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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
終末時計が告げる刻~キューバ危機~
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58,滅亡をかけた13日間10.16~一枚の航空写真~

キューバ危機は、主にアメリカパートではメアリー(大統領秘書)のメモベースで実際の出来事を、キューバパートでそれを受けたキューバの反応を描きます。

【1962年10月某日 ハバナからモスクワへ宛てた極秘の親書(一部抜粋)】


『……親愛なるフルシチョフ書記長。

もし帝国主義者どもが、我がキューバに対して本格的な武力侵攻を開始したなら、同志よ、私は貴国が「躊躇なく、即座にアメリカへ向けて核ミサイルを発射すること」を強く求める。

我々キューバ国民は、帝国主義の奴隷として生き長らえるくらいなら、社会主義と自由を守るための尊い犠牲として、国ごと地図から消滅する道を選ぶ。一切の妥協はしない。』


フィデル・カストロ


※※※※※※※※※※


【1962年10月16日/ワシントンD.C. ホワイトハウス】


のちの歴史家たちが『キューバ危機』と呼ぶことになる、人類が最も滅亡に近づいた13日間。

大統領直属の記録係であった私が、その狂気の始まりを察知したのは、ホワイトハウスの地下に立ち込めた「冷たいパニックの匂い」からだった。


極限の恐怖は、人間の脳を容易に麻痺させる。だからこそ私は、感情を殺し、ただの機械として手帳に文字を打ち込むことだけを自らに課した。

すべては、この日の朝に持ち込まれた一枚の写真から始まった。


[午前8時45分]

【事象】

二日前にU-2偵察機がキューバ上空で撮った写真の解析が上がってきた。サン・クリストバル近郊に、ソ連製の弾道ミサイル(SS-4)の発射台が作られているらしい。

【対応】

大統領はパジャマからスーツに着替えると、即座に幹部だけを集めた極秘会議の招集を命じた。彼の顔から、いつもの魅力的な余裕は完全に消え失せていた。

【目的】

マスコミや国民への情報漏洩を完全に防ぎつつ、ソ連フルシチョフ書記長の真の意図を測ること。そして、取り得る選択肢の洗い出し。

【感情】

執務室の空気が、文字通り凍りついていた。ソ連が直前まで「キューバに攻撃兵器は置かない」と嘘をついていたことに対する、大統領個人の「屈辱」と「怒り」。

私はペンを握りながら、心臓の奥がひやりとするのを感じていた。


[午前11時50分]

【事象】

大統領執務室に隣接する閣議室にて、第1回緊急会議(のちのEXCOMM)が開催。軍の将軍たちは、ミサイルが稼働する前に、即時の全面空爆とキューバ本土への侵攻を強硬に主張して譲らない。

【対応】

大統領は空爆の即断を避け、軍事的措置と外交的措置、すべての選択肢をテーブルに乗せて比較検討するよう指示を出した。

【目的】

ピッグス湾事件の時のように、軍部や情報機関の「勇ましい計算式」に流され、取り返しのつかない開戦の引き金を引かされることを防ぐため。

【感情】

「今すぐ爆撃機を飛ばせ」と息巻く将軍たちの好戦的な熱気と、若き大統領の冷ややかな疑念。男たちの肥大化したプライドのぶつかり合いが、そのまま世界の終わり(第三次世界大戦)に直結しているという事実に、私は軽い目眩を覚えた。


<初日 10月16日:メアリーの総括メモ>


【本日の選択肢】

1.何もしない(事実上の降伏)→ 即時却下

2.外交的圧力(国連での非難)→ 手ぬるい、時間が足りない

3.キューバに対する海上封鎖 → 有力だが、ソ連船との衝突リスクあり

4.ミサイル基地へのピンポイント空爆 → 撃ち漏らしのリスク大

5.全面空爆およびキューバ本土への侵攻 → 軍部の第一希望。第三次世界大戦勃発の可能性大


【まとめ】

破滅への時計の針が動き出した。猶予は長くて数週間、短ければ数日。

軍部は血に飢えた猟犬のように「5」の全面戦争を求めているが、大統領は首の皮一枚でそれを引き留めている状態だ。明確な解決策はない。

会議室の誰もが「第三次世界大戦」という言葉を口にしないよう必死になっているのが、逆に事態の絶望的な深刻さを物語っていた。

なぜなら次に起きる大戦は別の大陸が震源地ではないからだ。


※※※※※※※※※※


【同日/キューバ・ハバナ近郊―サン・クリストバル】


赤道直下の容赦ない陽射しを避けるように、ヤシの木の葉が巨大な影を作っている。

だが、その影の下に隠されているのは熱帯の果実ではない。鈍く光る巨大な金属の筒――ソ連から運び込まれた、R-12中距離核弾道ミサイルだった。


「素晴らしい! カストロ、ゲバラ。これでもう我々は無敵だ!」


軍のトップであり実弟でもあるラウル・カストロが、興奮で顔を紅潮させながら声を上げた。彼は泥にまみれながら基礎打ちをするソ連兵たちを見下ろし、誇らしげに軍服の胸を張る。

