は海上で立ち往生している。奴らは撃ってこない。明日の朝、弾頭がハバナに到着すれば、我々の『盾』は完全に機能する。我々の作戦は、事実上成功したも同然だ!」


誇らしげに胸を張るラウル。

長年、アメリカの圧倒的な暴力と経済封鎖に苦しめられてきた彼らにとって、それは待ちに待った「絶対的な安全」が保証される瞬間のはずだった。


だが、部屋の奥に座る二人の男の空気は、痛いほどに冷え切っていた。


「……騒ぐな、ラウル。」


エルネスト・ゲバラは、ソファで愛用の自動小銃(FAL)の機関部を布で磨きながら、氷のような声で遮った。


「海の上では何が起きるか分からない。あの『見えない積み荷』に怯えきったワシントンの連中が、極限のパニックの中でどんな引き金を引くか。確実にたどり着くまで、この島はまだ死線のど真ん中にある。」


「それに、だ。」


窓辺に立つフィデル・カストロが、振り返らずに重い口を開いた。彼の指に挟まれた葉巻からは、紫煙が静かに立ち昇っている。


「仮に弾頭が到着し、配備できたとしても、それは決して祝杯をあげるような勝利ではない。……極めて残酷な勝利だ。」


「残酷、とは……どういう意味だ、兄さん?」


戸惑うラウルに対し、カストロはカリブの真っ暗な海を見つめたまま答えた。


「我々は、大国から祖国を守るために、世界を終わらせる悪魔の兵器と心中する道を選んだ。ミサイルが完成すれば、我々は未来永劫、アメリカの核の標的ターゲットとして生きる十字架を背負うことになる。」


「平和な眠りなど、もう二度と訪れないということだ。」


ゲバラが小銃のボルトを引き、冷たく乾いた金属音を部屋に響かせた。

彼の目には、革命家としての狂気と、命の重さを知るヒューマニストとしての哀しみが同居している。


「だが、帝国の奴隷として家畜のように生かされるくらいなら、我々は悪魔の盾を構え、誇り高く不眠の夜を過ごす。……すべては、祖国の自由のためだ。」


「ああ、その通りだ、ゲバラ。」


カストロは灰皿でゆっくりと葉巻をもみ消し、獰猛で、しかしどこか悲壮な笑みを浮かべた。


「さあ、明日の朝を待とうじゃないか。我々の祖国が、大国の脅威から自立するための、最も残酷で、最も輝かしい夜明けをな。」


皆の無邪気な歓喜とは裏腹に、二人の革命家は「核を抱くことの本当の恐ろしさ」を誰よりも理解しながら、祖国のために地獄の底へと足を踏み入れる覚悟を静かに完了させていた。

人類終末をかけた駆け引きが――。


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