19.足踏み?疑惑の来訪者④
客間へ向かう途中、メイド達から
「パプリカ村にはあんなに素敵な方がいらっしゃるんですか」
と、はしゃいだ声が聞こえてきた。間違いなく、偽ビートだ。覚悟が決まってくる。
「お待たせしました」
「なんだよ、ハヤテ!そんな畏まって」
ヨ!っと軽く片手を挙げたその表情は、先日と同じく人懐っこい。どうやらまだ茶番を続けるつもりのようで、オレはもう、どうせ顔に出るのだからと素直な表情で返してみる。
「他人行儀にもなるだろう。ここは第四王子のお屋敷だぞ?連絡も無しに来られても困る」
驚きと動揺もあるが、怪訝に思っている気持ちくらいは上書き出来ていると信じたい。
「アハハ、すまん。でもちゃんと側近っぽいじゃないか、立派な上着なんか着て」
「まあ、服装くらいはな。それより、用件は?」
ヘラヘラと笑う表情と、気易い言葉遣い。顔立ちやスタイルの良さも、粗く束ねたポニーテールと、草臥れたシャツや使い古されたブーツで幾らか差し引かれて、『田舎から都会に出稼ぎに来た若者』っぽさは十分にある。
「実はさ、ハヤテを誘いに来たんだよ。おれの働いてる商会で、勤めないか?」
「――――ハァ?」
いよいよカイについての情報収集でも始まるのかと身構えたが、その話は突拍子もなく始まった。
「こないだ会った時話してて、思ったんだよ。お前、仕事仲間みたいであんまり学生っぽくないなと思ってさ。田舎で苦労してたお陰だろうけど、このまま三年も学校通ったって勿体無いだろ」
「いや……え、なんで」
そりゃあ、オレは学生らしくは無いだろう。見た目はフレッシュな王立学園一年生のつもりだが、中身はまあこのオレだから、その印象に文句はない。
しかし、仮に偽じゃないビートからの誘いだったとしても、オレがカイの側近見習いであることは前回ちゃんと伝えた筈なのに。
「やめとけよ、王子の側近なんて」
「な……っ」
「お前には向いてない。平民が貴族社会で働いて、扱き使われるだけだろう?――――しかも、相手が最下位王子だ」
最後の言葉は、耳打ちするような小声だった。
しかし、その文脈と表情は周りのメイド達にも伝わっている。マーベルを筆頭に、動揺している表情が見えた。
「おれが口利きしたら、ハヤテならすぐ出世も出来る。ゼントラント有数の商会で幹部にでもなれば、ヒーリスの貴族連中も取引欲しさにペコペコして来るぞ」
「おかしな話はやめて下さい!」
オレが唖然としていると、すぐ後ろからロッテの声がした。
「お話し中口を挟んで申し訳ありません。でも、ハヤテさんはカイ様の側近として重要なお務めをされています。故郷からのお知り合いでも、失礼な物言いは見過ごせません」
凄い剣幕で、オレは驚いたまま進み出たその横顔を見つめるしか出来ないでいる。引き結んだ唇は震えていた。
気になって偽ビート表情を見ると、最初驚いていたが、すぐにニヤニヤとした表情に戻った。
「ハハ!カイの所にも、こんな威勢の良いメイドがいるのか。――――いや、主人への忠誠心ってより、恋心か?」
「じょ、冗談はやめて下さい!それに呼び捨てなんて、無礼ですよッ!」
「安心しろって。ハヤテが好きなら、アンタも一緒に働けるように口利きしてやるさ」
「そういう話じゃ……」
すっかり偽ビートのペースで煽られているロッテに、肩を叩いて首を振って見せた。恐らくこれはもう、向こうの言葉に必死で反論した所で効果はないだろう。
「“カイの所にも”ってことは、アンタの所にもメイドがいるのか?」
「あ?ああ……まあな。ハヤテもメイド付きが希望なら、そうしてやるよ」
「なあ、ビート……隣国で、商会で働いてるアンタのこと、全部が嘘じゃないと思ってる。でも、オレに隠してることがあるんじゃないか?」
「…………」
偽ビートはヘラヘラした表情を一瞬引っ込めて、口を噤む。しかし直ぐに、口角を上げ直した。
「何を隠してると思う?」
「……この場で言えるとでも?」
「ハハッ、いいね!まあ今日は挨拶だけのつもりだったし、退散しよう。気が向いたら、仕事のことも考えてくれよ?コレ、連絡先な」
半ば強引に押し付けられた、二つ折りのカード。連絡など取る気はないが、カイへの報告には必要だろう。
マーベルが追い出し……もとい、見送りに付いてくれたため、オレは偽ビートが迷いなく玄関を目指す背中を視線で追うだけにした。向こうも、一度も振り向かない。
「ハヤテさん?どう言うことですか……?」
「気にするな、ロッテ。変なこと言われて、悪かったな」
「は、ハイ。私こそ、お客様相手に申し訳ございません。……あの、す、好きとか、恋とか……じゃ、ないですからね!」
「うん?大丈夫、分かってる」
メイドとしての責任感を恋心にされたら、彼女達は働けなくなってしまう。しかしあの感じだと、敢えて刺激するような物言いをしたのだろう。
「…………お片付け、いたしますね…………」
「ロッテさん、私やるから大丈夫ですよ」
「元気出してください」
いつも元気なロッテがすっかり肩を落としてしまい、周りのメイド達が励ますように声を掛けていた。たまに彼女達がチラチラとオレを見ているのが分かるが、しかし、流石に彼が“偽ビート”であることをあの場で話すことは出来ないのだから仕方ない。
カイが不在でなければ二人で対峙出来たものだが、多分不在を知っていての来訪だったんだろう。
オレの言葉で何処まで伝わったのかは分からないが、屋敷に直接乗り込んで来たことを考えると、自分の正体を隠すことにはさして頓着してないのかも知れない。商会へのリクルート活動だって、本気では無いだろうし。
やはり、“目的と動機が分からない”。
けれどこの、第三王子であるノリスの偽ビートとしての接触で、謀らずもオレの仮説は“根拠のある仮説”にレベルアップした。
告発文の一件から起きたことを考えれば、第二、第四王子の婚約者候補を貶め、特待生サラサを通して第一王子にすら歯牙に掛けようとしていたとも読み取れる。しかも、第三王子の留学先であるゼントラントの商会が絡んでいる。ハーパールド商会が、織物商としてガイエン伯爵家と関係している可能性を足掛かりに、調べ始めることができそうだ。
カイが戻って来たら、早速報告しよう。
もしかしたらノリスが、マノンとミアを利用して告発文の糸を引いていたのかもしれない、と。
――――そう思っていたオレが、呑気だった。
カイが屋敷に戻って来た日、出迎えたカリナが声を上げた。
「カイ様!お加減が優れませんか?」
その表情が冴えないことは、オレの目にも明白だった。まさか、あの大きな馬車で酔ったりもしないだろう。
「カイ様……?」
落ち着かせるような溜め息の後、吐き出すように告げられる。
「ハヤテの側近試験に、条件が付いた。――――落ちれば、退学だ」
次話、側近試験が始まる。
※次回更新は、2026/1/17頃を予定しています。
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