玉の輿は前途多難 5
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シンと静まり返った広間は、しかし、十秒もしないうちに蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
どういうことだと喚く令嬢たちを、使用人たちがなだめながら広間から追い出していく。
ただ一人残されたアリエルは、ぽかんとしてル・フォール伯爵を見ていた。
(あ、あれ? もしかして、わたし、合格? なんで?)
嬉しさより、圧倒的に驚愕の方が勝って、茫然としてしまう。
同じテーブルにいた二人の令嬢も「なんでこんな野暮ったい子が‼」みたいな鋭い視線でアリエルを睨みつけ、散々喚き、使用人に半ば連行されるように広間から連れ出された。
しばらくして広間が静かになると、使用人の一人が「紅茶のお代わりをお持ちしました」とまだ湯気の出ている暖かいお茶を出してくれる。
広い広間に、使用人を除けばアリエルとル・フォール伯爵のみ。
驚愕が落ち着いてくると今度は動揺が襲ってきて、アリエルは助けを求めるように広間の中を見渡した。
広間の隅にメアリがいるのを発見し目配せするが、彼女はにこりと微笑むのみだ。助けてくれるつもりはないらしい。
「やっと静かになった」
ル・フォール伯爵がそっと嘆息する。
「だから嫌だったんだ。見合いパーティーなんて」
「そうはおっしゃいますが、一人一人個別でお会いになるよりは一度に招いた方が手間が省けてよかったでしょう?」
執事が笑いながら歩み寄って来て「ケーキはいかがですか?」とアリエルに訊ねた。
頷けば、三段トレーから一口サイズのケーキを三種類選んで目の前のプレート皿に乗せてくれる。
こういうのは下のスコーンやサンドイッチから食べるのがマナーだった気がするが、取り分けてくれたので気にしなくていいだろう。
頭がひどく混乱しているし、甘いものでも食べないとやってられないとアリエルはフォークを握り締めた。
遠慮なくケーキを食べていると、ル・フォール伯爵が珍しいものを見るような目を向けてきて、使用人たちがくすりと笑う。
「ロカンクール家か。社交界ではめっきり見なくなったが、なるほど……変わっている」
それは褒められているのか貶されているのかわからないが、嫌味には聞こえなかったので聞き流すことにした。
「それで、君に少し聞きたいのだが、玉の輿狙いで見合いに参加したと言うのは本当か」
「ぶごっ!」
ドストレートに訊ねられて、アリエルは口に入れたタルトをのどに詰まらせた。
慌ててて紅茶で流し込み、バッとメアリを見る。メアリはいたずらっ子のように目を細めて笑っていた。
「君が察した通り、メイドにはそれぞれの令嬢の様子を報告させていた。メアリは君が面白い令嬢だと言っていた。それから、家が貧乏で金を必要としているから、資産家であるル・フォール伯爵家の見合いに参加したと言うのも聞いた。ロカンクール家が困窮しているのは確かなので、嘘ではないだろうが、ずいぶんとあけすけな言い方をするものだ」
ル・フォール伯爵は口数が少ない方かと思ったが、そうではなかったらしい。
ここまで来れば隠しても仕方がないので、アリエルは首肯した。
「そうです。援助してほしいとは言いませんけど……まあ、ちょっと食べ物とか買ってくれたら嬉しいなとは思っていますけど、どちらかと言えば、家を立て直す手伝いをしてほしくて。貴族なんて半分は政略結婚なんですから、お金目当てだっていいでしょ?」
半ば開き直ると、ル・フォール伯爵が小さく笑う。
「確かにその通りだ。実際、金に困って金持ちの家と縁を結ぶ家もある。君の考えは珍しくない」
金目当てと認めても、ル・フォール伯爵の顔に不快感はなかった。むしろ面白がっている節すらある。
「君が正直に答えたのだから、俺も正直に答えよう。――俺は、馬鹿が嫌いだ」
「ぶほっ」
アリエルはまたケーキをのどに詰まらせかけた。
