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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
二人の英雄の友情と別れ(前編)
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152/214

151,団結と離散

しばらくはカストロの革命直後の回想を描きます。

アメリカの傀儡政権のバチスタを倒すという共通の目的で様々な土台の違う集団が革命では団結しました。

しかし、その土台の違いは革命後明るみになっていきます。

古い革のファイルは、机の上で月の光を受けていた。


一九六二年十月末。ハバナの夜は、ようやく勝利のざわめきを取り戻しつつあった。キューバは生き残った。ピックス湾で侵攻を退け、キューバ危機では世界を巻き込むほどの緊張の中心に立った。小さな島は、もはや誰かの庭でも、砂糖と賭博のための付属物でもなかった。味方でさえ、敵でさえ、キューバという名を地図の上で避けて通れなくなった。


だが、革命直後は違った。


一九五九年のキューバは、勝ったにもかかわらず、まだ国として扱われていなかった。外から見れば、髭を伸ばした若者たちが山から降りてきて、古い独裁者を追い出しただけにも見えた。彼らは英雄だった。絵になる反乱軍だった。だが、国家を運営する者としては、まだ値踏みされていた。


砂糖をどうするのか。土地をどうするのか。裁判をどうするのか。軍をどうするのか。資本をどうするのか。返ってくる問いは、いつもその形をしていた。キューバ人が自分たちの国を取り戻したという事実よりも、その国がどちらへ傾くのか、どれだけ安定するのか、誰の利益を守るのかが見られていた。


カストロはファイルの留め具に指をかけた。


湿気を吸った革は、わずかに波打っている。角は擦り切れ、金具は曲がり、表紙には一九五九年という日付だけが残っていた。前の夜、机に置いたときには開かなかった。だが、今夜は開くしかなかった。


共通の敵は、国を一つに見せる。


そのことを確かめた夜ほど、カストロは、敵がまだ外にだけいたわけではない時代を思い出さずにはいられなかった。


※※※※※※※※※※


一九五九年一月、ハバナ。


キューバ革命の勝利――街は、眠ることを知らなかった。


人々は道路を埋め、車の屋根に上り、旗を振り、名前を叫んだ。バチスタは去った。警察署の前に集まった群衆は、昨日まで顔を伏せて通り過ぎていた建物を指差し、笑い、怒り、泣いた。壁の肖像画は剥がされ、机の引き出しは開け放たれ、古い政権の匂いが部屋の外へ追い出されていく。


山から降りてきた男たちは、まだ国家の職員には見えなかった。軍服は土に汚れ、靴は擦り減り、声は広場に向いていた。彼らは勝者だった。だが、勝者であることと、国を運営することは同じではない。


革命は、最初に街の熱を手に入れた。


次に必要だったのは、椅子だった。


大統領の椅子。大臣の椅子。軍司令官の椅子。裁判官の椅子。署名する者の椅子。世界へ向けて、この国には政府があり、法があり、代表者がいると示すための椅子だった。


だが、勝った革命は、最初から一枚岩だったわけではない。


バチスタを倒すという一点では、多くの者が肩を並べることができた。山で戦った者、都市で地下活動をした者、旧制度にいながら独裁に反発していた法曹や専門職、空や行政を動かす技術を持った者たち。独裁を終わらせるという目的では、彼らは同じ方向を向けた。


問題は、そのあとだった。


独裁を倒したあと、この国を何にするのか。


革命軍の中核にも、最初から二つの流れがあった。


ひとつは、まずキューバの民族自立と主権回復を求める流れだった。外国資本と独裁に踏みつけられた島を、キューバ人自身の手に取り戻す。土地、砂糖、港、学校、病院を、自分たちの国のものにする。彼らにとって革命は、まず奪われた祖国を取り戻す戦いだった。思想がなかったわけではない。だが、出発点にあったのは、共産主義という教義よりも、独裁と従属からの解放だった。


