105,【幕間】ベトナムを石器時代に~ルメイの勲章~
これまで対立相手として書いてきた、国防省の制服組。その象徴としてカーチス・ルメイの半生を幕間にしました。
アメリカの国防省のもう一つの正義とは――。
1978年 アメリカ ルメイ邸
「カーチス・ルメイ氏。東京大空襲への責任を、どうお考えですか。」
日本から来たNHK取材班は、丁寧な声でそう聞いた。
私は少しも急がず、部屋の中央に目をやった。勲章が置いてある。先に見せるべきものは、言葉ではなくそっちだった。
「古すぎて忘れてしまった。」
それだけ言って、私は顎をしゃくった。
だが、むしろこっちが聞きたいくらいだった。
俺は東京や日本の都市を焼いた。
そして殺した。
五十万近い人間が死んだとしても、不思議じゃない。
それでも、お前たちは焼け跡から立ち直り、高価なカメラを抱えてここにいる。
その日本のエンペラーが、私に勲章をくれた。
「勲章を写せ。」
それを認めたのは、お前たちの国だ。
外で何を騒ごうと、それが現実だ。
部屋は静かだった。
その沈黙の中で、私は飛び始めた頃のことを思い出していた。
※※※※※※※※※※
リンドバーグに憧れた。
大西洋を一人で越えた男。
空には、地上とは別の秩序があるのだと、若い私は本気で信じていた。
飛ぶということは、それだけで人間を選び分けるのだと思っていた。
地上では言い訳が通る。
家柄だの、階級だの、年功だの、上官の機嫌だの。
だが空は違う。落ちれば終わる。戻れば生き残る。それだけだ。
あの単純さに、私は惚れた。
だが軍に入ってみれば、飛行機乗りの扱いはひどいものだった。
新しい兵器のくせに半端者。
落ちれば犬死に、戻ってきても本流ではない。
見世物じみた危険仕事のくせに、軍の中ではどこか胡散臭い。
騎兵でもなければ歩兵でもない。泥も知らず、軍刀も似合わない。そういう目で見られた。
反骨心のない人間なら、あそこで腐っていたと思う。
私は腐らなかった。
飛行機乗りの世界では、最後に試されるのは勇気だけだからだ。
恐怖心も、道徳心も、空へ持って上がるには重すぎる。地上に置いていくしかない。
空へ持って上がるのは、技量と覚悟だけだ。
躊躇する奴は、自分の先で砲弾にやられる仲間を思う。
その家族を思う。
だから手が鈍る。
だが手が鈍れば、自分だけではなく後ろの編隊も死ぬ。
ならば最初から、助からない仲間ではなく、勝利で助かる仲間を見ろ。
私はそう考えた。
だから先頭に立った。
編隊を崩さないためだ。
後ろの連中を迷わせないためだ。
先頭が迷えば、隊列全体が迷う。
だったら一番危ない場所へ自分が入ればいい。
それが私のやり方になった。
※※※※※※※※※※
ヨーロッパへ出た時、考え方はますます固まった。
ナチスと戦う空は、理屈より速かった。
地図の上では、工業地帯だ、鉄道結節点だ、軍需工場だと整然と並ぶ。
だが上空へ行けば、あるのは高射砲の黒い花と、機体を引き裂く金属音と、編隊が崩れる瞬間の恐怖だけだった。
あそこでは、勇気は美徳ではない。
作業だ。
編隊を守る。
高度を守る。
航路を守る。
爆撃の順番を守る。
誰か一人が恐怖で蛇行すれば、穴が開く。
穴が開けば、その列にいた何人もが帰れなくなる。
だから私は、自分で先頭へ出た。
命令したいからではない。
編隊というものは、先頭の心の乱れをそのまま後ろへ伝えるからだ。
私は純粋だったのだと思う。
だが、あの純粋さは、きれいなものではない。
勝つために必要なことはやる。
その一点だけを見ている人間は、いずれ残酷になる。
なぜなら途中のためらいを、全部「仲間を余計に死なせる感傷」として切り落としていくからだ。
私はそれを切り落とした。
ナチスの工場も、輸送路も、補給線も、兵士を早く帰すためなら壊すべき対象にしか見えなかった。
相手の街の向こうにいる子供より、こちらの編隊の中にいる若い兵士の方を先に見た。
その順番だけは、一度も変わらなかった。
だから私は生き残ったし、上へ行った。
※※※※※※※※※※
戦争が大きくなっても、考え方は変わらなかった。
半端にやるな。
長引かせるな。
兵士を無駄に死なせるな。
それだけだった。
日本空襲でも、私は同じことを見ていた。
鬼畜ルメイ、皆殺しルメイ、彼らは俺をそう呼んだ。結構だ。
敵にそう呼ばれるのは、こちらが正しく敵の痛いところへ届いている証拠だ。
東京を焼いた。
神戸も焼いた。
名古屋も焼いた
沢山焼いた。
その通りだ。
だが、焼かなければどうなった。
硫黄島があり、沖縄があった。
あのやり方を本土でも続ければ、どれだけの兵士が死んだ。
