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没落伯爵令嬢の玉の輿試練  作者: 狭山ひびき


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12/20

海賊が攫った姫の宝 1

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 次の日から、アリエルとジェラルドは書斎で膝を突き合わせて唸ることが増えた。

 書斎には執事とメアリが控えており、そんな二人に微笑みながら、適当なところでお茶を差し出して休憩を進めてくれる。

 ローテーブルの上には、ル・フォール伯爵家の八十年前の見取り図と今の見取り図、それから井戸の底で発見した魚の形の石と暗号文が並べられていた。


「次は『忘れられた魚が求める先』、ですね。忘れられた魚がこの石を指すとすると、魚が求める先を探せばいいと言うことになりますが……」

「魚が求めるものと言えば水だろうか」

「普通に考えればそうなんですけど、敷地内で水と言えばどこを連想しますか?」

「そうだな……風呂場くらいだろうか。我が家には噴水も池もないからな」

「ですよね。なので、水ではないかもしれません」


 風呂に魚の石を沈めて何か変化があるとは思えなかった。

 何か仕掛けがされていたら、毎日の入浴時や、メイドが掃除をするときに気づきそうなものだ。なので、風呂場ではないはずである。


「しかし、魚が求めるものと言えば他に思いつかないだろう。あとは餌か? 魚は何を食べるんだ?」

「プランクトンとか、大型魚であれば小魚とかですかね?」

「……餌の線はなさそうだな」


 ジェラルドが肩をすくめる。

 アリエルはメアリが出してくれた紅茶に口をつけつつ、ル・フォール伯爵邸の見取り図を見た。

 今のところ、魚と関係がありそうなものは発見できていない。

 紅茶をゆっくり飲み干すまで考え続けたアリエルは、突然閃いて「あっ」と声を上げた。


「どうした、何かわかったのか?」

「わかったというか、そもそも考え方が違ったのかもしれません」

「どういう意味だ?」


 アリエルは魚の形の石を手に取った。


「そもそも『忘れられた魚が求める先』が文字通り魚に関係のある場所を指しているのならば、わざわざ一文目に『今はない深い深い水の底』という暗号を入れてこの魚の石を発見させる理由はないはずです。一文目をすっ飛ばして二文目から考えてもわかりますからね」


 ジェラルドは長い指を顎に当てて「その通りだな」と首肯する。


「つまり、二文目はそのまま受け取ったらダメなんですよ。魚が求める先とは、魚ではなく、この石の魚が求める先と言うことです。例えばそうですね、この形、もしくは材質に着目すべきなんじゃないでしょうか」

「形と材質か……」


 形は、さほど特徴的ではない。

 三角形と先のとがった楕円形を組み合わせたような単純な作りだ。

 材質は、以前ジェラルドが言った安山岩だろう。

 安山岩は健在でよく用いられる石だというので、それほど珍しいものではないと思われた。だが――


「ル・フォール伯爵邸は石壁ですけど、安山岩ではないですよね」

「ああ、うちの外壁は大理石だからな」


(大理石!)


 さすがは資産家である。高価な石を惜しげもなく外壁に使うなんて!

 一時、貴族の間で大理石を用いて邸を立てるのが流行した時代があったと聞いたが、今は価格が高騰しているために外壁に惜しげもなく使うなんて考えられないことだった。


 ちなみに歴史の長いロカンクール家は、大理石がさほど高くない時代に領地の屋敷を建てたようで、玄関ホールの床に使用されている。

 たしか、あの屋敷が建てられたのは二百年ほど前だったろうか。

 大理石の床をはがして売り行けば儲かるだろうかと本気で考えたこともあったが、可愛い弟のルシュールが継ぐ予定の屋敷をボロボロにするわけにはいかないので諦めた。


 八十年前と言えば、ちょうど大理石の価格高騰がはじまった時代だろう。


「安山岩が使われている場所に心当たりはありますか?」

「どうだろう。我が家の屋根は王都に多い瓦だし、尖塔に使われている建材も同じく大理石だったはずだ。地下の作られた倉庫は石壁だが、あれが何だったかは覚えていないな。調べてみるか?」

