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106,ローリングサンダー作戦

アメリカの傀儡国家南ベトナムら北ベトナムに支援される反政府ゲリラに四苦八苦していました。

トンキン湾を口実に北ベトナムに攻撃を仕掛けるも実態は複雑でした。

ローリングサンダー作戦が始まります。、

トンキン湾決議までは、アメリカは軍事顧問団として南ベトナム軍を支え、反政府ゲリラであるベトコンの掃討を助けていた。


しかし、その後アメリカの考え方は変わる。


南で戦っているのはベトコンだが、その背後には北ベトナムがいる。

人も、武器も、補給も北から来る。

ならば、南だけを相手にしていても終わらない。

北からの流れを止め、北ベトナムそのものに圧力をかける必要がある。

その考えのもとで始まったのが、ローリングサンダー作戦だった。


だが、アメリカ軍の中でも考えは一つではない。

陸軍には陸軍の、空軍には空軍の、海兵隊には海兵隊の論理がある。

同じ戦争を見ていても、どこを主戦場と考えるか、何を勝利と呼ぶかは違っていた。


戦場とは別の、部下の命を守るための政治劇が会議室で始まろうとしていた。


※※※※※※※※※※


一九六五年三月 ワシントンD.C. 国防総省


私は会議室の長机に地図を広げていた。


南ベトナム。

ラオス。

カンボジア。

北ベトナム。


紙の上では線は細い。

だが現実には、その外側を人も武器も回り込んでくる。

戦争は、地図ほどきれいではなかった。


机の端には、サイゴンから届いた現地司令官ウェストモーランドの報告書が置かれていた。


兵が足りない。

時間が足りない。

南を保つ手が足りない。


結論は毎回ほとんど同じだった。


ロバート・マクナマラ長官が入ってきた。


「南を中央へ。ラオス側も見えるように。」


私は地図を少し引いた。


長官は報告書を手に取り、ざっと目を通してから私を見た。


「何だ。」


「なぜ、押されているんですか。」


私は聞いた。


「支援しているのはアメリカです。火力も装備もこちらの方が圧倒的です。それでも、なぜ南ベトナムは押されるんですか。」


長官は報告書を机へ戻した。


「南が強い国じゃないからだ。」


と彼は言った。


「しかも政府は腐敗している。だから兵が、命を懸けて守るだけの国だと思っていない。」


「それでも支えなければならないんですね?」


「そう、ここで引けば、アメリカは共産主義を押し返せない国だと見られる。」


長官は地図を見た。


「しかも敵は線どおりには来ない。北からも来るし、国境線のはるか中からも現れる。」


私は境界線を見た。


「陸軍が北へ押し戻せば済む話ではない。」


「済まない。」


長官は言った。


「陸軍は南を持たせたい。空軍は北を叩きたい。海兵隊は重要拠点を守りたい。問題は、その全部を同じ戦争として動かすことだ。」


廊下の向こうで足音がした。


長官は報告書を開いた。


「会議では、みな自分がいちばん現実を見ていると思って話す。」


※※※※※※※※※※


最初に入ってきたのは、統合参謀本部議長アール・ウィーラーだった。


制服組全体の頂点にいる男だが、この部屋では地上戦の声を代表していた。

彼にとって勝負は南で決まる。

村、道路、拠点、行政区画。

それを失えば終わりだ、という考え方だった。


その後ろに、海兵隊司令官ウォレス・グリーンが続いた。

この男は戦争の全体像より、最初に撃たれる兵の距離で話す。

重要拠点を守るなら、その周囲まで押さえなければならない。

その分だけ部下が死ぬ。

彼にとっては、それが現実だった。


最後に空軍参謀総長ジョン・P・マコーネルが入ってきた。

彼にとって、この戦争が終わらない理由は明快だった。

南でいくら戦っても、北が送り込み続ける限り終わらない。

ならば北に、この戦争は高くつくと教えなければならない。

それが彼の勝ち方だった。


三人が席についた時点で、長机のまわりにはもう違う戦争が並んでいた。


ウィーラーが口火を切った。


「ウェストモーランドの報告は読んだ。南を持たせなければ話にならない。村も道路も、昼に握って夜に失う。そこを戻さなければ勝負にならん。」


マコーネルがすぐに返す。


「南の話だけしていても終わらん。南を一つ掃除しても、北が送り込み続ければ来月また同じだ。」


グリーンが低く言う。


「その“来月”まで持たせるために、基地も港も守らなきゃならん。守るには周囲まで押さえる必要がある。」


ウィーラーは顔色を変えない。


「だから兵が要る。」


「兵だけじゃない。」


グリーンが言った。


「任務の線引きも要る。守ると言って連れてきた兵に、気がつけば外側まで責任を持たせる。そんな話なら、死ぬのは現場だ。」


マコーネルが地図を指で叩いた。


「現場の出血を止めるには、北を叩くしかない。補給を鈍らせ、ハノイに“続けるほど損だ”と思わせる。それをやらなければ、南では毎月同じ血を流す。」


「爆弾で村は守れん。」


グリーンが言う。


「補給は止められる。」


マコーネルは言った。


「少なくとも、止めようとしない理由はない。」


ウィーラーが低く言う。


「北が痛んだところで、南の村がそのまま戻るわけじゃない。」


長官がそこで口を開いた。


「どちらも必要だ。」


部屋が静まる。


「南で戦っている相手北じゃない。ベトコンだ。」


と長官は言った。


「だが、その戦争は北から支えられている。だから南だけ見ても終わらないし、北だけ叩いても勝てない。ローリングサンダーは北へ圧力をかける。地上軍は南を持たせる。その両方を回す。」


