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108,血の日曜日。そして決議

第二次大戦後のしばらくしアメリカは、黒人公民権運動が政治の中心になっていきます。

肌の色で州により合法的に隔離政策がとられ、選挙権も肌の色で「合法的」にきまっていました。

1955年から10年。南部アメリカでは肌の色の問題が政治の中心になっていた。その爆心地はアバラマだった。


※※※※※※※※※※


公共のバスで、ひとりの女性が席を譲らず、法に基づいて裁かれた。

彼女が黒人だったからである。


はじめは、小さな出来事だった。


だが、小さな出来事ほど発火源になる。

争われていたのは席そのものではない。

誰が日常の形を決めるのか、その順番だった。


ジム・クロウ法に基づく秩序が南部アメリカの法の支配であり、法の正しさが南部の正義であった。


※※※※※※※※※※


アラバマの白人たちは、変化そのものより、変化を押しつけられることを恐れていた。

いつものバスの風景が、日曜日の礼拝が、子どもたちの学校が、自分たちの速度ではなく変わっていく。

必要だと頭では分かっていても、その速さを自分で選べないことには耐えられない。

恐怖はしばしば、正義より先に政治を動かす。


ジョージ・ウォレスは、その恐怖を見逃さなかった。


彼は最初から完成した信念の人ではなかった。

むしろ、地元の空気を丁寧に拾う政治家だった。

1958年の最初の知事選では、後年ほど露骨な言葉を掲げていたわけではない。

だが敗れたことで、なおさら人々の声を聞いた。

そして知った。

人々が本当に恐れているのは、変化そのものではない。

変化を、自分たちの速度ではなく、外から命じられることだった。


日常が変わる。

礼拝が変わる。

学校が変わる。

治安の感覚が変わる。

それを必要だと頭で認めることと、その変化を受け入れることとは違う。

まして、自分たちで選んだ順番ではなく、説教師や新聞や連邦の圧力で急かされるように変わることには、なおさら耐えがたいものがあった。


ウォレスは、その恐怖に言葉を与えた。

自分は偏見を守るのではない。

州の人々の生活と速度を守るのだ、と。

少なくとも彼自身は、そう信じていた。


そして1962年アバラマ知事に当選する。


就任演説で彼は叫ぶ。


I say segregation now, segregation tomorrow, segregation forever.

(今ここで人種隔離を!明日も人種隔離を!永遠に人種隔離を!)


