41,【幕間】1979年モラルというジャケット
サルトル編のあとは、対米戦。
どちらかというとアメリカ目線を中心に描きます。
その前に幕間を。ゲバラの死後10年、1979年ニュースにある国連に参加するときのエピソードから始まります。
1979年秋。ニューヨーク国連総会へ向かう機内。
機内の空気は乾いている。
乾いているのに、熱がある。
空の上でも、人間は敵を作りたがる。
通路の一角に、即席の取材席が作られていた。
数人の記者が円を描く。
小さな録音機。手帳。ペン先。
金属の匂いに、紙の匂いが混じる。
俺はその中心に座った。
座らされた、の方が正しい。
彼らの熱は二種類だ。
俺を悪役にしたい熱。
俺を英雄にしたい熱。
質問が飛んでくる。
「カストロ議長、あなたはアメリカに楯突いた小国の英雄だと言われています。ビッグス湾の勝利者だ、と。」
「その一方で、世界を核戦争の危機に近づけた独裁者だとも言われています。キューバ危機の“危険な男”だ、と。」
「あなた自身は、どちらだと思いますか?」
――雑だ、と俺は思った。
だが、雑でいい。
大衆は雑なラベルから入る。
問題は、ラベルが作られる前の現実だ。
二十年ほど前。
アメリカの支援を受けた部隊が、この島に上陸しようとして失敗した。
小国が巨大な国に楯突いて、生き残った。
それが“英雄の物語”になった。
そしてその翌年、今度はもっと大きな力が動いた。
大国同士の核戦争の中心に置かれ、俺たちの国はなり、俺は“危険な男”として名前を刻まれた。
英雄。
独裁者。
どちらも、だいたい正しい。
どちらも、だいたい雑だ。
だが俺は知っている。
その言葉が作られる前、俺たちは無名だった。
無名は、静けさじゃない。
空白だ。
空白は、強い国の都合で埋められる。
忘れられるな。
小国は、忘れられた瞬間に壊される。
言葉にするのは俺の性分だ。でも友の死以降俺のその性分は少し変わった――かもしれない。
言葉の間にある沈黙。
その沈黙を彼の死は教えてくれた。
彼はもうなにも話さない。
話すことはできない。でも今もまだ世界をうごかしている。
※※※※※※※※※※
質問は続く。
「ニューヨークには、あなたを殺したいと思っている人がたくさんいますが?」
その声の主を、俺は見た。
メアリー・ハリントン。
派手じゃない。
だが、目が派手だ。
言葉より先に、空気を拾う目をしている。
彼女は前に出ない。
だが、見落とせない。
前へ出るのに、前へ出ているように見せない。
まるで扉の蝶番みたいに自然に立つ。
丁寧な声で、意地の悪い質問を置く。
――必死だな、と俺は思った。
俺を“危険”にしたい。
俺を“孤独”にしたい。
俺を“恐れている男”にしたい。
呆れる。
だが呆れるのは簡単だ。
簡単な感情は、相手の思う壺になる。
俺は笑わない。
笑うと勝ち負けになる。
勝ち負けを作るのは相手の仕事だ。
「人は死ぬときは死ぬんだよ。それが運命だ。」
録音機が一斉に、わずかに揺れる。
言葉が刺さる音がする。
メアリーは逃がさない。
「あなたはいつも防弾ジャケットを着ていると聞いていますが。」
防弾チョッキ。
彼らはいつも“物”を聞きたがる。
物なら安心できるからだ。
恐怖を、服の話にしたい。
俺は、しょうがないと思った。
ジャケットをはだける。
シャツのボタンを外す。
肌を見せる。
見せれば、質問の刃は刃でなくなる。
ただの小道具になる。
「着ていないよ。モラルってジャケットは着てるけどね。これがあれば強い。」
周りの記者が笑いをこらえる。
英雄を欲しがる連中は息を呑み、
悪役を欲しがる連中は顔を歪める。
メアリーは、そこで止まらない。
「モラルで、弾は止まりますか?」
俺は、ほんの少しだけ目線を落とした。
一瞬でいい。
あまり長く沈むと、相手が勝った気になる。
止まらない。
俺の友人――いや、半身は、
銃弾の前にあっけなく逝った。
その瞬間から、俺は学んだ。
小国が“素顔”で立っている時間は短い。
忘れられた瞬間に、壊される。
だから俺は、独裁者を――ピエロを演じる。
奴らの期待に応える。
悪役でも英雄でもいい。
とにかく、目を逸らさせない。
目が逸れたら終わりだ。
……いい質問だ。
俺にそのことを確認させる。
だが厄介だ。
厄介だが、嫌いにはなれない。
俺は顔を上げ、いつもの声に戻す。
「止まらない。」
そして言い切る。
「だが、臆病な人間の舌は止める。」
機内の空気が割れた。
笑いと怒りが同時に起きる。
それでいい。
無関心よりずっといい。
無関心は静けさじゃない。
空白だ。
空白は制度が埋める。
誰も見ない場所で、誰かが盤面を作る。
メアリーの目は、その盤面の匂いを嗅いでいる。
……なぜだ?
この女は若くない。
だが、古くもない。
仕事の匂いが変わっている。
人を動かす側の匂いを、ほんの少しだけ残したまま、
言葉で切る側へ移った匂いだ。
理由は知らない。
知らなくていい。
ただ――その目が、たまに遠くを見る。
俺が見ないふりをしている場所。
名前を出せば負けになる場所。
そこへ、ほんの一瞬だけ視線が滑る。
あの男も、よくそういう目をした。
答えを探している目じゃない。
逃げ道を塞ぐための目だ。
機体が軽く揺れた。
誰かがシートベルトの金具を鳴らす。
録音機の赤いランプが、まだ点いている。
俺はジャケットを戻し、ボタンを留めた。
忘れられるな。――。
我
が友「ゲバラ」よ。
時代は変わった。
小国は、忘れられた瞬間に壊される。
私“たち”の記憶は1960年にさかのぼる。
※記者名は架空です。
明日からアメリカの当時の空気感を描きます。
知ってるようで知らない国アメリカを少しくわしめに語ります。
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