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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
キューバ革命~十二人からの逆転~
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15,心につながれた鎖【3/25大幅改稿】

【3/25日大幅改稿】

やってみたら大したことがない、でも、心にリミッターをかけ不合理な方法を誰しもがとってしまいます。


ここでは街の少年ミゲルが登場します。

三か月が過ぎた。


山の緑は少しだけ濃くなり、村の空気からは、あの日のむき出しの警戒が薄れていた。

だが、豊かになったわけではない。

痩せた顔はそのままだし、荷車のきしむ音も変わらない。

変わったのは、広場に人が集まる理由だった。


ひっくり返した木箱が、今日も広場の真ん中に置かれている。

机の代わりだ。


集まってきたのは、小さい子どもではなかった。

十五から二十歳くらいの若い連中だ。

その中にミゲルもいる。十七歳だった。


まばらだが、大人もいた。

戸口にもたれたまま聞く者。

聞いていないふりをして、結局最後まで残る者。

村の変化というのは、たいていそういう形で始まる。


ゲバラは、炭で板に字を書いた。


「読めなければ、奪われても分からない。数えられなければ、減っても気づけない。」


誰かが小さく息を呑む。

字や数は、腹の足しにはならない。

そう思ってきた顔が、まだ広場には多い。

だが、足りなくなる前に足りないと知ることは、生きることに繋がる。

その順番を、ゲバラは繰り返し教えた。


文字。

数。

水の扱い。

傷の見方。

熱の見分け方。

食える時に、どう食うか。

食えない時に、何を減らすか。


ゲバラは一つずつ教えた。

優しくはない。

だが、余計なことも言わない。

知っていれば助かることだけを置いていく。


ラウルは少し離れた場所で、その様子を見ていた。

膝はもう歩ける程度には戻っている。

それでも、雨の気配がある日はまだ疼く。


「若いのばっかりだな。」


フィデルが答えた。


「いちばん先に動くのが、そのくらいの年頃だ。子どもほど守られていない。大人ほど諦めてもいない。」


ラウルは鼻で笑った。


「兄貴らしい言い方だ。」


「違う。」


フィデルは広場を見たまま言った。


「変わる時は、たいていそこからだ。」


ミゲルは真ん中にいた。

炭の先を握る手に、妙な力が入っている。

上手くやりたいのだ。

上手くやりたくて、余計にぎこちなくなる。

十七歳の手つきだった。


ゲバラがその板切れを見た。


「肩に力を入れるな。

字は殴るものじゃない。」


ミゲルがむっとする。


「分かってる。」


「分かってるなら、もう少しましだ。」


笑いが起きた。

ミゲルは顔をしかめたが、自分でも少し笑った。

笑える空気が広場に残るようになっていた。


※※※※※※※※※※


昼過ぎ、村長が広場の端へ来た。


前よりも痩せたように見えた。

あるいは、余裕がなくなっただけかもしれない。

顔には、言いにくい相談を持ってきた人間の陰りがあった。


「話がある。」


フィデルが立つ。

ラウルも身体を起こす。

ゲバラは若者たちに板切れを返したあとで、ようやく顔を上げた。


「何だ。」


村長は広場の外れにある荷車を見た。

空の袋が積まれている。

村の者たちはもう、その荷車を見るだけで腹が重くなるようになっていた。


「食事を、もう少し減らせるか。」


ラウルが眉をひそめる。


「減らすか。」


村長は頷いた。


「今年はきつい。次の供出まで、どうにか繋がなきゃならん。今のままだと、冬がもたん。」


フィデルは少しだけ黙った。

そして言った。


「減らす必要はない。奪い返せばいい。」


村長の顔が固まった。

若い連中も一斉にフィデルを見る。

あまりにも当たり前のように言ったから、逆に一瞬意味が入かった。


「……何を。」


「次の荷だ。」


フィデルは言った。


「お前たちが運ぶ食い物を、お前たちの口へ戻す。その方が話が早い。」


村長は首を振る。


「相手は兵士だぞ。」


「知ってる。」


フィデルは答えた。


「だから、こっちが先に動く。」


村長は黙る。

その沈黙は、反対というより、今まで一度も考えたことがなかった発想を前にした人間の沈黙だった。


ラウルが口を開く。


「運ぶ先は。」


村長はようやく答えた。


「川沿いの集積所だ。村から半日もかからん。荷を置いて、印を受ける。兵隊は毎回来ない。衛兵がいるだけだ。」


フィデルは頷いた。


「任せろ。」


その一言は短かった。

だが、短い言葉ほど人の腹に落ちることがある。


村長はまだ不安そうだった。


「失敗したら?」


「失敗しないために考える。」


フィデルは言った。


「そのために今、ここにいる。」


ゲバラがそこで低く言った。


「分からないから、恐れる。

恐れるから、従う。」


村長は何も返さなかった。

返せなかった。


※※※※※※※※※※


その日の夕方から、広場の空気は少し変わった。


字や数だけではなく、武器の扱いが混ざる。


ゲバラは、若い連中の前に銃を置いた。

だが、最初に教えたのは引き金ではなかった。


