玉の輿は前途多難 2
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お見合いパーティーにテストがあるなんて、はじめて聞いた。
貴族だけど没落伯爵家出身だから、貴族の常識を知らなかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、アリエルは執事に案内されて二階の部屋に向かった。
「本日はご宿泊も希望されているとのことですので、この部屋をお使いください。ただし、事前テストに不合格になりましたら、即刻おかえりいただくようにと主から申し付かっておりますので、ご勘弁いただきますと幸いです」
(何ですって⁉)
聞いてないわよ、とアリエルは叫びそうになった。
一泊できると思っていたのに、事前テストに合格しなかったら即追い出される⁉
今から父に迎えに来てもらうことは不可能なので、そうなれば叔母の家に向かうしかなくなるが、事前テストに合格できなかったと知れば、叔母はどんな顔をするだろう。
(な、何が何でも事前テストに合格しなくちゃ……)
貴族のお見合いパーティーの事前テストの合格率っていかほどなのだろうかと不安になりつつも、アリエルはわかりましたと頷いた。
「それでは、こちらのメイドが事前テストの監督をさせていただきます。テストはこちらです。制限時間は三十分。時間になりましたら、テストの途中でも終了していただきます」
「は、はい」
ライティングデスクについたアリエルの目の前に、問題が書かれた紙が一枚置かれる。
それを見たアリエルはきょとんとした。
(ん? ただの計算問題?)
なんで計算問題なんだろうと思いつつも、「それでははじめてください」と言われて慌ててペンを取った。
アリエルは家計を預かる身。少ない金額でやりくりしてきたアリエルは、この手の計算問題は得意だった。
特にひっかけらしいひっかけもないので、単純に解いていけば大丈夫そうである。
ちょっぴり拍子抜けしつつも、簡単な問題でよかったと思いながらテストを終えた。
メイドがベルを鳴らせば執事がすぐにやって来て、アリエルの回答を確かめてからにこりと微笑む。
「合格です。それでは、時間になりましたら呼びに参りますので、それまでこの部屋でおくつろぎくださいませ。こちらのメイドはそのまま控えさせていただきますね」
執事が下がると、アリエルはホッと息を吐き出した。
ライティングデスクの前の椅子からソファに移動し、アリエルはメイドに向き直る。
扉の所に直立不動で立つメイドは、二十代後半くらいだろうか。微笑をたたえていて優しそうだが、そんなところに立ちっぱなしで疲れないのだろうか。
「お名前を伺ってもいいかしら?」
ただぼーっと時間になるまで待つのも退屈なので話しかけると、メイドは「メアリ」ですと答える。
「メアリもこっちに来ない?」
「いえ、わたくしはメイドですので」
そういうものなのだろうか。
我が家は使用人がいなくなって久しいので、使用人と主一家の距離感というものがよくわからない。
メアリは微笑んだまま言う。
「ご希望のものがあればご用意いたしますよ。紅茶でもお菓子でも……宝石類でも」
(宝石類?)