もうひとつは、より早い段階から社会主義、共産主義に近い思想を持っていた革命軍左派である。ゲバラや弟のラウル・カストロは、そこに近かった。彼らにとって革命は、政権交代では終わらない。土地と学校と病院だけでなく、人間の働き方、富の分配、国家と民衆の関係そのものを変えなければならない。独裁者を追い出すことは、社会を作り替える入口にすぎなかった。


この二つは、最初から敵同士だったわけではない。むしろ、しばらくは同じ山の中で、同じ銃声を聞き、同じ勝利を目指していた。だが、勝ったあとに国を作る段階へ入ると、違いは少しずつ重くなる。革命を民族自立の国家建設として見る者と、社会そのものを変える過程として見る者。その違いは、やがて人事、経済、軍、外交のすべてに影を落としていく。


さらに、革命政権には山の革命軍ではない者たちも必要だった。


法の正統性を与える法律家、行政の手続きを知る者、軍や航空を動かす専門職。彼らはバチスタの独裁に不満を抱き、革命の勝利を受け入れた。だが、山の論理だけで国を動かせるとは考えていなかった。法の手続き、軍の秩序、行政の継続。それらを完全に捨てれば、国は別の混乱へ落ちると見ていた。


反バチスタでは並べた。


だが、バチスタ後のキューバをどう作るかでは、すでに違いがあった。


兄のフィデル・カストロ自身も、この時点で最初から一つの思想に国を預けきっていたわけではない。むしろ彼の出発点は、島の主権を取り戻すことだった。だが、アメリカとの対立が深まり、国家を守る選択肢が狭まるほど、革命は社会主義へ、そしてソ連との接近へ進んでいくことになる。


思想として最初からそこへ向かっていた者たちがいた。


外圧と国家防衛の選択として、そこへ進んでいく者たちもいた。


そして、その速度についていけない者たちがいた。


一九五九年の内紛は、その違いがまだ表に出ていた時代の記録だった。


※※※※※※※※※※


マヌエル・ウルティアは、山の革命軍ではない側から必要とされた男だった。


彼はグランマ号で海を渡った男ではない。シエラ・マエストラで銃を担いだ司令官でもなかった。旧体制そのものの男ではなかったが、山の男でもなかった。法の側から、革命に必要とされた人物である。バチスタ後のキューバを、ただの勝ったゲリラの支配ではなく、正統な政府として世界に示すため、大統領の椅子に座らされた男だった。


その椅子は、長く保たれるために置かれたわけではなかったのかもしれない。だが、一度は必要だった。革命は山の勝利だけでは国になれない。法の顔を必要とした。その顔が、どれほど早く革命の熱に追い越されるとしても。


ウルティアは執務室の椅子に座り、書類を前にしていた。机の端には眼鏡が置かれ、数枚の法令案には赤鉛筆の線が引かれている。彼の手は清潔で、爪も整えられていた。山から来た男たちの手とは違った。だが、その手もまた、国を作るには必要な手だった。


窓の外からは群衆の声が聞こえる。彼らは大統領の名ではなく、カストロの名を叫んでいた。ウルティアはそれを不快に思わなかったわけではない。だが、それ以上に不安だった。熱狂は法の代わりにはならない。群衆の声は、国家の手続きにはならない。昨日まで独裁の恣意によって傷つけられてきた国だからこそ、勝利した側が同じように振る舞ってはならない。


カストロが部屋に入ってきたとき、ウルティアはすぐには立ち上がらなかった。礼を欠いたのではない。大統領の椅子に座る者として、立ち上がり方さえ考えなければならない時期だった。


ウルティアは赤鉛筆を置き、眼鏡を外した。声を荒げる男ではなかった。だからこそ、言葉の一つ一つが部屋に残った。


「私は革命を疑っているのではありません。バチスタを倒したことの正しさも、あなた方が命を懸けたことも分かっています。ただ、国は熱だけでは保ちません。昨日まで法が踏みにじられていたからこそ、今日からは、われわれ自身が法を軽く扱ってはならないのです。人民のためだ、今だけだ、必要だからだ。そう言って例外を重ねれば、独裁と同じ穴へ戻ってしまう。」