「そうですね」


 暗号の一文目は、それほど難解なものではなかった。気がつけばすぐにわかるもので、穿って考える必要がないものだったのだ。ならば二文目も、それほどひねって考える必要はないかもしれない。

 魚の石と暗号文を持って、ジェラルドに案内されて地下室へ向かう。

 数百年前に建てられた古い貴族の屋敷には地下牢が作られてあることもあるが、八十年前に建てられたル・フォール伯爵邸にはそのような物騒なものは存在しなかった。


 階段を下りて行けば、左右に二つずつ部屋があり、一つがワインセラー、あと三つは倉庫になっていた。


「ワインセラーは使っているが、他の倉庫はほとんど使われていない。昔は食糧を備蓄して冬支度をしなければならなかったが、今はそうでもないからな。毎年雪が積もる季節の一、二か月分を、そうだな、そろそろ購入して蓄えておくくらいだろうか」


 ほかの季節は空っぽだと言いながら、ジェラルドが倉庫を開けて見せてくれた。まだ冬の備蓄は購入されていないようで、中には空っぽの棚があるだけだ。


「でも、こんな大きなワインセラーがあるなんてすごいですね」

「どこの屋敷にでもあるんじゃないのか?」


(まああると言えばあるかもしれないけど、うちのワインセラーはからっぽよ……)


 貴族は食事のときにワインを飲むが、ロカンクール伯爵領は水が豊かで美味しいので、自然と水を飲むようになった。父は不満そうだが、ただで水が手に入るのに、ワインを買う必要はどこにもないと、アリエルが特別な日以外でワインを購入するのを禁止しているのだ。

 ぽやぽやしている母は、「まあまあ、健康的でいいじゃないの」なんて笑っていたが、ワインを買わないのは無駄遣いできるお金がないからである。


「他家の事情には詳しくないが、我が家は領地でワインを生産しているからな。その関係で、王都の屋敷にも領地の屋敷にもワインはたくさんある。気になるなら見てみるか?」

「ぜひ!」


 ワインは嗜まないが、良家のワインセラーだ。きっと年代物の価値のあるものとかが収められているに違いない。

 ジェラルドがワインセラーを開けてくれる。

 中はひんやりとしていた。分厚い石壁が室温をワインの貯蔵に適した温度に保っているのだろう。

 ワインセラーには瓶に詰められたワインのほかに、樽もいくつか置かれている。


「手前のワインが新しいものだ。奥に行くにつれて古い。あのあたりはこの邸が建った頃のものだな。樽の横に張り紙がしてあるだろう?」


(八十年前のワイン‼)


 価値にしていかほどだろうか。ごくりと喉が鳴る。


「作られた年によって出来が変わるが、樽で置かれているものは特に出来のよかった年のものだ。今年のワインもそこそこよかったからな、そのうち、領地から樽が運ばれてくると思う。ワインに興味があるのなら、君の屋敷にも届けさせようか。新しいワインは新しいワインでフレッシュな味わいが楽しめるし、樽のまま貯蔵して熟成具合を楽しんでもいい」

「いいんですか⁉」

「ああ。今年はブドウが豊作で、例年よりたくさん作ったんだ。あとで手配しておこう」


(お父様に飲まずに貯蔵するように言っとかなくちゃ‼)


 いい年のワインはまさにダイヤの原石である。飲まずに価値が高まるまで大切に育てるのだ。


「ワインセラーにはそれらしいものはなさそうだな」

「え? あ、そうですね!」


 しまった。すっかりワイン(とその価値)に魅了されて、頭の中から暗号文が抜け落ちていた。


「壁に使われている石は似ていそうですけど……」

「そうだな。地下倉庫の壁は安山岩が使われているようだ。ワインセラーにそれらしいものはないが他の部屋にあるかもしれないな。調べてみよう」

「じゃあ、手分けをしましょうか。わたしはあっちの部屋を見て見ますね」

「では俺はこの隣を調べよう」


 アリエルはワインセラーを出てジェラルドと別れると、空っぽの倉庫の一つへ向かった。




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