玉の輿は前途多難 1
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アリエルは、がたごとと馬車に揺られていた。
没落中のロカンクール家だが、伯爵家である以上、王都に行く用事もある。そのため、どんなに困窮していようと、馬車は手放さずに置いた。
その馬車を、御者を雇うお金がないから父が操り、アリエルは王都に向かって移動中だ。
新聞広告で見つけたル・フォール伯爵のお見合いパーティーに参加すると言えば、父と母は諸手を上げて賛成した。玉の輿だからじゃない。アリエルの将来を心配していた二人は、娘がようやく婚活をはじめる気になったと喜んだのである。
玉の輿計画を知るルシュールは「大丈夫かなぁ」と心配そうだったが。
お見合いパーティーに参加したからと言ってル・フォール伯爵を射止められるとは限らない。
けれど、万に一つの可能性にかけて、アリエルは十六歳の誕生日に、父と母がないお金をかき集めて買ってくれた一張羅のドレスに身を包み、滅多にしない化粧までがんばった。
ロカンクール伯爵領は王都からほど近いところにある小さな領地なので、王都まで馬車で六時間といったところだ。
午後三時からのお見合いパーティーに間に合うように、早朝出発したアリエルは、馬車の中で脳内シミュレーションを繰り返した。
(まずは微笑んでご挨拶! それから、出しゃばらず、けれども存在が埋もれることのないように適度に主張しつつ、相手の好みを探る! ……うーん、これでいいのかしら?)
残念ながらアリエルは、ル・フォール伯爵家が資産家であることくらいしか情報を持っていなかった。
ジェラルド個人にいたっては顔も知らないレベルだ。
玉の輿目的でお見合いパーティーへの参加を決めたが、彼はどのくらい人気のある男性なのだろう。ライバルが少ないと嬉しいのだけど。
そんなことを延々と考えていると、馬車はついに王都の門をくぐった。
門をすぎて少ししたところで、馬車を停めてもらう。
「父様、このあたりでいいわ。父様はこれから領地に帰らないといけないんだし」
宿を取るお金はないので、父はこのままとんぼ返りである。
ル・フォール伯爵家のお見合いパーティーでは、遠方から訪れた人には部屋を貸すと書いてあったので、アリエルは伯爵家で一泊させてもらう予定だった。
「何かあったら、叔母さんを頼るんだよ」
「ええ、わかっているわ」
王都には、城勤めの子爵に嫁いだ叔母が住んでいる。
叔母の夫の子爵は領地を持たない宮廷貴族なので、王都にあまり大きくない邸を構えていた。
何かあれば叔母の家にお世話になる予定ではあるが、叔母にも子供がいるので、あまり図々しいことは言いにくい。
(それに叔母様、口を開けば結婚結婚言うんだもの)
アリエルとて、結婚願望がまるでないわけではない。
ただ、家のことを考えると二の足を踏むだけだ。ル・フォール伯爵のように、大金持ちならいいのだが、そうでなければ我が家の経済状況のせいで嫁ぎ先もろとも共倒れになりそうだから。
父を見送って、アリエルは着替えの入ったトランクを抱え直す。
ル・フォール伯爵家は貴族街のお城の近くにある。
新聞記事を読んだ後で、参加したいと手紙を送れば招待状が送られて来た。その中にご丁寧に地図まで入れてくれていたから、場所は把握していた。
辻馬車を使ってもよかったが、お金がもったいないので歩いていくことにする。
王都に複数ある門のうち、貴族街側の門の近くで下ろしてもらったから、ここから歩いて三十分くらいなものだろう。
(目指せ玉の輿! ルルに美味しいお菓子を!)
気合を入れて歩き出す。
秋と冬が交差する王都の石畳の上を、冷たい風が落ち葉を巻き上げながら通り過ぎて行った。
コートの襟を立てつつ、ルシュールに今年こそ新しいコートを買ってあげたいなと思う。
男の子なのに、アリエルが子供のころに使っていたお古のコートを着ているのだ。ルシュールは「暖かかったらそれでいいよ」なんて言うけれど、彼もそろそろ思春期。人の目が気になるようになるだろう。
(せめてわたしに、プロ級の刺繍の腕とかがあれば、それを売って家計を支えることができるのに)
不器用な方ではないが、特別器用でも、特出した才能があるわけでもない。
根性には自信があるが、根性では銅貨一枚にもなりやしないのだ。
(だから、わたしに残された道は、もう玉の輿しか残ってないのよ)
お金持ちであれば、多少相手に問題があろうとも目をつむろう。暴力は嫌だけど、酒飲みとか、浮気癖があるとかなら我慢できる。
それでもアリエルも十六歳の女の子なので、できれば優しい人がいいなと思いはするけれど、高望みすればル・フォール伯爵に会った時に落胆してしまうかもしれないので、夢は見ない。
お見合いの資格に「十五歳から二十五歳まで、独身の貴族令嬢であれば誰でも参加可能」なんて適当な条件を付けるくらいの相手だ、きっと、自力では結婚相手を見つけられない、たとえばとてつもなく意地悪な人だったりするのかもしれない。
そうでなければ、資産家の伯爵なんて、貴族令嬢たちが放っておかないだろうから。
見たこともないジェラルド・ル・フォールという男に思いをはせながら三十分ほど歩き続けたアリエルは、大きな門構えの伯爵家に到着した。
門の奥に見える広大な庭に、思わずポカンとしてしまう。
「レディ、どうなさいましたか」
門の前でぼけっとしていたからか、門番が不思議そうに声をかけてきた。
「あ、はい、あの、お見合いパーティーに参加しに来たものですが」
招待状を見せると、門番は合点したように頷いて、通用口を開けてくれる。
「どうぞこちらへ。歩いて来られる方はあなたがはじめてですよ。ご近所にお住まいですか?」
「あ、はは、ま、まあ、そんなところです……」
まさか門から歩いて来ましたなんて言えない。貴族令嬢はどこへ行くにも馬車を使うからだ。乗馬は嗜むけれど歩かない。それがこの国の、一般的な貴族令嬢である。
門番の一人に案内されて広大な庭を縦断すると、玄関前に使用人が立っていた。
丁寧に撫でつけられたロマンスグレーの髪に、燕尾服。外見から判断するに、ル・フォール伯爵家の執事だろうと思われた。
「ようこそおいで下さいました。旦那様のお見合い参加者の方ですね?」
五十過ぎだろうと思われる紳士的な執事は、穏やかに微笑んでそっと玄関扉を開ける。
そして、言った。
「それでは、まずは参加資格があるのかどうかを確かめる、簡単なテストをさせていただきます」
アリエルは頷きかけて動作を止めると、目をぱちくりとさせる。
「――へ?」
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