23話 幕間:2016年カストロの回想
カストロは、晩年、安倍首相とあってますね。そこの有名なエピソードを日本編への導入で入れてみました。
【2016年9月 ハバナ / フィデル・カストロ私邸】
鏡に映る自分を見る。
かつて世界を震え上がらせたオリーブ色の軍服は、もうない。
代わりに身につけているのは、アディダスの青いジャージだ。
90歳になった今の私には、これが一番楽な戦闘服だ。
これから会う相手が、一国の首相であろうとな。
「フィデル。安倍首相が到着されました」
秘書の声に、私は重い腰を上げた。
シンゾウ・アベ。日本の首相。
はるばるキューバまで来るとは奇特な男だ。だが、私の腹の底には、拭いきれない警戒心があった。
彼の祖父は、キシと言ったな。
岸信介。
1959年、私の同志であるチェ・ゲバラが日本を訪れた際、国際会談とやらで会談できなかったときいてるぞ。
アメリカの顔色を伺い、革命家との握手を拒んだ政治家の孫というところか?
結局典型的な「お坊ちゃん」か――
(……どうせ、国連総会か何かのついでだろう)
オバマがキューバに来たから、日本も慌てて顔を出した。それだけのことだ。
私は杖をつき、客間へと向かった。
だが、部屋に入ってきた男を見て、私の眉はわずかに動いた。
柔和な笑顔。育ちの良さそうな物腰。
しかし、その目は死んでいなかった。
アメリカの飼い犬のような目ではない。腹に一物抱えた、政治家の目をしている。
「ようこそ、ハバナへ」
差し出された手を握る。
温かく、柔らかい手だ。ジャングルで泥にまみれ、引き金を引いたことのない手。
かつての私なら、唾を吐き捨てていたかもしれない。
だが、90歳の私は、その柔らかさを拒絶しなかった。
会談は、当たり障りのない挨拶から始まった。
経済制裁の解除、投資の拡大。
予想通りの退屈なメニューだ。
だが、私は知っている。
日本という国は、不思議な引力を持っていることを。
ゲバラがあれほど惚れ込み、熱っぽく語った国。
そして、野球の国際大会(WBC)があるたびに、私がテレビにかじりついて見てしまう国。
侍のような規律と、精密機械のような技術。
気がつけば、私は話題を変えていた。
政治の話ではなく、私の「趣味」の話へ。
「ミスター・アベ。少し、庭を歩かないか」
私は彼を、自慢の庭園へと招いた。
そこは、カリブの強い日差しの中にありながら、奇妙な静寂に包まれた空間だった。
石の配置。水の流れ。苔の蒸し方。
私が長年かけて作らせた、日本庭園を模した一角だ。
「これは……見事ですね」
安倍首相が足を止めた。お世辞ではない、驚きの声だった。
「驚いたかね。私は植物の研究をしているが、君の国の『庭』という概念には感銘を受けていてね。知り合いの庭師に頼んで作らせたんだ。コスギという男に」
「コスギ……? まさか、小杉造園の?」
安倍首相が、驚愕に目を見開いた。
「知っているのか?」
「知っているも何も……私の実家、祖父・岸信介の庭を手入れしていたのも、彼の一門ですよ」
私は、開いた口が塞がらなかった。
なんという皮肉だ。
半世紀前、ゲバラを門前払いした男の庭と、ゲバラの魂を受け継いだ私の庭が、同じ庭師の手で繋がっているとは。
風が吹き抜け、モリンガの葉が揺れた。
その音は、まるで誰かの笑い声のように聞こえた。
私は、唯物論者だ。
神も、運命も信じない。
歴史とは、必然と闘争の積み重ねだ。そう信じて生きてきた。
だが、90歳になった今、ふと思うことがある。
「運命」なんて大層なものはないかもしれないが、「縁」というものはあるのかもしれない、と。
「……不思議なものだな」
私はアディダスのポケットに手を突っ込み、空を見上げた。
「君の祖父と、私の同志は、会うことができなかった。だが、50年の時を経て、その孫と生き残りの私が、こうして同じ庭(世界)を眺めている」
メキシコの酒場で、喘息持ちの医者と出会った夜のことを思い出す。
あれもまた、理屈では説明できない「縁」だった。
あの時、私とゲバラを繋いだ見えない糸が、今、時空を超えてこの極東の政治家と私を繋いでいる。
「カストロ閣下?」
「いや、なんでもない。……少し、昔の同志のことを思い出していたんだ」
私は目を細めた。
網膜の裏に、一枚の手紙が浮かび上がる。
1959年。あの熱かった夏。
日本を訪れたゲバラから届いた、興奮と困惑、そして深い感銘に満ちた手紙の数々。
『フィデル。この国は異常だ。そして、美しい』
あいつは、日本で何を見たのか。
岸信介に会えず、中途半端な外交官たちに囲まれながら、それでもなお、あいつの心を奪った「日本の正体」とは何だったのか。
私は、老いた庭師の顔で笑った。
これは、政治の話ではない。
アベと別れ空を見てた。
鎖を断ち切り、灰の中から花を咲かせようとした、二つの魂の物語だ。
遠い夏の日の日本へ。
友人ゲバラが激しく語った、記憶の旅が、今、始まる。
今でも野球とか、キューバ選手との交流はつづいてます。
次回からその原点となった1959年チェ・ゲベラの来日に入ります。
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