28話 鉄の馬の聖地~トヨタ工場にて~
今回、ゲバラのゲリラ時代の愛車となったランクル登場です。
【1959年7月 愛知県・挙母工場】
「……速いな」
俺は、流れる車窓を見ながら呟いた。
東京から愛知へ。
俺たちが乗ったのは、特急「こだま」。
時速100キロ以上で、正確に、滑るように走る。
田んぼの緑と、工場の煙突が、ものすごい速さで後ろへと飛び去っていく。
(たった14年だぞ……)
やはり、この国は異常だ。
灰の中から、こんな鉄の蛇を作り出し、走らせている。
「着きましたよ、団長」
オマールの声で、俺は現実に引き戻された。
目的地の愛知だ。
※※※※※※※※※※
工場に足を踏み入れた瞬間、俺は大きく息を吸い込んだ。
「……いい匂いだ」
鉄と、油と、火花の匂い。
東京の役所でした「紙とインク」の匂いとは違う。
ここは、モノを生み出す現場の匂いがする。
「ようこそ、トヨタへ」
案内されたラインの先で、俺は足を止めた。
そこには、無骨だが、とてつもなく頑丈そうな四輪駆動車が並んでいた。
ランドクルーザー。
通称「ランクル」。
「乗ってみても?」
「どうぞ」
俺は運転席に乗り込み、ハンドルを握った。
シートは硬く、飾り気はない。
だが、ドアを閉めた時の「バスン!」という重い音が、この車の強さを物語っていた。
「頑丈だな。戦車みたいだ」
俺が言うと、案内役の技術者が誇らしげに胸を張った。
「道なき道を行くための車ですから。たとえジャングルでも、砂漠でも、必ず乗員を生きて帰す。それが設計思想です」
「生きて帰す、か……」
俺はその言葉を噛み締めた。
革命戦争の時、こんな車があれば、どれだけの仲間を救えただろう。
※※※※※※※※※※
だが、俺が本当に驚いたのは、車そのものじゃなかった。
それを作っている「人間」たちだ。
俺は、組立ラインで働く工員たちをじっと観察した。
おかしい。
どこにもいないのだ。
サボっている奴を殴る、ムチを持った監視役が。
なのに、工員たちは誰一人として手を抜いていない。
それどころか、
「ここのボルト、少し締まりが悪いな」
「次はもっと工夫してみよう」
と、自分たちで話し合い、勝手に作業を改善している。
「なぜだ?」
俺は案内役に尋ねた。
「なぜ彼らは、あんなに真剣なんだ? ノルマが厳しいのか? 失敗したら罰金でもあるのか?」
案内役は、きょとんとして答えた。
「罰金? いいえ、そんなものはありませんよ」
「じゃあ、なぜだ! 命令もなしに、なぜあんなに必死に働く!」
案内役は少し考えてから、静かに言った。
「……プライド、でしょうか」
「プライド?」
「ええ。彼らは知っているんです。自分たちが作ったこの車が、海を渡って世界中で使われることを。だから、『恥ずかしいものは出せない』と」
俺は言葉を失った。
誰かに命令されたからじゃない。
恐怖で支配されているわけでもない。
「いい車を作りたい」
「日本の技術を世界に見せたい」
ただその一心で、彼らは油にまみれている。
※※※※※※※※※※
俺は、ラインの奥で火花を散らす溶接工の背中を見つめた。
イケダの言った通りだ。
この国には「資源」はない。
砂糖も、石油も、鉄鉱石もない。
だが、この国には「人」がいる。
自分の仕事に誇りを持つ、最強の資源がいる。
「……負けたな」
俺はポツリと漏らした。
「団長?」
「俺たちの負けだ、オマール。砂糖を売って満足していた俺たちがバカだった」
革命には、熱狂が必要だ。
だが、国を作るには、この「静かなる誇り」が必要なんだ。
俺はニコンS2を構え、働く男たちの背中を写真に収めた。
この写真は、キューバに持ち帰らなきゃならない。
演説よりも雄弁な、国作りの教科書として。
「……すごい国だ」
俺は、工場に響く轟音に耳を傾けた。
それはまるで、復興への凱歌のように聞こえた。
だが、心のどこかで、まだ引っかかっているものがある。
このあまりにも完璧な「光」の裏側。
そこには必ず、同じだけの濃さの「影」があるはずだ。
俺たちは工場を後にした。
次なる目的地、西の都へ向かうために。
ランドクルーザーは日本の定価の何倍もの価値で、中東や南米では現在でもやりとりされているようです。いわば命の保証代。すぐにJAFは来てくれません。生産はこの頃始まったようです。
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