32話 「こんなことをされて怒らないのか?」
ゲバラの日本でも有名な言葉。
その発言は誰に対してか、私の解釈を描きます。
【1959年7月24日 広島・銀行前】
俺は何をしていた?
大阪でステーキを食い、京都で酒を飲み、芸者の踊りを見て喜んでいた。
東京ではネクタイを締め、通産省の役人と「砂糖を買ってくれ」と頭を下げていた。
外交官?
通商代表団?
ふざけるな。
俺はいつから、そんなつまらない男に成り下がったんだ。
人間が一瞬で「影」にされるような理不尽な暴力が、この世界にはまだ厳然と存在しているのに。
その元凶である大国の顔色を伺って、俺もまた、そのシステムの一部になろうとしていたんじゃないか?
俺は「戦っている」つもりでいた。
だが、本当は何もしていなかった。
この「影」になった人たちの前で、俺はただの、薄汚いピエロだったんだ。
自分への激しい嫌悪が、マグマのようにこみ上げてくる。
許せない。
世界も、この理不尽も、そして何より――戦うことを忘れて「外交ごっこ」に興じていた、今の自分が!
「……君たちは!!」
俺の口から、抑えきれない感情が溢れ出した。
「君たちは、こんなことをされて、怒らないのか!」
俺の声は、街の雑踏を引き裂いた。
オマールが驚愕して俺を見る。
俺は広島の男の肩を掴み、揺さぶった。
だが、その言葉は、目の前の彼らに向けて放たれたものではなかった。
俺自身の、腐りかけた魂に向けた咆哮だった。
「奴らに、腹が立たないのか! こんな非道な仕打ちを受けて、人間を影に変えられて! なぜニコニコと笑っていられる!」
視界が滲む。
悔しい。
情けない。
自分が恥ずかしくてたまらない。
「なぜ戦わない! なぜ怒らないんだ!」
俺は、広島の空に向かって、ただひたすらに叫んでいた。
※※※※※※※※※※
「団長、落ち着いて……!」
オマールが止めに入ろうとする。
東京の役人は青ざめて立ち尽くしている。
だが、広島の案内人は動かなかった。
俺に肩を掴まれたまま、彼は真っ直ぐに俺を見返していた。
その目には、涙が溜まっていた。
だが、それは俺が予想したような「弱者の諦め」の色ではなかった。
「……怒っています」
彼は小さな声で、しかしはっきりと言った。
「私たちは、忘れていません。ですが、憎しみで殴り返しても、あの子たちは帰ってきません」
彼は、石段の「影」に視線を落とした。
「二度と繰り返さないこと。それを世界に伝えることが、私たちの戦いです」
俺は、殴られたような衝撃を受けた。
掴んでいた彼の手を、力が抜けて離してしまう。
戦い。
そうか。彼らは戦っていないわけじゃない。
銃を持ってジャングルで叫ぶことだけが、戦いじゃない。
この耐え難い悲しみを、怒りを押し殺して冷静に保存し、俺のような人間に突きつけること。
憎しみの連鎖を断ち切るために、歯を食いしばって「事実」を伝え続けること。
それもまた、静かで、強烈な「レジスタンス(抵抗)」なのか。
俺は、自分の浅はかな憤りを恥じた。
俺の怒りは、彼らを思ってのものではない。
「理不尽な暴力」に対する、自分自身の恐怖と無力感を、彼らにぶつけただけだ。
俺は、この「影」になった人たちの無念を、自分の正義感で代弁した気になっていた。
なんと傲慢な。
本当に強いのは、銃を持つ俺じゃない。
全てを失ってもなお、平和を語れる彼らだ。
「……すまなかった」
俺は帽子を取り、深く頭を下げた。
外交官としてではなく、一人の人間として。
「オマール、花を」
「えっ?」
「慰霊碑に花を手向ける。……一番いい花を用意してくれ」
※※※※※※※※※※
その夜。宿の一室。
俺は机に向かい、ペンを走らせていた。
窓の外からは、広島の川のせせらぎが聞こえる。
手元には、一枚の絵はがき。
宛先は、キューバにいる家族だ。
『愛する子供たちへ』
ペン先が止まる。
今日見た「影」が、脳裏から離れない。
もし、あれが俺の子供たちだったら。
もし、ハバナがこうなっていたら。
俺は震える手で、言葉を紡いだ。
『世界中のどこであろうと、誰かに対して行われている不正を、心の底から常に深く悲しむことのできる人間になりなさい』
それは、父としての願いであり、自分自身への戒めだった。
革命家にとって最も必要な資質。
それは「敵を憎むこと」ではない。
「他人の痛みを、自分の痛みとして感じること」だ。
ヒロシマは、俺にそれを教えてくれた。
『平和のために闘うには、この地を訪れるべきだ』
俺は最後にそう書き添え、署名をした。
パパより。
いつか、俺の子供たちもここに来るだろうか。
その時、この街はどうなっているだろう。
世界は、少しはマシになっているだろうか。
俺は絵はがきを伏せ、明かりを消した。
暗闇の中で、俺は誓った。
この「影」を、絶対に忘れないと。
翌日。
俺たちは静かに広島を去った。
その胸に、消えることのない残り火を抱いて。
日本編の2017年ゲバラの息子の来日。
ゲバラの息子は来日の約5年後、2022年60歳で亡くなります。
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