どれだけの海兵隊員と歩兵が、浜で、洞窟の前で、泥の中で、火炎放射器の先で腐った。
私は、それを減らした。
やり方はシンプルで確実だ。
一番勇気があるやつが一番低く入る。一番先に爆撃する。
あとから来る連中は、その火をマトに爆弾を落とす。
きれいな戦争ではない。
そんなものは最初からない。
あるのは、早く終わらせるか、長引かせるかだけだ。
私はいつも、先にある仲間の死と、その先にあるアメリカの名誉を見ていた。後ろにある敵の死なんて振り返るだけ無駄だ。
今日の非難ではない。
明日の生還と、国家の勝利だ。
だから焼いた。
※※※※※※※※※※
戦争が終わり、アメリカに空軍ができた。
そしてその後私はその頂点に立った。
当然だと思った。
空軍が何をする組織か知っていたし、どう使えば勝てるかも知っていたからだ。
空を飛ばない連中は、空の仕事をすぐ理屈で包もうとする。
数字は便利だ。報告書も便利だ。
だが、数字は血の匂いを知らない。
私は組織にも、戦場と同じ論理を持ち込んだ。
空軍は独立すべきだ。
地上の都合で半端に縛られれば、結局は兵士を余計に死なせる。
空を使うなら、空だけの論理で使え。
目的をはっきりさせろ。
勝てる形で組め。
ぼかすな。
迷うな。
そうして私は将軍になった。
たまたまではない。
一歩ずつ、同じ論理で上がってきただけだ。
ロバート・マクナマラは嫌いじゃなかった。
あいつの作戦は、机の上では悪くない。
目的がはっきりしている。
数字で測る。
段階をつける。
何を達成したいか分かりやすい。
だが、赤ん坊だ。
戦場の血を知らない。
空から嗅ぐ死の匂いを知らない。
編隊の先頭で、火に向かって入る時間を知らない。
兵士を本当に死なせるとはどういうことか、体で知らない。
だから、あいつは半端を信じる。
限定。管理。段階的圧力。
そんなものは政治家と官僚には都合がいい。
だが、現場では人を長く殺すだけだ。
※※※※※※※※※※
1964年、日本は私に勲章をくれた。
外で何を騒ごうが、反対したのはアカ(社会主義政党)だ。
天皇が、俺に勲章をくれた。
それが現実だ。
私はその勲章を誇りだと思った。
皮肉でも、屈辱でもなかった。
敵だった国からの顕彰さえ、自分の正しさを補強する材料にしかならなかった。
※※※※※※※※※※
引退は見えていた。
1965年2月1日。
カレンダーの上では、たったそれだけの話だった。
だが、肩書きの終わりと責任の終わりは同じではない。
私はまだ、残された兵士たちの方を見ていた。
ベトナムの報告も読んでいた。数字も見ていた。
だが、机の上で管理された戦争という言葉を見るたびに、私は顔をしかめた。
管理された戦争。
そんなものは机の上にしかない。
現場にあるのは、勝つか、長引くかだけだ。
兵士はそのあいだで死ぬ。
やるなら勝て。
勝てないやり方をするな。
兵士を半端に死なせるな。
私の答えは、それだけだった。
私は現地へ行った。
兵士たちの顔を見た。
若い。疲れている。
だがまだ、本当に何が始まるのかまでは分かっていない顔だった。
私は連中を前にして、ためらわなかった。
半端な戦争は、兵士を一番無駄に死なせる。
それだけは、誰よりよく知っていたからだ。
俺はまもなく引退する。
最後まで戦場の兵士を鼓舞する――ならば、残された兵士に最後の言葉をくれてやる。
兵士を犬死にさせないために。
敵に先にやられないために。
愛するアメリカの名誉を守るために。
「ベトナムを石器時代に戻してやる!」
最近、アメリカ大統領の発言「石器時代に戻してやる。」
原典はカーチス・ルメイの発言として語られてます(真偽は不明らしいですが。)最近NHKのドキュメントでも彼を主役にした作品放送されてましたね。
描き方のテーマや切り取り方次第で、制服組が正義にも見えてきます。
命がけで国の名誉を守ろうとした制服組。どちらが正しかったのか?それともどちらも間違えていたのか。
次回ベトナム編後編に入ります。
【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。
改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)
改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)
ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。
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