25話 幕間~家族からみた革命家~
やっぱり日本人として、日本編は思い入れでます。
カリブ海の島国が、こんなに日本をという感じです。語る前に、少し家族のエピソードいれますね。
【2017年8月6日 広島 / 平和記念公園】
セミの鳴き声が、耳鳴りのように降り注いでいる。
午前8時15分。
黙祷のサイレンが鳴り響くと、数万人の人々が一斉にこうべを垂れた。
その静寂の中で、私は父の影を探していた。
私の名前は、カミーロ・ゲバラ。
革命家「チェ・ゲバラ」の長男だ。
今年で、父の死から50年になる。
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私がここに来たのは、ある映画の公開に合わせたという表向きの理由もあるが、本当の目的は別にある。
隣には、妹のアレイダがいない。
彼女は小児科医だ。
この国が気に入ったのか、平和活動のために何度もここを訪れている。
「お兄ちゃんも一度は行くべきよ」
そう言われて、重い腰を上げたのが正直なところだ。
私は弁護士。妹は医師。
私たちは、父のような革命家にはならなかった。
――いや、選ばなかった――
父が世界のために命を燃やしたのなら、私たちは「日常」を守るために、法と医療を選んだ。
それに、去年――2016年の出来事も大きかった。
アメリカのオバマ大統領が、この場所に立ったのだ。
日本の安倍首相と共に。
かつて原爆を落とした国のトップが、犠牲者に花を手向けた。
あのニュースが世界を駆け巡った時、私は思った。
「これで、行きやすくなった」と。
アメリカの大統領ですら頭を下げた場所だ。
我々キューバ人がここに来て平和を祈ったところで、もう誰も文句は言えないだろう。
時代は変わったのだ。
あの歴史的な訪問が作った「空気」が、私の背中を押してくれたのは間違いない。
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私は胸ポケットから、古びた絵はがきのコピーを取り出した。
1959年。父がこの場所――広島から家族に送ったものだ。
『平和のために闘うには、この地を訪れるべきだ』
シンプルな言葉だ。
だが、あの父が、焼け野原から復興したこの街を見て、そう書き記したことの意味は重い。
「……カミーロさん、大丈夫ですか?」
隣にいた日本の映画監督が、気遣わしげに声をかけてくれた。
私はあいまいに頷く。
私の名前「カミーロ」は、父の親友であり、革命の英雄だったカミーロ・シエンフエゴスから取られたものだ。
飛行機事故で海に消えた、父が最も愛した男。
父は私に、その亡き友の面影を重ねていたのだろうか。
私はもう一枚、父が死の直前に子供たちへ残した手紙を思い出す。
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『世界中のどこであろうと、誰かに対して行われている不正を、心の底から常に深く悲しむことのできる人間になりなさい。それが革命家の最も美しい資質なのだ』
美しい言葉だ。世界中の憧れだ。
だが、幼かった私にとって、それは父を奪った呪文でしかなかった。
「パパ……」
私は革命家になんてなりたくなかった。
ただ、あなたとキャッチボールがしたかった。
あなたが愛した「カミーロ」という名を持つ息子として、もっとあなたの側にいたかった。
※※※※※※※※※※
私は慰霊碑の前に進み出た。
花を手向ける。
――58年前――
父もここに立ち、何かを感じ、そして去っていった。
家族よりも、世界のどこかで泣いている「誰か」のために命を使う道を選んだ。
「……見つけたよ、パパ」
広島の空は、抜けるように青い。
父がここに来て、「平和のために闘う」と誓った理由が、少しだけ分かった気がした。
父は、この「青さ」を守りたかったのだ。
灰の中から蘇った、この人間の強さを愛したのだ。
※※※※※※※※※※
私は空を見上げた。
そこには、ニコンのカメラを首から下げ、少し照れくさそうに笑う父と、その隣で葉巻をふかすもう一人の「カミーロ」がいるような気がした。
――旅を始めよう――
父がこの国で何を見て、何に心を震わせたのか。
その記憶を辿ることは、置いていかれた私たちが、父と和解するための唯一の儀式なのだから。
革命はかっこいいけど、子供にとってはということ書きたくなりました。
家族か。。。
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