第10話 祖国か死か!
革命失敗後メキシコに亡命していたカストロはチェゲゲバラと知り合う。
そして、小さなトレジャー船で革命を旗印に国に挑む
船は小さかった。小さすぎて、笑える。
だが笑えば恐怖が漏れる。恐怖は伝染する。伝染する恐怖は仲間を殺す。
板の上は湿っていた。塩と油と汗の匂い。
夜の港は暗い。暗いから、光るものが見える。金属。目。歯。
そして吸い口。
ゲバラが隣にいた。咳を一度だけして、吸い口を握り直す。
俺は何も言わずに、彼の手元から目を逸らした。見れば言葉が要る。言葉は軽くなる。今夜は軽くしない。
俺たちの背後で男たちが押し合っている。押し合いは喧嘩じゃない。生きるための詰め方だ。
船は小さい。人間は多い。
多いほうが勝つわけじゃない。多いほど、地獄が濃くなる。
ゲバラが言った。
「どうする。みんなを巻き込むんだぞ。スローガンがないと」
俺は即答した。
「決まってる。簡単だ」
「?」
短い言葉ほど背中を押す。俺は息を吸う。
この息は、俺のためじゃない。隣の男のためでもない。
八十二人のための息だ。息は共有できる。言葉より先に。
「祖国か、死か!―だ。」
ゲバラが鼻で笑った。
「俺の祖国じゃねーぞ?」
その否定が好きだった。盲信しない男は、最後まで隣に立てる。
盲信しないから、最後に裏切る可能性もある。
裏切る可能性がある男を、俺は隣に置きたい。
隣に置けるのは、信じるからじゃない。間違えたとき終わらせてくれるからだ。
一拍。
港の風が冷たい。冷たい風は肺に刺さる。
ゲバラは咳を飲み込み、続けた。
「でも、後半の死か?というのはは気に入った。」
「……気に入る?」と俺は思わず返す。
ゲバラは目を上げた。海の暗さを見ている目だった。恐怖じゃない。確認の目。
“ここから先は、引き返せない”と確認する目。
「簡単なことだ。革命は命がけだ。だから何より清潔だ。」
静かに言う。
その静けさが夜に合っている。夜は叫びに弱い。静けさには強い。
「清潔さは、愛にもつながる。――いい。それで」
その“愛”は甘い言葉じゃない。
甘い言葉なら、今夜は要らない。
今夜の愛は、吐瀉物の匂いの中にある。
今夜の愛は、咳を折り畳む喉の奥にある。
俺は水を寄せた。
彼の指先に触れない距離で。
今夜の愛は、名前を呼ばない優しさにある。
俺は言葉を足さなかった。足せば軽くなる。
ただ、頷く。頷く角度だけで十分だ。
ゲバラが小さく息を吐いた。息の温度が、妙に近い。
「それじゃいこうか。」
俺たち八十二人は、ボロい船に乗り込んだ。
定員の話は紙の上の話だ。現実はもっと乱暴だ。
狭さはすぐ地獄になる。膝がぶつかる。息が重なる。
波が壁になる。吐く。吐いても終わらない。吐瀉物の匂いが船底に溜まり、誰のものか分からなくなる。
誰かが呻く。誰かが祈る。誰かが笑おうとして失敗する。
その全部が、同じ湿った空気に混ざる。
嵐が来た。船が傾く。胃が浮く。
海は残酷だ。残酷さは平等だ。
平等は、ときに希望になる。希望は、ときに人間を狂わせる。
ゲバラが吸い口を握り、息を整えた。
俺は見ないふりをして、水を彼の手元へ寄せた。
見ないふりは拒絶じゃない。尊重だ。
この男は弱さを見世物にしない。俺も同じだ。
俺は思った。
祖国は俺が背負う。
死は、あいつが笑って引き受ける。
だから進む。
戻る場所は、もうなかった。
とうとう、飛び出した名言
『祖国か、死か!』
こんなの普通に使えるの凄い。でもネットミーム属性もありそう。。不謹慎ですいません。
次回からは、キューバ革命編82人の戦士たちの運命は?
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