カストロはすぐに返さなかった。


窓の外に目を向ける。群衆の声は波のように押し寄せ、建物の壁を震わせていた。彼らは飢え、奪われ、殴られ、黙らされてきた者たちだった。手続きの名の下で、何も変わらない日々を見せられてきた者たちでもあった。


カストロは窓際まで歩き、群衆を見下ろした。しばらくしてから振り返る。


「あなたの言うことは分かる。国には形式がいる。署名も、法令も、裁判も、外国へ見せる顔も必要だ。だが、人民は形式に飢えて山へ来たわけじゃない。土地を失い、子どもに学校を与えられず、病院にも行けないまま、形式だけは整っている国を見てきた。俺たちは、その形式を守るために勝ったんじゃない。」


ウルティアは机の上の眼鏡を手に取り、かけ直さずに指先で持ったままにした。彼はカストロの言葉を遮らなかった。法の人間らしく、相手の言葉が終わるのを待った。


「形式を守るためだけに勝ったのではない。それは分かります。しかし、形式なしに人民を守れるとも思わないのです。群衆は今日、あなたの名を叫んでいる。明日もそうかもしれない。けれど、国家は誰か一人の声に寄りかかるべきではありません。あなたの声が強いからこそ、その声を制限する仕組みが必要なのです。」


カストロは笑わなかった。


その言葉の正しさは分かる。少なくとも、理解しようとはしていた。だが街は、理解を待ってくれない。農民は土地を待っている。労働者は賃金と職場を待っている。旧政権の協力者を裁けという声は、日ごとに強くなっている。勝利の熱は、法の速度より速かった。


カストロは執務室の椅子を見た。


それは新しい椅子ではなかった。前の政権の匂いをまだ少し残している。ウルティアはそこに座っている。必要な椅子だった。だが、その椅子だけでは、窓の外の声は動かせない。


「あなたの椅子は必要だ。俺はそれを否定しない。だが、その椅子だけでは国は動かない。外は待ってくれない。中も待ってくれない。人民は今日、自分たちの国が変わったことを見たい。明日では遅い者もいる。俺たちが手続きを整えている間に、前の時代の影が戻ってくるなら、人民は二度とこの政府を信じない。」


ウルティアは窓の外を見た。


群衆はまだカストロの名を叫んでいた。大統領の椅子はこの部屋にある。だが、国の重心は、すでに別の場所へ傾き始めていた。


そのことを、二人とも分かっていた。


※※※※※※※※※※


外からの視線も、革命の熱ほど単純ではなかった。


勝利の報は世界へ届いた。新聞は髭のゲリラを写真に撮り、山から降りてきた若者たちの物語を書いた。ロマンチックな反乱軍。独裁を倒した小国の英雄。だが、その称賛の底には、いつも値踏みが混じっていた。


この政権はどれだけ続くのか。


誰が本当に国を動かしているのか。


砂糖はどうなるのか。


土地は誰のものになるのか。


処刑はどこまで続くのか。


共産主義者は入り込んでいるのか。


問いは次々に届いた。だが、それらはキューバが自分の足で立ったことへの敬意というより、キューバがどこまで既存の秩序を乱すのかを測るものに近かった。革命は祝われながら、同時に疑われていた。新しい政府は認められながら、同時に試されていた。


カストロは、その視線をよく覚えている。


ピックス湾とキューバ危機を越えたあとの島は、無視できない存在になった。好きであれ嫌いであれ、世界はキューバを国として扱わざるを得なくなった。だが一九五九年一月のキューバは、まだそうではない。勝ったゲリラが、いつまで政府の顔をしていられるか。外からは、そんな目で見られていた。


その視線は、内部の対立をさらに重くした。


普通の国なら、意見の違いで済むかもしれない。役職を辞し、批判し、距離を置くこともできる。だが、まだ国として疑われている革命政府では、ひとつの辞任が、外へ向けた亀裂に見える。ひとりの離脱が、敵に差し出す証拠になる。


だから、椅子を離れることは、単なる個人の選択ではなくなっていった。


※※※※※※※※※※


一九五九年七月。


ウルティアの椅子は、ついに保たなくなった。


一月には必要だった椅子である。法の正統性を示し、革命がただの武装集団の勝利ではなく、政府として国を引き受けることを示すために、彼は必要とされた。だが、半年のあいだに、椅子の意味は変わっていた。


