46,ダレスという男
キューバ危機までのアメリカは、アメリカ自身も変化の時代でした。
中央情報局(CIA)に入る『南部』アメリカ出身の(架空の人物)メアリーの目線でこの章は語ります。
1961年1月 ワシントンD.C.
新年のワシントンは、空まで硬い。
青いのに冷たい。澄んでいるのに、刺さる。
建物の角が、言葉の角と同じ形をしている。
私は廊下を歩いていた。
足音が吸い込まれる。絨毯が音を殺す。
その静けさが、逆に緊張を増やす。
前を歩くのは指導教官――そう呼ばれている男だ。
教師ではない。先生でもない。
この世界では、教えるとは“慣れさせる”ことだ。
「ミス・ハリントン。」
背中越しに言われる。
「今、中南米の秩序が変化している。
新しいチームも出来た。
君の役目は、その変化を“管理”することだ。」
“管理”という言葉が、乾いた音で落ちた。
私は頷き、黙ってメモの準備をする。
指導教官は続けた。
「コントロールするための役目だ。
何か質問は?」
私は一秒だけ迷った。
迷うのは礼儀だ。沈黙は、考えているふりになる。
「……なぜ、キューバにこだわるんですか?」
指導教官は歩く速度を変えない。
「いい質問だ。だが、その答えは長官がする。」
廊下の先に扉が見えた。
長官執務室。
私は呼吸を整える。
ここでは深呼吸すら、情報になる気がした。
扉の前で指導教官が止まる。
「君は記録係だ。
だが、記録係は“聞く係”でもある。
聞くなら、ちゃんと聞け。」
ノックは短い。
返事はない。
扉が開く。
紙の匂いが、最初に来る。
次にインク。
最後に、人の気配。
机の奥に男がいる。
CIA長官アレン・ダレス。
顔は穏やかだ。
穏やかすぎて、怖い。
「ミス・ハリントン。」
声が軽い。軽いのに、圧がある。
「座って。――時間がない。」
私は椅子に腰を下ろし、ペンを出した。
この部屋では、メモは盾だ。
書き残せば、自分の身体が少しだけ守られる。
ダレスは紙を一枚ずらした。
それが開始の合図だった。
「君は、質問があるんだろう?」
私は息を吸う。
「はい。
なぜ、キューバにこだわるんですか?」
ダレスは目線を上げずに言った。
「無秩序は連鎖する。」
短い言葉ほど、命令になる。
「小さな乱れでも、隣へ移る。
次の国へ移る。
そして、最後に“こちら側”へ来る。」
私は聞く。
「“こちら側”とは……本土ですか?」
「この国の生活だ。治安だ。市場だ。政治だ。
バランスが変わると、一気に反転する。
反転してから止めようとすると、血が出る。」
ダレスはここで初めて顔を上げた。
「だから、コントロールが重要なのだ。
バランスのイニシアチブを握る。
それが我が国の役目だ。」
私は頷き、書く。
言葉が、紙の上で少しだけ柔らかくなる。
ダレスが言う。
「他には?」
私は少しだけ間を置いてから言った。
「……あなたがユナイテッド・フルーツの顧問だから、
という噂も聞きました。」
指導教官が、わずかに肩を動かした。
笑うのを堪えたのか、怒りを抑えたのか分からない。
ダレスは――苦笑いした。
苦笑いができる男ほど、厄介だ。
「正直に言おう。」
ダレスはゆっくり言葉を選んだ。
「半分は正解だ。」
私はペンを止めない。
「だが、残りの半分がもっと重要だ。
我々は秩序を重んじる。
これは――純粋な愛国心だ。」
私は思わず口に出した。
「愛国心?」
ダレスが頷く。
「秩序が変わる時、国は乱れる。」
彼は淡々と言う。
淡々としているから、言葉が嘘に見えない。
「南北戦争を知っているか?」
「はい。」
「この国は一度、国が割れた。
あれは“昔話”じゃない。
条件が揃えば、また起きる。」
私は息を飲む。
父が語る時の南北戦争と、同じ重さだ。
違うのは、これは“恐怖を材料にした説明”だということ。
ダレスは続ける。
「その後、二つの大戦が別の大陸で起きた。
我々は海の向こうの戦争を“参戦”という形で扱えた。
距離があったからだ。」
指先が机を軽く叩く。
「だが、今回は別の大陸ではない。
喉元で起きている。」
私は言葉を確かめるように聞いた。
「喉元……中南米が?」
「そうだ。
手段は選んでいられない。」
私は口にする。
「統治のためなら手段を選ばない……マキャベリズム、ですか?」
ダレスの口元が少し上がった。
笑いだ。だが、優しい笑いではない。
「そうだ。」
そして、言い切る。
「基本だ。
だから肝要なのだ。
秩序を守るために励んで欲しい。」
私は小さく礼をする。
「はい。」
ダレスがふっと息を吐いた。
まるで会議の緊張を一枚剥がすみたいに。
「ところで――」
彼は私を見る。
「“不思議な新人”と聞いていたが。
分かるような気がするよ。」
私は首を傾げる。
「……不思議、ですか?」
「他の連中は“YES”しか言わなかった。」
ダレスは軽く笑う。
「君は、“噂”を持ってくる。
君は、“質問”を持ってくる。
いいことだ。厄介でもあるがね。」
指導教官が一歩前に出る。
空気が切り替わる。
雑談が終わった合図だ。
ダレスが椅子の背に体を預け、短く言った。
「それでは作戦会議が始まる。」
一拍。
「いくぞ。」
私はペンを握り直した。
紙の上に、これから“秩序”が書かれる。
そしてその秩序は、誰かの生活を変える。
私はまだ知らない。
この部屋の言葉が、あの小さな島の血の匂いと繋がっていることを。
結構序盤から伏線が出ていたCIA長官ダレスが登場します。アメリカの目線から見たキューバはどのように写りましたか?
そして始まる「ピックス湾事件」その詳細が明らかになります。
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