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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
2つのアメリカ、2つのキューバ~ピッグス湾事件
55/102

54,失敗の責任

キューバ危機までのアメリカは、アメリカ自身も変化の時代でした。

中央情報局(CIA)に入る『南部』アメリカ出身の(架空の人物)メアリー・ハリンストンの目線でこの章は語ります。

1961年4月下旬 

ホワイトハウス 大統領執務室


ピッグス湾の砂浜で、千人以上の男たちがカストロの軍門に降ったというニュースは、瞬く間に世界を駆け巡った。


ワシントンは今、紙の嵐の中にいる。


新聞の見出しは「大失態」「見殺しにされた自由の戦士」「若き大統領の初めての挫折」といった言葉で埋め尽くされ、インクの匂いが街中を黒く染め上げていた。


オーバルオフィスの空気は、重く、そして淀んでいた。


私はいつものように壁際の椅子に座り、ノートを開いている。だが、そこに書き留めるべき「勝者の決定」はもう何もない。ここで行われるのは、最も醜い政治の儀式――


「敗戦処理」と「責任の押し付け合い」だった。


ジョン・F・ケネディ大統領は、机の上に放り出された新聞の束を一瞥し、それから目の前に立つ男を見た。


アレン・ダレスCIA長官。

彼は、作戦が崩壊したあの日から、何一つ表情を変えていない。まるで他人の失敗の報告を聞きに来た監査役のように、冷たく無機質な顔で立っている。


「世界中が、我が国を非難している。」


ケネディが、噛み殺したような低い声で言った。


「私が介入を拒否したことで、かろうじて全面戦争は避けられた。だが、CIAが主導したこの杜撰ずさんな作戦のせいで、連邦の顔には泥が塗られた。ソ連のフルシチョフは、今頃モスクワで腹を抱えて笑っているだろう。」


ダレスは何も答えない。

ただ、静かに瞬きをしただけだ。


ケネディは机に両手をつき、身を乗り出した。

彼の纏う「若さ」は、こういう時に残酷な刃になる。勝てば正義の若きリーダー。負ければ、古い官僚に騙された悲劇の被害者。その単純な構図が、この部屋を支配しようとしていた。


「長官。」


大統領の言葉が、氷のように空気を切り裂く。


「この無惨な結果の責任は?」


責任――


この世界で最も重く、そして最も便利な言葉だ。実体はないのに、誰かの首に巻き付ければ、他の全員が息を吹き返すことができる魔法の縄。


私は息を殺し、ペンの先を紙から浮かせたままダレスを見た。

言い訳をするだろうか。それとも、介入を直前で取りやめた大統領を非難するだろうか。


ダレスは、わずかに顎を上げた。

そして、その灰色の目で若き大統領を真っ直ぐに見据え、一切の感情を排した声で言った。


「責任は、すべて私にあります。」


ケネディの目が、わずかに見開かれた。

あまりにもあっさりとした、抵抗のない降伏だった。


「私の見通しが甘かった――

現地の反体制派の蜂起を過大評価し、作戦の前提条件を誤りました。大統領、あなたは我々の誤った情報に基づき、最善の判断を下された。汚点は、すべて中央情報局(CIA)にあります。」


私は背筋が寒くなるのを感じた。

ダレスは自分が悪役だなどと、微塵も思っていない。彼の声には、後悔も謝罪の念もなかった。彼はただ「大統領の顔を守る」という、国家の最優先事項を遂行するための「システムの一部」として、自ら進んで切り捨てられる手足の役割を引き受けたのだ。


この男は、心底恐ろしい。

数千人の命をテーブルのチップとして扱い、それをすべて失ってもなお、組織の歯車として平然と機能し続けている。血が通っていない。


ケネディは、ダレスのその冷徹な態度に一瞬だけ怯んだように見えたが、すぐに大統領としての顔を取り戻した。


「……そうか。ならば、長官。君には相応の処遇を受け入れてもらうことになる。時期を見て、君には辞表を提出してもらう。更迭だ。」


「承知いたしました。」


ダレスは短く礼をした。そこに未練の欠片もない。


「それでは、私は引き継ぎの準備に入ります。失礼します。」


ダレスが踵を返し、扉に向かって歩き出す。

私は、彼が部屋を出るのを見届けてから、静かにノートを閉じようとした。


「ミス・ハリントン。」


突然、ケネディに名前を呼ばれ、私は肩をビクンと震わせた。

大統領は、先ほどの冷たい顔から一転、少しだけ柔らかな、人懐っこい表情を浮かべて私を見ていた。


「君の書くレポートは、いつも状況の核心を突いていて、極めて優秀だと聞いている。」


「……恐れ入ります、大統領。」


「CIAはこれから大きく変わる。古い体制は一掃されるだろう。だが、この先、我々には優秀な人材の正確な判断がどうしても必要になる。」


ケネディは、私の目をじっと見つめた。

それは、新しい権力者が、古い組織から有能な部品を引き抜く時の目だった。


「君は、ホワイトハウスの仕事には興味ないか?」


光栄な誘いのはずだった。

ホワイトハウス。国の中心。太陽の当たる場所。

だが、私の胸の奥に湧き上がったのは、喜びではなく、底知れぬ空恐ろしさだった。

こうやって、制度は生き延びていく。古い血を切り捨て、新しい血を取り込み、自分たちは常に「正義」であるという顔をして回り続けるのだ。


「……光栄なご提案です。今回の一件が落ち着きましたら、謹んで、お受けいたします。」


私は、完璧な作り笑いを浮かべて答えた。


私はもう、自分がただの無垢な記録係には戻れないことを知っていた。私はこの日、正義という言葉の裏側に潜む、最も冷酷な取引の共犯者になったのだ。

次回、ピッグス湾事件のラスト。ダレス長官はただの悪人で敗者なのか――。


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