ワシントンのエリートたちが空調の効いた部屋で写真を見て震え上がっているその瞬間、彼らは泥にまみれながら、直接その「世界の終わり」に触れていた。


「これでワシントンの腰抜けどもは、二度と我々に手を出せない。もしまた船を出してくれば、今度こそこのミサイルで、アメリカの主要都市を灰にしてやれる!」


無邪気なまでの、復讐の歓喜。

だが、エルネスト・ゲバラは、威勢のいいラウルに視線すら向けなかった。ただ、氷のようにフラットな、感情の抜け落ちた声で呟いた。


「……無敵、だと?」


ゲバラは喘息の息を微かに漏らしながら、手にした水筒の蓋をゆっくりと閉めた。


「ラウル。お前は、石の階段に焼き付いた人間の『影』を見たことがあるか?」


「え……?」


「熱線で溶けたガラスを見たことがあるか。皮膚をぼろ布のように垂らして歩く、何十万という亡霊の列を見たことがあるか?」


ラウルの顔から、急速に歓喜の色が引いていく。

ゲバラの脳裏には、数年前に訪れた極東の島国――日本の『ヒロシマ』で見た地獄の光景が、ただの事実として鮮明に焼き付いていた。


「これは、勝利をもたらす魔法の杖じゃない。大国が、小国を黙らせるために使った『究極の暴力』だ。我々は今、人類を終わらせる悪魔の兵器を、自分たちの島に招き入れた。

威勢よく歓喜するような代物ではない――」


ゲバラは、熱帯の陽炎の向こうにそびえ立つミサイルを見上げた。

彼の声には怒りも悲しみもない。冷徹な軍医の分析力と、命の重さを知るヒューマニストとしての極めて残酷なまでの“診断”だけがあった。


「だが、我々が生き残り、自由を守り抜くためには、この地獄の釜の蓋を開けるしかなかった。帝国が振り翳す究極の暴力には、究極の暴力で相打ちを突きつけるしかない。これは復讐じゃない。

我々の人民が、二度と帝国の奴隷に戻らないための『最後の盾』だ。」


静まり返ったヤシの木の下に、フィデル・カストロの重々しいブーツの音が響いた。


「その通りだ、ゲバラ」


カストロは軍用ジープに腰掛け、分厚い葉巻に火をつけた。煙の向こう側にある彼の目もまた、恐ろしいほどにフラットだった。そこに宿っているのは、熱狂的な指導者の感情ではなく、国家の運命を冷徹に計算し尽くした機械のような覚悟だ。


「このミサイルは、勝利の祝砲ではない。祖国の誇りを懸けた、片道切符だ。……私は先日、モスクワのフルシチョフに親書を送った」


カストロの言葉に、ゲバラはただ無言で葉巻の煙を吐き出した。


「手紙には、こう書いた。『もしアメリカ軍が、我々の島に本格的な武力侵攻を開始したなら、躊躇なく、即座にアメリカへ向けて核ミサイルを発射してほしい』と。」


「兄さん……ッ!」


ラウルが、ついに耐えきれず息を呑んで後ずさった。武力軍のトップである彼でさえ、冒頭の手紙で示された冷たすぎる決断の真意には震えを隠せなかった。


「それでは……もし核を撃ち合えば、我々のキューバは……!」


「地図から完全に消滅する――」


カストロは、自らの国が灰になる光景を幻視しているかのように、淡々と、抑揚のない声で言い放った。


「再びアメリカの首輪をつけられ、飢えに怯えながら家畜のように生かされるくらいなら、我々は自由な人間として、世界を巻き込んで誇り高く灰になる道を選ぶ。一切の妥協はしない。それが、独立国家としての我々の『答え』だ。」


ヤシの木の下で、ソ連兵のロシア語の怒号が飛ぶ。キューバの熱帯の空気に、不釣り合いな冷帯の言葉が混ざり合う。


二人の革命家は、自分たちの愛した島が人類絶滅の引き金に変わっていく様を、恐れるどころか、一切の感情を交えることなく、ただ静かに見据えていた。

ついに人類終末をかけたドラマが始まります。緊迫の13日間の幕が上がりました。


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