玉の輿は前途多難 3
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お見合いパーティー開始時間も近くなったので、アリエルはメアリの案内で一階の広間に案内された。
広間には真っ白なレースのテーブルクロスのかかった円卓が三つ用意されていて、お茶会の準備が整っていた。
テーブルの中央にはそれぞれ一輪挿しがあり、二つの円卓には白い薔薇が、もう一つに円卓には青い薔薇が生けられていた。
(青紫色の薔薇は見たことがあるけど、青い薔薇なんてはじめて見たわ)
不思議に思っていると、メアリがアリエルを青い薔薇の円卓へ案内する。
「事前テストの成績によって席が決まっているんですよ」
メアリがこそっと耳打ちして教えてくれた。
(なるほど、わたしの成績がよかったのか悪かったのかはわからないけど、そういうテーブル分けなのね)
身分差でテーブルを分けると言うのは聞いたことがあるけれど、成績で分けると言うのははじめて聞いた。
アリエルもここでようやく、このパーティーが普通ではないかもしれないと思い至った。
(お見合いパーティーは事前テストがあるものなんだってさっきは思ったけど、あれも特別だったのね。そうよね。お見合いに来て計算問題を解かされるなんてあり得ないものね)
ジェラルド・ル・フォール伯爵には何らかの意図があったのだろうが、ちょっと変わり者かもしれない。アリエルはお見合い相手に興味が出てきた。
最初は「資産家」という事実にのみ着目したけれど、お茶目な趣向を凝らすような面白い相手なら、結婚生活も楽しいかもしれない。まあ、アリエルが選ばれればの話だが。
アリエルの円卓にはアリエルのほかに二人の令嬢が着席していた。
一人はブルネットに青い瞳の、アリエルと同じくらいの年頃の令嬢で、もう一人はまっすぐな銀髪にアクアマリン色の瞳の、少し年上だろうと思われる令嬢だ。
メアリはアリエルを席に案内すると一礼して去って行った。
かわりにやって来たのは、銀色のトレーを持った給仕係だろうと思われる男性使用人だった。
「お飲み物は紅茶とオレンジジュース、アップルジュースをご用意しております」
紅茶のほかにジュースまで用意してくれているなんて親切だなと思いながら、アリエルは紅茶を頼む。レモンやミルクをどうするかと訊ねられたので、どちらもいらないと答えた。
(お金持ちの家で出される紅茶だもの、きっといいものだわ。それならストレートで飲みたいわよね!)
このような機会がなければ口にできない代物である。
目の前の三段トレーに乗せられているサンドイッチやデザートもとっても美味しそうだ。狙いは玉の輿だが、これだけでも参加した価値がある。
「紅茶に蜂蜜を入れて、レモンを落としてくれないかしら」
「わたくしはコーヒーが飲みたいわ。今、王都で流行っているの」
給仕係の使用人は蜂蜜をどうするのかなんて聞いていないし、ましてやコーヒーなんて言われたメニューになかったのに、二人の令嬢は平然とそんな無茶を言う。
しかし給仕係はにこりと微笑み、「かしこまりました」と頭を下げた。良家の使用人は、突然の無茶ぶりにも平然と答えられるらしい。さすがだ。
本日の主役であるル・フォール伯爵はまだ到着していない。パーティー開始まであと五分くらいあるので、時間丁度に現れるのかもしれなかった。
「ねえ。あなたのドレス、すごく安っぽいのだけど、まさか既製品?」
紅茶が運ばれてくるまでの間、目の前の青い薔薇を眺めていたら、突然右隣のブルネットの令嬢から話しかけられた。
「え?」
「そんな襟の詰まったドレスは王都で流行していないし、肩が微妙に合ってないわ。それに見かけない顔だし。やだ、もしかして伯爵家のお見合いパーティーに平民が紛れ込んだの?」
(この人、初対面なのにずいぶんと失礼な人なのね)
怒りよりもあきれが大きくて目をしばたたいていると、アリエルの左隣の銀髪の令嬢がくすりと笑う。
「確かにね。先ほどの使用人への態度といい、どこかの成金の娘という感じじゃないかしら。あらでも、成金ならもっといいものを買うわよね。そのリボンは美しいけれど、ドレスは最低だわ」
(これ、わたしの一張羅なんだけどなあ)
とはいえ、ロカンクール家は貧乏な伯爵家だ。両親が無理をして買ってくれたこのドレスも、お金持ちの貴族令嬢からすれば安物だろう。
(でも、安物だって言われるのはいいけど、馬鹿にされるのはムカつくわね。最低ですって? このドレスは最高のドレスなのよ!)
何と言っても家族の愛情がこもっているドレスである。
しかし、二人の令嬢の身分がわからない以上、下手位に言い返せない。貴族社会は身分社会だ。例えば二人が侯爵家や公爵家の令嬢だってあり得るわけで、そうなると、伯爵令嬢が口答えしたと大変な問題に発展してしまう恐れがあった。下手をしたら父が呼び出される。
しかし、言われっぱなしなのも悔しい。
ここは自ら名乗って、相手の反応を見てみようか。
相手が伯爵家よりも上の身分の令嬢ならば「やっぱりね」みたいな馬鹿にした顔をするだろう。
逆に身分が同じくらいか下なら、また違った反応をしてくるだろう。
そう考えていると、紅茶を運んで来た先ほどの使用人が、柔らかい微笑をたたえながら言った。
「そちらのご令嬢は、ロカンクール伯爵令嬢ですよ。バリエ男爵令嬢、サジュマン子爵令嬢」
使用人のおかげで、二人の名前がわかった。
ブルネットの方がバリエ男爵令嬢。
銀髪の方がサジュマン子爵令嬢らしい。
ロカンクール伯爵家は、没落寸前ではあるが歴史の長い古参貴族の一人だ。親しいわけではないが、一応、国王陛下ともお付き合いがある。
二人はさっと表情を強張らせ、ツンと横を向いた。
謝罪を期待したわけではなかったので、アリエルもまあこんなものかと肩をすくめる。大人しくなっただけ良しとしよう。この場で騒ぎは起こしたくないし。
(二人を黙らせてくれてありがとう!)
アリエルが目配せすると、使用人が口端を持ち上げて笑う。
それから三人の前に飲み物を置いて、一礼して去って行った。
白い薔薇が生けられた他のテーブルにも、四人、五人の令嬢が着席している。
青い薔薇のこのテーブルだけ人数が三人と少なかったのが不思議だった。
(それにしても、この青い薔薇どうなっているのかしら)
薔薇に青はない。そのくらい、アリエルでも知っている。品種改良何度繰り返そうと、青い薔薇を咲かせるという偉業はまだ誰もなしえていないのだ。
となると、この薔薇の「青」という色は何らかのトリックが使われていることになるだろう。
絵具を花びらに塗っているようでもない。
では何だと花びらの表と裏、葉っぱに至るまで眺めていたアリエルは、ああ、と合点した。
(そう言うことね! 考えたものだわ! でもこんな悪戯を仕掛けるなんて、ル・フォール伯爵はお茶目な人ね!)
ますます好感が持てる。
いったいどんな人なのだろうかと想像を巡らせていると、やおら広間の中がざわりとしはじめた。
何だろうと顔を上げた先に、一人の青年が広間に入って来るのが見える。
黒髪に紫色の瞳。
背は高く、顔立ちも端正だが、気難しそうに眉間に皺を寄せている。
年は二十歳前後くらいだろうか。
彼はまっすぐにこちらの青い薔薇の席にやって来ると、一つだけあいていた椅子に着席した。
つまりは――彼がジェラルド・ル・フォール伯爵、その人なのだろう。
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