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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
2つのアメリカ、2つのキューバ~ピックス湾事件
48/57

47,完全な作戦

キューバ危機までのアメリカは、アメリカ自身も変化の時代でした。

中央情報局(CIA)に入る『南部』アメリカ出身の(架空の人物)メアリーの目線でこの章は語ります。

ー会議後のCIA長官執務室ー


一度目の会議が終わると、部屋の空気だけが残った。

灰皿の煙。紙の匂い。誰かが言い切った言葉の余熱。

私はメモを閉じない。ここでは、閉じた瞬間に負ける。

今回の作戦名――『ザパサ作戦』


ダレス長官は窓の方を向いたまま言った。


「ザパタ作戦の内容を説明しろ。」


私は背筋を伸ばす。

“教えてください”ではない。“言ってみろ”だ。


「はい。

上陸前に空襲を入れて、空からの反撃の可能性を潰す。

グアテマラで訓練しているキューバ亡命部隊をピックス湾に上陸させる。

海軍は沖で待機し、必要なら支援できる位置を取る……。以上です。」


ダレス長官は頷く。


「完璧だ。

では、君の感想を言ってくれ。」


私は少しだけ間を置く。

ここで“賛成です”と言えば、私の価値は終わる。


「いくつか……気になる点があります。」


「言え。」


私は言葉を選ぶ。

賢く見せる必要はない。

“聞きにくいこと”を言えるかどうかだけが問われている。


「なぜ正規軍ではなく亡命部隊なんですか。」

「そして、なぜ訓練がグアテマラなんですか。」


ダレス長官は表情を変えない。


「まず後者だ。

君はグアテマラの革命を知っているか。」


私は頷く。頷き方は丁寧に。


「もちろんですわ。

六年前、反米的な政府が倒れて、わが国に近い政権ができた。

……長官が、その工作に関わっていた、という噂も聞きます。」


言い終えてから気づく。

この部屋で“噂”という言葉は、半分、告発だ。


ダレス長官は笑わない。


「そうだ。」


否定もしない。

誇りもしない。

事実として答える。


私は息を吸う。


「では……具体的に、何をしたんですか。」


ダレス長官は質問を受け止めたまま、逆に押し返してくる。


「それが肝になる。

わかるか。」


少しわかる気がする。

だが、ここでは“気がする”は負けだ。

言語化できない理解は、理解ではない。


私は素直に言う。


「わかりません、長官。」


ダレス長官は少しだけ間を置いた。

叱る間ではない。

“噛み砕く”順番を選ぶ間だ。


「背伸びした自由が、足を滑らせた。」


私は眉を寄せる。


「……自由が失敗した、という意味ですか。」


「自由は失敗しない。

失敗するのは、空腹だ。」


一拍。


「人は理念より先に、食う。

食えなくなると、旗は軽くなる。

言葉は立派でも、生活が崩れたら終わりだ。」


私はメモを取る。

“腹”という単語が妙に具体的で、怖い。


「グアテマラでは、土地と正義の話が先に走った。

だが秩序が崩れて、商いが止まり、物が動かなくなった。

そこへ“不安”が生まれる。」


ダレス長官は続ける。


「不安は、誰かのせいにできる。

誰かのせいにできた瞬間、人は“安定”に飛びつく。」


私は口を挟む。


「その安定を……こちらが用意した、と。」


「“用意”という言い方は美しいな。」


ダレス長官は淡々と言う。


「我々がやったのは、背中を押しただけだ。

倒れる位置に来ていた。

押せば倒れる。

倒れれば、周辺に伝染しない。」


私は喉の奥が乾くのを感じた。


「反米政府が倒れると、“周辺に伝染しない”と。」


「そうだ。

小さな国の“成功物語”は感染する。

感染すれば、次が続く。

次が続けば、連鎖になる。」


ダレス長官は机に指を置く。


「連鎖は、秩序を壊す。」


私は確認するように言う。


「だから、“成功例”というのは……。」


「民衆が望んだのは英雄じゃない。

明日の安定だ。

