15話キューバ革命~少年が戦士に、そして~
ゲバラとカストロのキューバ革命編です。
キューバに12人のみの生存で革命を起こすことになったカストロ。カストロは葉巻タバコ。ゲバラも喘息もちなのに葉巻。
かなり今回はかなりフィクション入ってます。
村の朝は、腹の音で始まる。
腹が鳴るのは恥じゃない。ここでは、生きてる証拠だ。
ミゲルはその腹を押さえて、俺たちの前に立った。
まだ背が伸びきっていない。骨が先に目立つ。なのに目だけは、やけに大人だ。17だという。
「……やる」
ミゲルが言う。
俺は頷いた。言葉は少ない方がいい。
ここで俺が熱く語ったら、ミゲルは俺の言葉に酔う。酔ったまま死ぬ。
ゲバラがミゲルの前にしゃがみ込む。
武器の持ち方じゃなく、まず手首を触った。脈。体温。汗。
「食ってない」
ゲバラが言う。責める言い方じゃない。報告だ。
「食わせる」
俺が言うと、ゲバラはすぐ返した。
「食わせるには、守る」
「守るには、動く」
会話が簡単で、嫌になる。
簡単なほど、人は死ぬ。
ラウルがミゲルの肩に布を巻いてやった。
包帯じゃない。目印だ。仲間の印だ。
ミゲルは少しだけ背筋を伸ばした。
その背筋の伸ばし方が、子どもで、胸がざらついた。
「……銃、持っていい?」
ミゲルが聞く。
俺は即答しない。即答すると、こいつは嬉しくなってしまう。
嬉しくなると、足が前に出る。前に出ると、撃たれる。
ゲバラが言った。
「持つな」
「今日は、持つな」
ミゲルの顔が一瞬だけ曇る。
悔しい、って顔だ。悔しい顔は危ない。悔しい顔は正しい方向に向かう。
「じゃあ何をする」
ミゲルが噛みつくみたいに言う。
ゲバラは噛みつかれない。
吸い口を触る指を止めて、ただ答えた。
「走れ」
「運べ」
「生きろ」
それだけ。
“それだけ”が一番むずかしい。
俺たちは小さな襲撃をする。
戦争じゃない。奪う戦いだ。奪われてきた側が、奪い返すだけの戦い。
狙いは食料。
薬。
靴。
それだけ。
夜が来る前に戻る。
戻れなかったら、村は終わる。
森の端で待つ。
草が湿っていて、膝が冷える。冷えると頭が冴える。冴えるのは怖い。いろんなことが見えてしまう。
ミゲルは俺の斜め後ろにいる。
背中の呼吸が浅い。恐怖で浅いのか、興奮で浅いのか分からない。分からないのが怖い。
ゲバラが耳元で言う。
「息を吸うな。
吐け。吐ければ死なない」
命の指示が、雑で正確だ。
俺は頷く。ミゲルにも合図する。
ミゲルは頷いた。
頷き方が硬い。硬い頷きは割れやすい。
道の向こうから、馬車の音が来た。
車輪。
人の話し声。
笑い声。
笑い声があると腹が立つ。こっちは腹が鳴ってるのに。
「今」
俺が指で合図する。
ラウルが先に飛び出す。俺も出る。
ゲバラは一歩遅れて出た。遅れて出るのは臆病じゃない。見てるからだ。誰が転ぶか。誰が刺されるか。
相手は兵隊じゃない。
番人だ。村から奪う仕事をしてる連中だ。
番人の目が丸くなって、すぐ細くなる。
抵抗の顔だ。
「止まれ!」
俺が叫ぶ。叫ぶのは嫌いだ。でも今はいる。叫ばないと相手の恐怖がこっちへ来る。
番人が銃を上げる。
ミゲルが――前に出かけた。
肩が動いた。足が出た。
俺の喉が冷えた。
やめろ、って声が出そうになる。
だがゲバラが、ミゲルの襟をつかんで引いた。
乱暴に引いた。優しくない。優しくないから助かった。
ミゲルは転びそうになって、歯を食いしばる。
悔しい顔だ。
悔しい顔のまま、俺を見た。
「見るな」
俺は言った。
「やることを見ろ」
ミゲルは視線を落とし、馬車の荷台を見た。
荷台には袋。袋。袋。
袋の匂いがする。粉。豆。砂糖。
腹が鳴る。
番人が撃つ。
乾いた音。近い。
俺の耳の奥がきしむ。
ラウルが番人の腕を叩いて銃口をずらす。
俺が蹴る。蹴りは綺麗じゃない。綺麗にやると遅い。
番人が倒れた。