また慌てて紅茶を飲むアリエルに目を細めて笑いながら、ル・フォール伯爵は続ける。
「だから事前テストをしたし、先ほども薔薇の花の話題を持ち出して反応を見た。引っかからなかったのは君だけだ」
「ああ、これですね。わたしも最初は不思議だったんですけど、よく見たら葉っぱもほんのり青くなっているので、白い薔薇に青い水を吸わせたんじゃないかなって思ったんです。あってますか?」
「あっている」
ル・フォール伯爵が花瓶から薔薇を抜く。茎の先から、青い水がしたたり落ちた。
「こんな単純なトリックに引っかかって騒ぐような馬鹿は、俺の伴侶にふさわしくない」
(毒舌~)
そうは言うが、まさか執事があんなひっかけるような言い回しをするなんて、普通は思わないだろう。だからみんなひっかかったのだ。
(青い薔薇を作り出すことに成功した、なんてずるい言い方よ)
品種改良に成功したとは言わなかった。作るだけなら、白い薔薇を青く染めても「作る」ことになる。嘘ではないが、大勢の人が勘違いする言い回しだった。
「なんか複雑そうな顔だな」
「正直、こんなことで合格って言うのもなんかなって感じです」
お見合いとはいえ、結婚するか否かは人となりを知ってから判断するものだろう。
青い薔薇が偽物だとわかったからといって、相手がどんな性格なのかわからないではないか。
政略結婚にしてもひどすぎる。
(まあ、玉の輿目的のわたしが、とやかく言う問題じゃないでしょうけど)
むしろこの程度で合格したのならばラッキーと考えるべきだろう。
そう思いながら、三つ目のケーキにフォークを伸ばしたとき、ル・フォール伯爵が意地の悪い顔で笑った。
「何か勘違いしているようだが、君はまだ合格じゃない」
「はい?」
会場にアリエル一人しかいないのに、合格じゃない?
目をぱちくりと挿せていると、ル・フォール伯爵は一枚のカードをテーブルの上に置いた。
フォークを置いて、アリエルはカードを覗き込む。
今はない深い深い水の底。
忘れられた魚が求める先。
海賊が攫った姫の宝。
姫の宝を元の位置に戻したとき、止まった時間が動き出す。
カードには、一見すると詩にも見える謎めいた言葉が書かれていた。
「なんですか、これは」
「さしずめ、君への最後の試練と言ったところだろうか」
「試練?」
ル・フォール伯爵は優雅にティーカップに口をつけてから、とん、とカードを指先で叩く。
「この暗号文が示す答えを見つけてくれ。そうすれば、君は晴れて我が家の女主人、玉の輿だ。ロカンクール家の援助もするし、立て直しにも協力してやる。どうだ、君にとっては悪い話ではないだろう」
(それはそうだけど……)
何故、お見合いに来て暗号文の解読をしなければならないのだろうか。
「これが解けるまで、いつまででもここにいてくれても構わない。そうだな。君がここに滞在しているあいだ、ロカンクール家には毎日銀貨一枚の援助をしよう」
「なんですって⁉」
アリエルは思わず叫んだ。
毎日銀貨一枚の援助があれば、食べるものにも困らないし、可愛いルシュールに美味しいお菓子を買ってあげることもできる。
「ただし、暗号文を解く努力をしていないとみなした時点で不合格だ」
「それはもちろんそうでしょうけども……」
アリエルは少し悩んだが、いくら悩もうと、自分の中に答えは一つしかなかった。
「わかりました、受けて立ちます!」
お見合いに来て、決闘を受けるような宣言をするのはどうかと思うが、お見合いらしくないのだからこんなものだろう。
ル・フォール伯爵はニッと笑って、アリエルに右手を差し出した。
「改めて、ジェラルド・ル・フォールだ。ジェラルドと呼んでくれ。俺も、君をアリエルと呼ぶ」
「わかりました、ジェラルド。どうぞよろしくお願いいたします」
必ずこの暗号の答えを見つけて、玉の輿に乗ってみせる。
アリエルは不敵に笑うジェラルドを見、微笑み返した。
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