【幕間】マングース作戦
新章『終末時計が告げる刻~キューバ危機~』はキューバとアメリカの幕間から始まります。
1962年秋 ワシントンD.C. ホワイトハウス
権力というものは、その中心に近づけば近づくほど、野蛮な素顔を洗練された大理石と魅力的な笑顔で隠そうとする。
CIAという薄暗い官僚機構の地下室から、大統領府という光り輝く宮廷へ移った私がまず悟ったのは、その冷徹な事実だった。
若き大統領ジョン・F・ケネディと、その弟であるロバート・ケネディ司法長官。
彼らは疑いなく、この新しい時代の覇者であった。洗練された言葉と若さで大衆を魅了し、古い秩序を塗り替える力を持っていた。
だが、覇者であるがゆえの、致命的な欠落を抱えてもいた。自らの無謬性に泥を塗られたという「屈辱」を、大局的な国家戦略よりも優先してしまうという、若さゆえの情念である。
ピッグス湾での敗北。
それは彼らにとって、燦然と輝く合衆国の歴史に落ちた、たった一滴の、しかし決して許しがたい染みであった。彼らはその染みを消し去るために、国家の「制度」そのものを書き換えた。
『マングース作戦』
それが、彼らが新たに立ち上げたキューバ転覆計画の名称である。
この作戦の最大の特徴は、秘密工作の指揮権がCIAの手から完全に奪い取られたことだった。アレン・ダレスを更迭したケネディ兄弟は、情報機関を信用せず、ホワイトハウスの地下に新たな作戦本部を立ち上げた。
指揮を執るのは司法長官である弟のロバート・ケネディと、国防総省の将校たち。かつては独自の盤面を持っていたCIAは、彼らの決定をただ実行するだけの「手足」に成り下がっていた。
私はオーバルオフィスの隅で、完璧な淑女の姿勢を崩さず、静かにノートを開いていた。
そこで語られる作戦の内容は、大国の戦略と呼ぶにはあまりにも矮小で、そして陰湿だった。
正規軍を使った堂々たる侵攻ではない。「千の小さな傷」でキューバを疲弊させる戦術だ。
夜陰に乗じてサトウキビ畑に焼夷弾を落とし、国の経済基盤を焼き払う。輸出用の砂糖には化学物質を混入させて売り物にできなくし、ハバナの空から偽札をばら撒いて経済を大混乱に陥れる。
さらには、カストロ個人の暗殺計画。爆発する葉巻、猛毒を仕込んだダイビングスーツ、果ては演説中に靴に薬品を仕込み、彼のカリスマの象徴である髭を抜け落ちさせるという、子供の嫌がらせのような計画までが、国家の最高会議で真顔で議論されていた。
巨大な帝国が、その圧倒的なリソースのすべてを使って、一つの小さな島国を執拗にいたぶっている。
私はペンを走らせながら、胸の奥でひやりとした、しかし確信に満ちた予感を抱いていた。
――彼らは、盤面を見誤っている。
歴史が証明している通り、逃げ場のない孤島に追い詰められた人間は、ただ大人しく餓死を待つことなど絶対にない。
マングース作戦の執拗な圧力は、カストロたちを屈服させるどころか、彼らを後戻りできない極限状態へと追い詰めているだけだ。針で刺され続けた野獣は、いずれ痛みに耐えかねて「暴発」する。
大国の喉元に致命的な一撃を食らわせるための、最も破滅的な手段を手にするはずだ。アメリカのこの粘着質な嫌がらせこそが、彼らにその口実を与えようとしている。
権力者たちが情念に駆られて盤面を乱すとき、それを客観的な歴史の記録として書き留める「冷徹な観察者」が必要になる。私はその役割を、この狂気から自我を守るための絶対的な盾として引き受けていた。
……そして
私の不吉な予感は、最悪の形で現実のものとなる。
傲慢な覇者たちの視界の死角で、事態は彼らの制御を完全に離れ、キューバは最悪の「暴発」を選んだのだ。
1962年10月
あの日、一枚の偵察写真が宮廷にもたらされた瞬間のことを、私は正確に思い出すことができる。いや、人間の記憶などという曖昧なものは信用に足らない。極限の恐怖と疲労は、容易に脳の機能を麻痺させ、記憶に主観という名のバイアスをかけるからだ。
のちの歴史家にとって信用に足るのは、感情を完全に排して打たれた、文字の羅列だけである。
私は今、手元にある一冊の革張りの手帳を開く。
そして、無機質な文章の隙間からわずかに漏れ出した、生々しい――
そこには、世界が核の炎で消滅する一歩手前まで歩み寄った、あの13日間の狂気の記録が、一秒の狂いもなく刻み込まれている。
ページをめくろう。
権力者たちの驕りと、名もなき人間たちの恐怖が交錯した、あの冷たい秋の日の記録を。
次回人類史上、最も世界が終わりに近づいたと言われる13日開の1日目「1962年10月16日」。
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