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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
2つのアメリカ、2つのキューバ~ピックス湾事件
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48,ケネディ大統領

キューバ危機までのアメリカは、アメリカ自身も変化の時代でした。

中央情報局(CIA)に入る『南部』アメリカ出身の(架空の人物)メアリーの目線でこの章は語ります。

1961年春 ホワイトハウス 大統領執務室オーバルオフィス


CIAの建物は、どこまで行っても紙とインクの匂いがする。官僚たちが吐き出す乾いた息の匂いだ。

だが、ここは違う。


磨き上げられた古いマホガニー(木材)の重厚な香り、かすかに漂う上質な葉巻の残り香、そして分厚い絨毯が靴音を吸い込む静寂。ここはワシントンD.C.の中心であり、世界で最も甘く、最も危険な匂いがする場所だ。


権力の匂い――。


私は壁際の椅子に背筋を伸ばして座り、膝の上に革張りのノートを開いていた。


「空気を残す」


のが私の仕事だ。

誰が何を言い、誰が黙ったか。誰の視線がどこを向き、どの言葉の語尾が微かに濁ったか。ペンの滑る音だけが、この部屋で私が立てていい唯一の音だった。私はただの記録装置であり、同時に、この部屋の温度を測る温度計でもあった。


部屋の中心には二人の男がいる。

一人は、古い秩序の番人であり、長年この国を裏から操ってきたアレン・ダレスCIA長官。

もう一人は、新しいアメリカの顔、若きジョン・F・ケネディ大統領。


ケネディは若い。テレビの画面越しに見るよりも、ずっと輪郭がはっきりとしていて、隙がない。彼が纏う若さは、希望というよりは野心に近い。その目はテレビでは決して見せない、氷のような冷たさと極端な合理主義を宿していた。


「長官。」


ケネディが口を開く。声は低いが、部屋の隅々までよく通る。


「私は、あの小さな島がどういう複雑な歴史を持っているかには興味がない。スペインと我が国の戦争も、前の政権の腐敗も、イデオロギーの講義も不要だ。私が知りたいのは、極めてシンプルな事実だけだ。」


ケネディはマホガニーの机に両手をつき、ダレスを真っ直ぐに見た。


「勝てるのか?」


極端な結果主義。若い男が、老練な官僚たちに対して自身の絶対的な権力を示すための、最も手っ取り早い確認作業だった。過程はどうでもいい。結果だけを持て。大統領の言葉は、そう言っていた。


ダレスは表情を全く変えない。焦りも、気負いも、不快感すらない。

彼はゆっくりと手元の革鞄を開け、一枚の精緻な地図を取り出すと、机の上に滑らせた。


「目的地は、ピッグス湾です。キューバを中央から分断します。」


ダレスは、さらっと言った。地勢の説明も、そこに住む人間の話も一切しない。ただの目的地。広大な地図の上の、ほんの小さな点として提示したのだ。


「勝率は100パーセントです、大統領。」


言い切った。

私はノートにペンを走らせながら、息を殺した。

この情報機関の世界で、「絶対」や「100パーセント」という言葉は、己の命とキャリアをテーブルの真ん中に積む時にしか使われない。


ケネディの眉がわずかに動いた。


「100パーセント。随分な自信だな。軍の将軍たちでさえ、そんな数字は口にしないぞ。」


「我々が行うのは、戦争ではないからです。」


ダレスは淡々と続ける。その声は、数学の公式を読み上げる教師のように平坦だった。


「これは計算です。

そして、勝敗を決めるのは現場の兵士の勇気ではなく、事前に行う『段取り』です。

我々がチェスの盤面を作り、チェスの駒の配置を整える。

あとは、重力に従って落ちていくだけです。相手に反撃の隙は与えません。」


その時だった。

ダレスの冷たい灰色の目が、ほんの一瞬だけ、壁際に座る私を見た。

瞬き一つ分の、微かな合図。


――今だ。やれ。


私はノートから顔を上げ、静かに声を出した。

本来、議事録係が言葉を発するのは越権行為だ。だが、私は「質問を持ってくる」という特異な役割を買われてここにいる。そして今から私が発する疑問の答えを、私はすでに知っている。さっき、ダレスの執務室で彼自身から教えられたことだ。