倒れた番人が、もう一人の番人に叫ぶ。
「殺すな!」
「殺すな、頼む!」
その声が嫌だった。
殺すなって言えるのは、殺されない側だ。殺される側はそんな余裕がない。
ゲバラが言った。
「殺すな」
「……今日は、殺すな」
俺はゲバラを見た。
ゲバラは俺を見ない説明をしている。目が冷たい。
ミゲルが震えた。
怒りか、恐怖か、どっちか分からない震え。
「じゃあどうする」
ミゲルが言う。声が裏返りそうだ。
「奪う」
ゲバラが答える。
「生きるために奪う」
ミゲルは一瞬、固まった。
それから荷台に飛びついた。
走った。運んだ。
袋は重い。重いから現実だ。夢じゃない。
ミゲルは袋を二つ抱えた。
抱えすぎだ。足がもつれる。倒れる。倒れたら終わる。
「一つだ!」
俺が言う。
ミゲルは歯を食いしばって、一つ捨てた。
捨て方が乱暴で、良かった。
迷って捨てると、心が折れる。
番人がナイフを抜いて迫ってくる。
銃じゃない。銃を撃てば追手が来るからだ。番人も分かってる。
ミゲルが後ずさる。
袋を守ろうとして、足が遅れる。
「置け!」
俺が叫ぶ。
ミゲルは置けない。
置けない顔をしてる。腹のために、母のために、村のために。
ゲバラが一歩出た。
拳銃を抜いた――と思ったら、撃たない。
撃たずに、番人の足元へ石を投げた。
石は小さい。だが音はでかい。
番人の目がそっちへ向く。
その一瞬で、ラウルが番人の腕を捻り上げた。
ナイフが落ちる。
「走れ!」
ゲバラがミゲルに叫ぶ。
ミゲルは走った。
袋を抱えたまま走った。
転ばなかった。
転ばないだけで、勝ちだ。
今日の勝ちは、それでいい。
村へ戻る道で、ミゲルは一度だけ振り返った。
馬車はそこに残ってる。番人は生きてる。
生きてるから、復讐も来る。分かってる顔だ。
それでもミゲルは、俺のほうを見て笑った。
笑い方が、子どもだった。
生き残った子どもの笑い方だ。
「やれた?」
ミゲルが言う。
「……俺、やれた?」
俺は頷くしかなかった。
言葉を足すと、壊れそうだった。
村に着くと、腹を空かせた子どもたちが走ってきた。
袋が見えた瞬間の走り方は、獣みたいで、泣きそうになった。
ミゲルが袋を下ろした。
下ろした瞬間、肩が落ちた。
そこで初めて震えが来たみたいに、手が小さく揺れた。
ゲバラがミゲルの手首をつかんだ。
つかみ方が乱暴だ。乱暴なのに、支えている。
「震えるのは正常だ。」
ゲバラが言った。
「震えないのは、死んでる。生きているか震える。」
ミゲルが笑った。
笑いながら、目をこすった。
涙か汗か分からない。分からないのがいい。
夜、焚き火が少しだけ大きくなった。
村に匂いが戻った。豆の匂い。湯の匂い。
ミゲルが俺の隣に座って、言った。
「俺、次もやる」
俺は言った。
「次は、もっと怖い」
「怖さが増える」
ミゲルは頷いた。
頷いたあと、ゲバラのほうを見た。
ゲバラは火を見ている。
火の向こうに何か見ている顔だ。
ミゲルが言った。
「……先生」
ゲバラが少しだけ眉を動かした。先生って呼ばれるのが苦手な顔。
「俺、死なない。」
ゲバラは返事をしなかった。
返事をすると嘘になるからだ。
その沈黙が、夜に重く落ちた。
俺は葉巻を一本取り出した。
火をつける。煙が出る。虫が少し離れる。
ゲバラが目だけで「貸せ」と言う。
俺は渡した。
ゲバラは一口だけ吸って、咳を飲み込んだ。
飲み込んだまま、ミゲルを見た。
見て、そして言った。
「生きろ。」
……生きて、明日を運べ。」
ミゲルが笑った。
その笑いが、俺の胸の奥に引っかかった。
チェ・ゲバラのゲリラ戦記。
ほぼフィクションです。
でも、実際のキューバ革命の話をネットで調べて書いてみました。
ゲバラとカストロの個性の違い、同じ革命家なのにその信念の違い表現できれたら嬉しいです。
次回、キューバ革命前半クライマックスがあります。




