27話 暖簾(のれん)と算盤(そろばん)
今回は後の総理になる人物「池田勇人」とのエピソード。通産省は今の経済産業省のことです。
【翌日 東京・通産省】
案内された応接室は、ひんやりと冷えていた。
「――それで、岸首相は?」
俺が尋ねると、日本の役人は申し訳なさそうに頭を下げた。
「あいにく、首相は外交の旅に出ておりまして……」
「旅?」
「はい。欧州、および南米諸国を歴訪中です。イギリス、フランス、西ドイツ……」
役人が並べ立てる国名を聞いて、俺は鼻で笑った。
なるほど。
西側の「勝者たち」への挨拶回りで忙しいというわけか。
「そりゃそうだ」
俺は短く吐き捨て、ソファに深く腰掛けた。
俺たちのような、山から降りてきたばかりの「革命家」なんて、眼中にないってことだ。
アメリカの顔色を伺って、面倒な客からは逃げる。
分かりやすい話だ。
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(……まあいい)
ここはジャングルではない。
銃弾も飛んでこないし、泥にまみれることもない。
だが、この張り詰めた空気はなんだ。
戦場よりも息苦しいこの「静寂」は。
ガチャリ、と重厚なドアが開いた。
「やあ、お待たせしました」
現れたのは、丸いメガネをかけた柔和な男だった。
通産大臣のイケダ(池田勇人)。
岸首相の代わりに、この国の経済を任されている男だ。
彼はニコニコと笑いながら、俺の正面に座った。
「遠いところをようこそ。キューバの革命、心から敬意を表します」
「……どうも」
俺は単刀直入に切り出した。
お世辞を言いに来たわけじゃない。
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「大臣。我が国の砂糖を、もっと日本に買っていただきたい」
通訳が訳し終えるのを待たず、俺は言葉を重ねた。
「我々は独裁政権を倒しました。しかし、経済はまだアメリカ一国に頼りきりだ。これからは、あなた方のような独立国と手を組んで、対等な貿易がしたい」
俺の声には、自然と熱がこもる。
これは単なる商談じゃない。
巨大な隣人・アメリカに首根っこを掴まれている現状から、抜け出すための戦いなんだ。
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イケダは、黙って俺の目を見ていた。
そして、ゆっくりと茶をすすり、口を開いた。
「ゲバラさん。お気持ちはよく分かります。砂糖の品質も素晴らしい」
「では、輸入枠を増やしてくれるんですね?」
「ですがね」
イケダは一枚の紙をテーブルに滑らせた。
そこには、数字の羅列があった。
「これは、日本とキューバの貿易の記録です」
俺は眉をひそめる。
数字。俺の最も苦手なものだ。
「ご覧の通り、日本はキューバから大量の砂糖を買っています。……ですが、キューバは日本から何を買ってくれていますか?」
俺は言葉に詰まった。
紙の上では、日本からの輸入額はゼロに近い。
「貿易というのは、片道切符ではありません。往復切符です」
イケダのメガネの奥が、キラリと光った気がした。
「一方的に『買ってくれ』と言うのは、貿易とは言いません。まずはそちらが、日本の製品を買うのが筋ではありませんか?」
ぐっ、と喉が詰まる。
正論だ。
反論できないほどに、完璧な理屈だ。
俺は拳を握りしめた。
悔しいが、この男の言う通りだ。
俺たちは「砂糖」しか持っていない。
それを売って、食わせてもらうしか能がない弱さが、ここにある。
「……我々に、何を買えと言うのですか?」
俺が低い声で尋ねると、イケダはニヤリと笑った。
それは悪人の笑みじゃない。
「商売人」の、自信に満ちた笑みだった。
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「日本には、いいものがたくさんありますよ。繊維、雑貨、そして……機械――」
「機械?」
「ええ。これからの国作りには、頑丈な足が必要でしょう?」
イケダは、窓の外を指差した。
その指の先には、東京の空の下、煙突から煙を上げる工場群の幻影が見えるようだった。
みてみたい。日本の工業を。
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会談は終わった。
俺は廊下を歩きながら、ネクタイを緩めた。
「クソッ!」
小さな声で毒づく。
あの男、ただの笑顔の太鼓持ちじゃない。
手応えのない「暖簾」みたいに見せて、腹の底ではきっちり「算盤」を弾いていやがる。
だが、あの男の言葉が、俺の頭から離れない。
『これからの国作りには、頑丈な足が必要でしょう?』
そうだ。
砂糖を売って生き延びるだけじゃダメだ。
俺たち自身が、何かを作り出さなきゃ、いつまでたっても大国の下請けで終わっちまう。
工業化。
それがなきゃ、革命は完成しないんだ。
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「オマール。次の予定はどうなってる?」
俺は隣を歩く副団長に尋ねた。
「ええと……この後は経団連とのランチ、それから数日かけて各地の工場視察です。確か、愛知の自動車工場もリストに入っていたはずですが」
「自動車か」
俺はニコンS2を握りしめた。
来る前は、ただの退屈な工場見学だと思ってた。
だが、今は違う。
「いいだろう。ランチも、視察も、全部付き合ってやる」
俺は前を見据えた。
「見てやるさ。イケダの言う『日本の足』とやらが、どれほどのものなのかを」
この国が隠し持っている「武器」の正体。
それを確かめるまでは、この国を去るわけにはいかない。
「行くぞ、オマール」
俺たちは、次の目的地へと足早に向かった。
実話でもかなり、池田勇人にやりこまれたみたいです。次回彼の人生を変えたかもしれないトヨタ編。ランドクルーザーもこの時期より少し前作られていた様です。当時は(いまでも?)あんな形のクルマは、ジープっていわれますが。。
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