だが、ここでは「知らないふり」をして聞かなければならない。大統領の懸念を私が代弁し、それを長官が華麗に打ち返すための、計算された台本なのだ。


「……長官。いくつか、確認してもよろしいでしょうか。」


ケネディの視線が、初めて私に向いた。値踏みするような目だ。一瞬の沈黙の後、彼がわずかに顎を引いたのを許可と受け取り、私は言葉を紡ぐ。賢く、的確に、しかし女らしい柔らかいトーンを決して崩さずに。この質問も


「なぜ正規軍ではなく、亡命したキューバ人の部隊を使うのでしょうか?

また、事前に行うという空襲は、わが国の関与をどう隠すおつもりですか?

アメリカの戦闘機を飛ばせば、誰の指図かすぐに露見します。さらに、海軍を沖合で待機させるという点も、軍事介入の明白な証拠になりませんか?」


ダレスは私を見ない。彼は前を向いたままだ。代わりに、ケネディが小さく笑った。台本通りだ。


「CIAには、随分と鋭く、そして美しい記録係がいるようだな。」


大統領の、計算され尽くした魅力的な笑顔。私は軽く会釈だけを返す。

この男は、女の容姿を褒めるという行為をクッションにして、場の主導権をダレスから奪い返したのだ。ダレスが私をここに連れてきた理由の半分は、大統領のこの「滑らかな反応」を引き出すためだ。


ケネディは笑顔を消し、ダレスに向き直った。


「彼女の言う通りだ、ダレス。露骨なアメリカ軍の介入に見えるのは困る。

世界中がこの出来事を見ているんだ。ソ連を刺激しすぎるのは避けたい。これは絶対的な政治条件だ。

我々の指紋を、一切残すな。」


「承知しております。」


ダレスは深く頷く。すべては用意していた台本通りだ、と言わんばかりの余裕があった。


「正規軍は使いません。

すべては『祖国を取り戻すための自発的な蜂起』という形をとります。

空襲を行う爆撃機は、敵の軍隊と全く同じ塗装を施して偽装します。

海軍はあくまで“影”です。外側から威圧感だけを与え、自由キューバ軍の要請によって協力する。」


ダレスは地図を指で軽く叩いた。


「大統領、あなたはただ、ホワイトハウスの椅子に座り、自由のためにサインする。

そして勝利の報告を受け取ればいいのです。」


ケネディは満足そうに息を吐き、地図から目を離した。彼の頭の中ではすでに、勝利の後の記者会見の言葉が組み立てられているようだった。


会議が終わる。私はノートを静かに閉じた。

完璧なプレゼンテーションだった。この部屋には、「勝つ前提の空気」が隅々まで満ちている。疑問を挟む余地はミリ単位で潰されていた。


だが。

背筋の奥が、ほんの少しだけ冷えた。

なぜだろう。


勝率100パーセントの盤面。

強大で野心的な若き大統領。

感情を持たず、すべてを計算で処理する長官。


ギャンブルにおいて一番恐ろしいのは何か。

それは、「誰も自分が負ける可能性を微塵も考えていないテーブル」だ。相手が自分と同じように息をし、思考し、盤面をひっくり返す力を持っている人間だということを忘れた時、致命的な死角が生まれる。


彼らは、あの島の指導者を「倒されるべきただの的」としか見ていない。彼にも血が通い、牙があり、怒りがあることを見ていない。


私は、微かな、しかし確かな不吉の種を胸の奥に抱えたまま、分厚い扉を開けてオーバルオフィスを後にした。


次回ピックス湾事件(ザパタ作戦)が始まります。


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