我々は、安定に見えるものを置いた。

それで落ち着いた。

それが成功だ。」


私は息を整えながら言う。


「……工作ですね。」


「成功例だ。」


短い。

裁判の判決みたいに軽い。


私はメモの余白に、小さく書き足す。


――成功とは、正しさではない。

――“落ち着いた”という結果のこと。


私は次の疑問を口にする。


「その“成功”を、キューバでも再現できると。」


ダレス長官は答える。


「再現する。

そのためにグアテマラだ。」


私は首を傾げる。


「地理ですか。」


「地理もだ。

メキシコの下、カリブに近い。

キューバにも近い。

動かすのに都合がいい。」


私は続けて聞く。


「でも、なぜ亡命部隊なんですか。

なぜ、正規軍でやらないんですか。」


ダレス長官は“当然の常識”として答える。


「正規軍でやれば、戦争になる。

戦争になれば、世界が動く。

世界が動けば、我々の秩序が揺れる。」


「秩序……。」


「君はさっき“例外”と呼んだな。

キューバは、例外に見えるから厄介なんだ。

小さな国が大きな国に逆らって勝った。

その物語は感染する。」


私は頷く。


「だから、物語を潰す。

しかし“我々が潰した”と見せない。」


ダレス長官は言い切る。


「やるのはグアテマラにいる“自由キューバ”だ。

我々は段取りをする。

動くのは最後だ。」


私は唇を噛む。

平易な言葉が、いちばん冷たい。


「空襲は……アメリカ軍ですか。」


「そうだ。」


「亡命部隊が動く前に、空港を叩く。

空を折る、ということですね。」


「そうだ。」


ダレス長官は淡々と続ける。


「空を折れば、相手の行動は遅くなる。

遅くなれば、上陸が“蜂起”に見える。

蜂起に見えれば、国内の反カストロが立ち上がる。

立ち上がれば、倒れる。」


私は静かに言う。


「……美しい段取りですわ。」


「美しい必要はない。

勝てばいい。」


私はもう一つ、いちばん大きい地雷を踏みにいく。


「長官。

大統領が変わったばかりです。

アイゼンハワーから、ケネディに。

段取りは……大丈夫なんですか。」


ダレス長官は少しだけ目を細める。


「厄介だ。

でも、だから簡単だ。」


私は眉を上げる。


「簡単?」


「“決まっていたこと”として処理する。

制度は、人が変わっても回る。

回らない制度は制度じゃない。

だから部署を立ち上げた。」


私はその言葉の冷たさを飲み込む。


「若い大統領は……。」


「若い優男は、自分の強さを世間に示したい。

勝利の気分を利用する。」


私は言った。


「だから大統領選挙の直後に、動くんですね。」


「そうだ。」


ダレス長官は椅子に浅く座り直す。


「そして、君には大切な役目がある。」


私は顔を上げる。


「大統領への報告に、付き添ってほしい。」


胸の奥が小さく跳ねる。

これは栄誉ではない。

入口だ。出口が見えない入口。


私は礼儀正しく聞いた。


「なぜ私ですか。

他にも適任は……。」


ダレス長官は珍しく、わずかに口元を緩めた。


「気を悪くしないでくれ。

大統領は、肌の白いブロンドの若い女性に目がないそうだ。

君がいるだけで、話が滑る。

……ハリントン。」


私は一拍おいて返す。


「はい。」


「これはトップシークレットだ。」


ジョークの形をした命令だった。


私は笑わない。

笑ったら、同意になる。


胸の中でだけ呟く。


――なるほど。

ここでは、能力だけで抜擢されるわけじゃない。

役割で抜擢される。


そして、役割はいつでも捨てられる。


私はペンを握り直した。

紙の上に残るのは文字だけだ。

だが、この部屋では――

文字だけが、私を生かす。


「承知しました、長官。」


声は震えなかった。

震えないように訓練されているのは、私の方だった。

次回ケネディ大統領が登場です。

ピックス湾事件が始まります。


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