その言葉は、彼を当選させただけではなかった。

彼自身をも、さらに硬い政治家へ変えていった。


以後のウォレスは、連邦の圧力に対して、州の先頭で立つ男になる。

ワシントンが学校を変えろと言えば、学校の門に立った。

裁判所が日常の速度を変えろと言えば、州の尊厳を守ると叫んだ。

彼にとってそれは、差別の防衛というより、郷土の代表として前に出る行為だった。

少なくとも彼と、彼を支持した人々はそう信じていた。


※※※※※※※※※※


別の色のアメリカも同じだけ本気だった。


キング牧師にとって、肌の色で人間を区別することは、速度の問題ではなかった。

理不尽は理不尽のまま正されなければならない。

外から急かされるから腹が立つ、では済まされない。

法がそうである以上に、人間そのものが間違っている、と彼は考えていた。


だからキングはアラバマへ向かった。

争点はもはや、バスの席でも、学校の門でもない。

投票する権利だった。

アラバマ州セルマ。ダラス郡。

黒人は多く住んでいるのに、有権者登録を妨げられていた土地である。

教会に人が集まり、登録を求める運動が続き、やがて行進は州都モンゴメリーを目指すことになる。


黒人の怒りは、失われた声によってかえって濃くなることがある。

怒りはしばしば、死んだあとに輪郭を持つ。


そして1965年3月7日の日曜日に、事件は起きた。


行進はセルマのブラウン・チャペルAME教会を出て、エドマンド・ペタス橋へ向かった。

州都モンゴメリーへ歩く、その最初の行進だった。

橋を越えたところで、アバラマ州警察と保安官側の隊列が待っていた。

命令。停止。

そして前進。

こん棒と催涙ガスと馬が、人々の列へ突っ込んだ。


後に「血の日曜日」と言われる衝突――。


橋の上で人が殴られ、追われ、倒れた。

あれは群衆の解散ではなかった。

どちらのアメリカが、この土地のルールを決めるのか、その宣言だった。


映像はすぐに広がった。

その日、アメリカの分裂は議論ではなくなった。

誰の目にも見えるものになった。


※※※※※※※※※※


1965年3月 ワシントンD.C. 国防総省


「血の日曜日」の数日前の3月2日、ローリングサンダー作戦は始まっていた。


国内で国が裂けていく時、外へ向けて国家の意思を示す必要がある。

少なくとも、この部屋の人間はそう考えていた。


ロバート・マクナマラ長官は、アバラマの映像を見たあとも顔色を変えなかった。

だが私は知っていた。

この人が無関心なのではない。

むしろ逆だった。

無関心でいられるほど、この人は鈍くない。


「国内は、かなり揺れています。先月はマルコムXの暗殺もありました。」


私が言うと、長官は資料から目を上げた。


「ええ。」


「予想以上に。」


長官は少しだけ黙った。

それから静かな声で言った。


「だからこそです。」


私はその先を待った。


「国内が割れている時ほど、国家は外で意思を失っているように見えてはならない。」


その言葉は冷たかった。

だが、その冷たさには切迫があった。


「アバラマのあとで、なおですか。」


「アバラマのあとだからこそです。」


長官は立ち上がり、窓の方へ歩いた。


「国内では、法で前へ進むしかない。

外では、勝っている姿を維持するしかない。

どちらも同時に失えば、国は持ちません。」


私はその横顔を見ていた。

この人は、公民権運動そのものに反対しているのではない。

むしろ必要だと分かっている。

だが、必要だと分かることと、その代価をどこで払うかは別問題なのだと思っている。


「大義が薄くても、ですか。」


私は思わずそう聞いていた。


長官は振り向かなかった。


「大義が薄いからこそ、より大きな大義のために選ばなければならないことがあります。」


「より大きな大義。」


「一つのアメリカという神話です。」


それは、答えというより覚悟に近かった。


「共産主義との戦いで勝っていると、国民に伝えること。

人種を超えたアメリカが、外の敵と闘っていると示すこと。

国内の分裂を、そのまま国家の崩壊にしないこと。」


長官はそう言った。


「今は、それが必要です。」



※※※※※※※※※※


その春、アメリカは二つに裂けていた。


州の伝統を守ろうとする者たち。

理不尽を理不尽のまま終わらせないため声をあげる者。

どちらも、自分こそがこの国を守っていると信じていた。


だからこそ、血は流れた。


だが、連邦は引かなかった。


橋の上で殴られた人々の映像は、ついに国家を動かした。

ジョンソンは議会で投票権法を求めた。

法案は夏に成立する。


少なくとも制度の上では、国は前へ進んだ。

エスタブリッシュは、そう信じることができた。


ロバート・マクナマラもまた、そのひとりだった。

国内では法で前進し、国外では国家の意思を示す。

二つを同時に進めることで、この国はまだ持ちこたえられる。

少なくとも、その時の彼はそう考えていた。


私もまた、その理屈を理解していた。


理解できることは、ときどき賛成よりも深く人を巻き込む。


投票権法は通った。

国家はまだ、自分を修復できるように見えた。


その勝利が、国を癒すのか。

それとも、かえって別の怒りを輪郭のはっきりしたものにするのか。


その答えは、まだ誰にも分からなかった。

マルコムXやキング牧師は、様々な作品で描かれています。彼らは凶弾にたおれますが、やはり歴史はその後の勝者の視線で描かれます。

ウォレスは悪役として描かれることが多いですが、隔離政策を全面的に打ち出し当選した背景には絶対的な民意があったことは歴史の再現性という意味でも大きな出来事かもしれません。


公民権運動による分断とベトナム戦争の本格拡大。60年代のアメリカの歴史は再び繰り返すのでしょうか?

このあと二つのうねりは次第に一つのうねりになっていきます。


【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。




改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)




改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)


ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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