さすがに宝石をくれるわけがないので、見せてくれると言うことだろうか。見るだけならそんなものはいらない。くれるのなら喜んで売り払うが。
「じゃあ、喉が渇いたからお水をもらってもいいかしら?」
「お水でよろしいのですか」
「ええ」
パーティーがはじまるまでそれほど時間があるわけでもないので、紅茶を入れてもらってもゆっくり飲めるわけではない。ただ喉が渇いただけだから、水で充分だ。
メアリが水差しからコップに水を注いでローテーブルの上に置いてくれる。水差しの中にレモンの輪切りが入っていたからか、ほんのりレモンの香りのする水だった。美味しい。
「他になにかございますか?」
良家のメイドとは、実に親切である。
アリエルは考えて、その場に立ち上がった。
「じゃあ、教えてくれる? この格好、変じゃないかしら? 髪型とか崩れてない? パーティーなんて参加したことがないから、この格好であっているのかわからないのよね」
メアリはぱちくりと目をしばたたいて、思わずと言うようにくすりと笑った。
「お綺麗ですよ。ただ、髪が少し乱れておりますので、わたくしでよければ直しましょうか?」
「いいの? お願い!」
良家のメイドに髪を整えてもらう機会なんてそうそうない。
アリエルが食い気味で頼めば、メアリはドレッサーの前に座るように言った。
「では失礼しますね」
メアリはアリエルの髪を一度ほどいて、丁寧にくしけずっていく。
「少し髪が傷んでおりますね。オイルを使ってもよろしいですか?」
「ぜひ!」
本当に親切なメイドである。
ローズの香りのするオイルで髪を整えた後で、メアリがアリエルのサイドの髪を編み込んでいく。
それを他の髪とまとめて、ふんわりとお団子にした後で、メアリがドレッサーの上にあったベルベットのリボンを取った。
「それ、お借りしちゃっていいの?」
「ええ、主から許可はいただいておりますので、構いませんよ」
赤いベルベットのリボンがお団子に結び付けられて、メアリがヘアピンで止める。
頭を動かせば、リボンの端が揺れた。
(高そうなリボンね。汚さないようにしないと……)
弁償とか言われたら困る。
「お化粧も少し直しましょうか」
「お願いします!」
ル・フォール伯爵にはいい印象を抱いてほしいので、アリエルはもちろん頷いた。
メアリがおしろいを手に、アリエルの顔を覗き込む。
「そう言えば、お嬢様はどうして旦那様のお見合いに参加なさったのですか? お嬢様なら引く手あまたでしょうに」
「そんなことはないわ。うちは貧乏だし、結婚相手に求める条件が高いの!」
「そうなんですか?」
「ええ。ここだけの話……お金持ちでないと無理なのよ。そうでなければ、うちの貧乏具合に巻き添えを食っちゃうもの。お相手の家を不幸にしたら大変でしょ?」
真面目腐って言えば、メアリがきょとんとした。
「つまりお嬢様は、その、旦那様が資産家だからいらっしゃったと」
「そうよ! だって、わたし、領地から出ないから貴族男性の顔をほとんど知らないの。判断できるところと言えばそこくらいしかないわ」
アリエルはそこまで言って、ハッとした。
「あ、でも、別にお金が欲しいからって言うわけじゃないのよ。ただ、お金持ちの家の人は、お金を稼ぐノウハウとか知っていそうじゃない? だから、我が家にも助言してくれるかしらってちょっと打算があるだけで。あと、うちの可愛い弟に、美味しいお菓子とかくれるかしらって……」
玉の輿には乗りたいが、我が家に援助してほしいのでなく、伯爵領を立て直すのを手伝ってほしいのだ。
いつまでも人の財力に頼るわけにはいかないので、将来伯爵家を継ぐルシュールのためにも、きちんと家を立て直したいのである。
(さすがにお金目的って馬鹿正直に言ったのはまずかったかしら? 引いてるわよね……)
メアリを見れば、何度も目をしばたたいている。
ここは、フォローが必要だろうか。
「あ、あの、でもね。嫁いだらちゃんと家のために尽くそうと思っているのよ。だから、あの……追い出さないでください!」
せっかくテストに合格したのに、今の発言で不合格にされてはたまらない。
メアリを拝めば、彼女はぷっと噴き出した。
「わたくしにそのような権限はございませんよ。それに……むしろそのくらい割り切って参加された方が、旦那様にお会いしたときにショックを受けないかもしれませんので、いいかもしれません」
「え? 旦那様ってそんなにすごい人なの? ぼ、暴力とか? できれば、動物とか子供には優しい人だと嬉しいんだけど……」
「そう言う意味であれば大丈夫ですよ。子供はわかりませんが、旦那様は動物好きですから」
それを聞いてアリエルはホッとした。動物好きに悪い人はいないというのがアリエルの持論だ。多少偏屈だったりするのかもしれないが、きっといい人に違いない。
「そうなのね! じゃあ、ショックを受けようがないわね!」
メアリは目を丸くし、それから困ったような表情を作った。
「そうだと、いいのですが……」
ちょっぴり含みのある言い方が気になったけれど、多少の「難」には目をつむる予定でいたアリエルは、全然許容範囲内だわと安堵した。
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