革命は速度を上げていた。土地、裁判、労働、学校、軍、外交。あらゆることが、昨日までの制度では処理しきれない熱を帯びていた。ウルティアは、その熱を危ういと思った。カストロは、その熱を止めれば革命が死ぬと思った。


七月のハバナは、湿った暑さの中にあった。


大統領府の廊下には、足音が反響していた。誰も大声を出していないのに、建物全体がざわついているようだった。書記官たちは紙を抱え、将校たちは扉の前で立ち止まり、新聞記者たちは外で待っていた。椅子がひとつ空くとき、国はそれをただの家具の移動として受け止めない。


ウルティアは、机の上を片づけていた。


赤鉛筆。眼鏡。読みかけの法令案。署名を入れた文書。署名を入れなかった文書。彼の手は、相変わらず清潔だった。だが、その指先には疲れが見えた。


このあとカストロが思い出すのは、ウルティアの声よりも、彼が離れた椅子だった。法のために置かれた椅子。革命の熱に耐えきれなかった椅子。必要とされながら、長くは中心に残れなかった椅子。


カストロは部屋の入口で足を止めた。


この男は敵ではなかった。少なくとも、始まりにおいては敵ではなかった。革命に法の顔を与えようとした男であり、勝利後の混乱に形を与えるために座った男だった。だが、革命の重心は、すでにその椅子の上にはなかった。


ウルティアは、眼鏡をケースに入れながら言った。


「あなたは、この国を動かす声を持っています。私は、その声が法の上に立つことを恐れた。それだけです。」


カストロは部屋へ入った。窓の外には、やはり群衆がいた。半年経っても、人々はまだカストロの名を呼んでいた。


「あなたの恐れは、間違っていない。」


ウルティアの手が止まった。


カストロは、机のそばに立ったまま続けた。


「だが、俺の恐れも間違っていない。革命が手続きに縛られすぎれば、人民はまた待たされる。待たされることに慣れた国は、いつか諦める。俺はそれを恐れている。」


ウルティアは少しだけ笑った。勝った者への皮肉ではなく、互いに別の恐怖を抱えていたことを認める笑いだった。


「では、われわれは同じ国を、別の恐怖から守ろうとしていたのですね。」


カストロは答えなかった。


その沈黙が答えだった。


ウルティアが椅子を離れたとき、そこには敵を倒した爽快さはなかった。あるのは、勝利した革命が、自分に必要だった人物をもう必要としなくなる冷たさだった。


法の顔は必要だった。だが、その顔は革命の速度についていけなかった。山から来た声、広場の熱、土地を求める農民、裁きを求める群衆、そして国家としての正統性。そのすべてを、一つの椅子に座らせることはできなかった。


椅子は空いた。


大統領の椅子が空いたことは、ただの人事ではなかった。革命が国家になるために、何を残し、何を置き去りにするのかを示す最初の記録だった。


一九六二年十月末、カストロは革のファイルの上に手を置いた。


一九五九年の対立は、まだ見える場所にあった。法の椅子があり、辞任があり、署名されなかった書類があった。誰がどの場所から離れていったのかを、紙はまだ示していた。


だが、空く椅子はそれだけでは終わらなかった。


法の椅子の次には、空の椅子が空いた。


そしてそのあと、辞表が書かれることになる。


カストロはファイルの次の紙へ指を移した。


そこには、滑走路の図面と、革命空軍の名前が残っていた。

大統領の辞任後。カストロの国内・海外の人気とは別に、キューバ政権の正統性は一見揺らぎます。

しかし国内的にも国外的にも革命のカリスマ・カストロがキューバの中心であることは明らかでした。


カストロが特別な存在になるのいくつかの出来事を経てのこととなります。


※更新は、月・木・土曜日(朝・夜)二回の週4話です。


次回は、月曜日の夜、投稿予定です。


【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しました。


改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)


改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿です!)


ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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