「向けるな。」

「無駄撃ちするな。」

「仲間の位置を見ろ。」

「持ちすぎるな。」

「戻るまでが先だ。」


ミゲルが銃を見つめている。

欲しがっている顔だった。

だが、その顔は三か月前の子どものものとは違う。

欲しいのは格好ではない。

役に立ちたいのだ。


ゲバラはその顔を見て、先に言った。


「お前は荷だ。今日は撃つな。持てるものを持って、戻れ。」


ミゲルは不満そうに口を曲げた。


「でも――。」


「でも、じゃない。」


ゲバラは遮った。


「生きて戻る方が先だ。」


ラウルがそこで頷いた。


「その通りだ。死んだら、次がない。」


ミゲルはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

その頷き方は、まだ完全には納得していない。

だが、受け入れはした。

それで十分だった。


フィデルは地面に枝で線を引く。

道。川。集積所。退路。

複雑な作戦ではない。

複雑にできるほど人も武器もない。


「目的は荷だ。」

「撃ち合いを長くするな。」

「崩したら切る。」

「切ったら戻る。」

「追うな。」


ラウルが聞く。


「踏ん張られたら。」


「踏ん張らせるな。」


フィデルは答えた。


「崩す方が先だ。」


若い連中は、その短いやりとりを真面目な顔で聞いていた。

村のための戦いという言葉は、まだ彼らには少し大きい。

だが、豆と粉が戻るかどうかなら分かる。

革命は、たいていそこから始まる。


※※※※※※※※※※


当日は、拍子抜けするほど早かった。


豆。粉。痩せた鶏。

村にとっては冬そのものみたいな荷だ。

それを守っていた衛兵は三人しかいない。


ラウルが思わず言う。


「……少ねえな。」


フィデルは目を細めた。


「守る価値がないからだ。連中にとって、これは命を懸ける仕事じゃない。失っても、あとで書類に変わる。火事でも、大雨でも、盗難でもな。紙の上で理由がつけば、それで済む。」


ラウルは一瞬、意味が分からない顔をした。

だが、すぐに分かった。

自分たちがずっと恐れていたものは、この程度のやる気で動いていたのだ。


合図が出る。

若い連中が道を塞ぐ。

ラウルが先に飛び出す。

衛兵は銃を上げかける。

だが、撃つより先に崩れた。


一人が荷から離れる。

一人が転ぶ。

もう一人は最初から踏ん張る気もない顔で後ろへ下がる。


崩れる時は一気だった。


銃声は二発。

短い。

そのあとには、怒鳴り声より足音の方が大きくなる。

衛兵たちは逃げた。

荷を守るより、自分の身体の方が大事だった。


ミゲルは、それを呆然と見ていた。

目の前で起きているのに、すぐには飲み込めない顔だった。


「行け。」


ラウルが叫ぶ。


それで身体が先に動いた。

ミゲルは袋を掴む。

重い。だが持てる。

二つ目に手をかける。

ゲバラの声が飛ぶ。


「一つでいい。戻れ。」


ミゲルは歯を食いしばって、一つを離した。

その判断ができたこと自体、三か月前とは違っていた。


荷は動く。

村の若い連中が、息を荒くしながら運ぶ。

衛兵はもう振り返らない。


その背中を見て、村長は初めて口の中が乾いていることに気づいた。


自分たちは、こんなものにずっと怯えていたのか。

守る気もない人間たちと、紙切れみたいな命令に。


鎖は鉄ではなかった。

正体の分からない恐れが、村の中で勝手に太っていただけだった。


※※※※※※※※※※


荷が村へ戻ると、広場の空気が変わった。


歓声までは上がらない。

だが、抑えていた息が一斉に出たみたいなざわめきが走る。

女たちが袋を確かめる。

若い連中は、笑っていいのか分からない顔で互いを見る。


ミゲルは袋を下ろしたあと、しばらくその場に立っていた。

自分の手を見ている。

ついさっきまで荷の重さがあった手だ。


ラウルが肩を叩く。


「やれたな。」


ミゲルはようやく顔を上げた。


「……ああ。」


大きい声ではなかった。

だが、本人にとっては初めて、自分で自分を認めた声だった。


村長が荷を見て、それからフィデルを見る。


「なんでだ。」


フィデルは短く答えた。


「お前たちは、守る気のない相手を、守る気のあるものだと思って恐れていた。」


村長は黙る。


「鎖は首にかかってたんじゃない。」


フィデルは続けた。


「心の中にあったんだ。」


村長は何も言わなかった。

だが、初めて荷ではなく、自分の手元を見た。

その手で何年も、自分たちの食い物を運んできたのだ。


広場では、もう次の話が始まりかけていた。

この荷だけでは足りない。

もっと大きい拠点を崩さなければ、冬は越せない。

昨日なら誰も口にしなかった言葉を、今日は村の側から言い始めている。


心の鎖がほどける時は、音がしない。

だが、空気は確かに変わる。


そのことを、フィデルも、ラウルも、ゲバラも知っていた。


そしてミゲルだけが、その変化をまだほとんど喜びとして受け取っていた。

ゲバラは、その顔を少し離れたところから見ていた。

まだ未来を疑っていない顔だった。


その無邪気さが、この夜の救いであり、残酷さでもあった。

次回革命編前半のクライマックス!



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