ウィーラーが言う。


「勝負は南です。」


マコーネルが言う。


「終わらせる鍵は北です。」


グリーンが言う。


「そのバランスを間違えれば――兵が死にます。」


※※※※※※※※※※


その時、扉が大きく開いた。


リンドン・ジョンソンが入ってきた。


「どうだ。」


椅子へ向かいながら、彼は言った。


「まだ北だ南だで揉めてるのか。」


誰もすぐには答えなかった。


ジョンソンはどかりと座り、机の上の地図を見た。


「俺には、こいつはずいぶん妙に見える。」


と彼は言った。


「相手は遅れた小さな国だ。こっちは世界一の国だろう。」


指で地図の南を叩く。


「なのに、ゲリラすら押し返せない。」


今度は北を叩く。


「アリとゾウじゃないか。だったら、どこで踏み潰す話なんだ。」


部屋は静かだった。


「南の戦争なのか。北の戦争なのか。」


「主戦場は南です。」


ウィーラーが即答した。


「村、道路、拠点、行政区画。それを失えば終わりです。」


「だが南だけ見ていても終わりません。」


マコーネルが続けた。


「北が送り込み続ける限り、この戦争は毎月やり直しです。」


ジョンソンは鼻から息を抜いた。


「海兵隊はどうだ。」


「重要拠点を守ります。」


グリーンが言った。


「守るには周囲まで押さえなければならない。その分だけ兵が死にます。」


ジョンソンは椅子にもたれた。


「つまり全員、正しいつもりってわけだ。」


誰も笑わなかった。


ジョンソンはマクナマラを見た。


「ボブ。まとめろ。」


長官は一枚の紙に手を置いた。


「陸軍は南を持たせたい。」


と彼は言った。


「村、道路、拠点、行政区画。南ベトナム政府が支配している地面を失いたくない。」


ウィーラーは黙っていた。


「空軍は、北を叩きたい。」


長官は続けた。


「補給を鈍らせ、ハノイにこの戦争は高くつくと分からせたい。南で同じ戦争を何度も繰り返したくないからです。」


マコーネルも何も言わなかった。


「海兵隊は、重要拠点を守りたい。」


長官は言った。


「基地も港も、守ると言うだけでは守れない。周囲まで押さえなければ、南の内側から食い破られる。」


グリーンが低く息を吐いた。


「そして私の仕事は、その全部を同じ戦争として動かすことです。」


ジョンソンが言う。


「揉めてるのは、何だ。」


「勝ち方です。」


長官は答えた。


「南で勝つのか。北を痛めつけて終わらせるのか。拠点を守りながら持たせるのか。やることは同じ戦争でも、何を勝利と呼ぶかが違う。」


ジョンソンは少しだけ口を歪めた。


「で、お前は。」


「南を落とさないことです。」


長官は言った。


「そのために、南は持たせる。北には圧力をかける。拡大は管理する。それしかありません。」


ジョンソンはしばらく黙っていた。


それから机を指で叩いた。


「俺が欲しいのはな。」


と彼は言った。


「南ベトナムを俺の手の中で落としたって見え方じゃない。“見捨てた”“腰抜けだ”なんて見出しはごめんだ。」


俗っぽい言い方だった。

だが私は、その先も分かっていた。


この人は見栄だけで言っているわけではない。

公民権で国が割れ、南部の反発もくすぶり、政権が弱く見えれば、国内の裂け目はもっと広がる。

だから彼は、戦争を外交だけでなく国内政治の顔として見ている。

卑しいと言えば卑しい。

だが、それだけでもなかった。


ジョンソンは続けた。


「だが、中国と大戦争もごめんだ。国内だって抱えてる。」


彼は椅子にもたれた。


「分かるだろう、ボブ。勝ってるように見せなきゃならん。だが広げすぎてもならん。」


「分かっています。」

長官は言った。


ジョンソンが言う。


「なら、その狭い枠の中で勝て。」


「かなり狭い枠です。」


マコーネルが言った。


「狭いから政治なんだ。」


ジョンソンは返した。


「広くていいなら、俺はいらん。」


ウィーラーが低く言った。


「その枠の中で南を守るには、兵と時間が必要です。」


グリーンも続けた。


「任務を曖昧にしないでいただきたい。曖昧な命令の分だけ、現場が余計に死にます。」


ジョンソンは短くうなずいた。


「なら、理由を一つにまとめろ。」


彼は言った。


「部下を死なせるなら、せめて同じ言葉で死なせろ。」


部屋が静かになった。


長官が最後に言った。


「確認します。南で持たせる。北に圧力をかける。拡大は管理する。」


ジョンソンは立ち上がった。


「それでいい――そして勝ってる形にしろ。」


それだけ言って、扉の方へ向かった。


資料が閉じられる。

椅子が引かれる。

誰もが同じ戦争の話をしているはずなのに、頭の中にある勝利は少しずつ違っていた。


私は手帳を閉じた。


その時の私は、まだ分かっていなかった。

この戦争でいちばん危険なのは、敵の数でも、爆弾の量でもないのかもしれないと。

同じ国を守ろうとしているはずの人間たちが、誰一人として同じ勝利を見ていないこと。

その方が、もっと静かに、もっと長く、人を死なせるのだと。

人海戦術で攻める北ベトナムと反政府ゲリラ(ベトコン)に思いのほか苦戦するアメリカ。

ベトナム戦争は次のフェイズに変わります。


【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。


改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)


改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)


ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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