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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
2つのアメリカ、2つのキューバ~ピッグス湾事件
52/67

51,計算が狂うとき~ピッグス湾からのSOS

今回は、この物語の主人公ゲバラとカストロが登場します。


また、アメリカの視点は架空のCIA職員メアリー・ハリンストンで描きます。

1961年4月17日未明 キューバ・ピッグス湾


暗闇の中、潮の匂いに混じって、湿った土と植物の青臭い匂いが漂っていた。

波の音が、規則的に砂浜を叩いている。


海岸線を見下ろす小高い丘の上の茂みに、二人の男が伏せていた。

一人は、葉巻の煙をゆっくりと暗闇に吐き出した。もう一人は、双眼鏡から目を離さずに低い声で言った。


「やはり、ここだな。」


「ああ。」


フィデル・カストロと、チェ・ゲバラ。

彼らは、海の向こうからやってくる強大な「客人」たちを、まるで待ち合わせの時間を確かめるように静かに見下ろしていた。


「工作も生きたな。」


カストロが低く笑う。


彼らは知っていたのだ。アメリカが空襲を仕掛けてくることも、どこから上陸してくるかも。だから、本物の戦闘機はあらかじめ隠し、爆撃された飛行場には精巧なダミー(偽物)の機体を並べておいた。

巨大な情報機関の目を、たったそれだけの泥臭い工作で欺いたのだ。


海から、微かにスペイン語の怒号が聞こえ始める。上陸用の舟艇が、波を割って近づいてくる音だ。


「無線の傍受は。」


「できるだけ捉えろ。連中の動揺を全部吸い上げろ。」


カストロは葉巻を指で挟み、冷徹な目で海を見つめた。


「空軍を派遣しろ。すべて撃ち落とさなくていい。だが、絶望を見せつけろ。絶望を見せれば、連中は降伏する。」


小さな島国の指導者たちは、巨大な帝国の「完璧な計画」を、この円形の湾という名の処刑場に誘い込んでいた。


※※※※※※※※※※


同日 ワシントンD.C. CIA作戦指令室


テレタイプの音が、狂ったように鳴り響いていた。

規則正しいリズムではない。叩きつけるような、悲鳴に似た金属音だ。


作戦指令室の空気は、数時間前までの「静かな高揚」から一転し、得体の知れない熱気と焦燥に支配されていた。

私は、次々と運ばれてくる通信記録を前に、ペンの先を震わせていた。


『――敵機接近! 繰り返す、敵機接近!』


『空襲は成功したはずだ! なぜ敵の爆撃機が飛んでいる!?』


通信用のスピーカーから、ノイズにまみれた現場の怒号が飛び出してくる。

それは私がつい数時間前まで求めていた「現場の泥」であり、「血の匂い」だった。だが、いざそれが突きつけられると、あまりの生々しさに呼吸が浅くなる。


ダレス長官は、作戦地図の前に立ち尽くしていた。

彼の顔から、あの冷徹な数学者のような余裕が消えている。目線が地図の上を猛烈な速度で泳いでいた。


計算が狂ったのだ。

我々が破壊したのは、空っぽのダミー機だった。敵の航空戦力は無傷のまま、我々の上陸部隊の頭上に現れた。


『――弾薬を積んだ輸送船がやられた! 沈むぞ!』


『逃げ場がない! 湾の出口を塞がれた!』


スピーカーから、絶望的な悲鳴が響く。

私は地図を見た。ピッグス湾。

ダレスはここを「目的地」としか言わなかった。だが、地形図をよく見ればわかる。ここは深い入り江の円形だ。

一度中に入り込んでしまえば、背後は海、三方は敵に囲まれる。おまけに周囲は底なしの沼地だ。


罠だ――!


相手は、我々がここを選ぶと知っていて、奥へ奥へと誘い込んだのだ。

盤面を作っていたのは我々ではなかった。我々は、カストロの手のひらの上で踊らされていただけだった。


「長官……。」


通信士が、血の気のない顔で振り向いた。


「現場から、SOSです。このままでは全滅します。海軍の……海軍の直接介入を求めています!」


作戦指令室が、水を打ったように静まり返った。


誰もがダレスを見た。


完璧な段取り。完璧なスケジュール。


それが崩れた時、制度という名の機械は、自力で立て直す機能を持っていない。穴を埋められるのは、圧倒的な「暴力」だけだ。

沖合に待機している空母エセックスから戦闘機を飛ばし、敵を焼き払うしかない。


しかし、それをすれば「アメリカの指紋」がべったりと残る。


ダレスは、数秒だけ目を閉じ、深く息を吐いた。

そして、目を開けた時の彼の顔は、再び「冷徹な官僚」に戻っていた。


「上着を持て。」


ダレスが低い声で命じた。


「大統領の執務室へ行く。」


私は弾かれたように立ち上がり、ノートとバインダーを抱えた。

ダレスが早足で廊下に出る。私も小走りでその後を追う。

CIAの白い廊下。いつもは足音すら吸い込む静寂の空間が、今は制度が焦燥している音で満ちていた。ダレスの革靴の音が、乱暴に響く。


「ミス・ハリントン。」


歩きながら、ダレスが前を向いたまま言った。


「大統領への報告の言葉を整えろ。感情は挟むな。事実と、必要な措置だけを端的に伝えろ。」


「……はい。」


私は息を切らしながら答えた。

ここで初めて、私は「言葉が命を左右する」という本当の恐怖を味わっていた。


私がどう報告するか、ダレスがどう説得するかで、今この瞬間も湾で撃たれている数千人の命が決まる。言葉の重さが、胃を握り潰すように痛かった。


ホワイトハウスに向かう車の中は、行きも帰りもない、完全な沈黙だった。

やがて、オーバルオフィスの重厚な扉の前に着く。


扉の向こうに、この国の最高権力者がいる。

私は、冷え切った自分の指先を見つめながら、これから始まる「敗戦処理」の重圧に耐えるように、深く息を吸い込んだ。

計算が狂うCIA陣営。次回ケネディ大統領の決断が下ります。


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