18.開廷!法廷に咲く花⑤
ぐったりと項垂れていたマノンとミアも足取り重く去って行き、生徒会役員も退室していく中、ネリィは未だ中央の被告人席だった場所に立ち尽くしている。
カイと無言で目配せしてみるが、何かを考え込んでいる様子に声を掛けるのも躊躇われる。
そんな時、一度閉まったはずの部屋の扉が勢いよく開かれた。
「ちょっと待ってください!」
見るとそこには、サラサがいた。その後ろから、ヴォイドとディノが慌てて付いてくる。
彼女は真っ直ぐ部屋の中央まで進み、ネリィの姿を確認してから、裁判長席の位置に立つカイとオレの前に腕を開いて進み出た。まるで、ネリィを庇うように。
「ネリィ様は無実です!もし不当な扱いをされるなら、私が弁護にでも証言台にでも立ちます!」
突然のことに思わずポカンとして、黙り込む。
そこで漸く口を開いたのは、ネリィだった。
「サラサ……?」
「はい!ネリィ様、私に任せてください!」
「サラサ、貴方何処に……どうして」
「全部ウソです!告発文の噂を聞いて私、ヴォイド先生に特別な馬車を出していただいて、故郷に戻って領主さん達と話して来ました」
なんと。昨日から何故か不在にしていると思ったら、随分と無茶をしていたらしい。
「貴族からの圧力は実際にありましたけど、シシェロゼッタ家は全く関係ありませんでした」
サラサの家族に対する貴族からの圧力。領主から事実を聞き出そうと、特攻したと言うのか。
「どうして、そんな無茶をッ?もし告発文通りに関係があったら、不都合が起きると考えませんでしたの?」
「考えませんでした。だってネリィ様があんな雑な仕事、する筈ありません!やるならもっと徹底的に、巧妙に、完璧にやると思います」
――――サラサも多分、オレが考えたのと同じ思考を辿ったのだろう。
ひと言で言うなら、ネリィらしくない。
『王子達を都合よく手玉に取って国政に影響力を持って見せますわ!』と考えたとして、既に婚約者候補であるネリィが、わざわざ策を巡らせてまでやるようなことだろうか。王子に近付く平民が気に食わないとして、裏工作までする必要があるだろうか。
告発文がなきゃバレないような手段を取って来たなら、逆に今明るみに出ること自体が迂闊で違和感がある。
そしてそもそも、ただふつーにカイやシズルと仲良くしていれば正式な婚約者になれるはずのネリィが、自らあんなに動く必要はない。
サラサが既に両王子と恋仲ラブラブで危機感を煽られて、という話ならともかく、夏休み中のサラサは王子と会ってもいない。時期も状況も、何もかもおかしかったのだ。
「サラサ、落ち着いてくれ。学内裁判はもう終わった。告発文の事実は確認できず、ネリィについては不問とした」
オロオロしていたカイが、やっと間隙を見つけて口を挟んだ。
「あ、あれぇ?なぁんだ……もしかして私、遅刻でしたか?疑いは晴れたんですね?」
見る見る内にホッとして、サラサは笑顔になる。
そして、「良かったですね」と振り返ったサラサの視線を追った先で、思わぬ光景が目に入る。
ネリィが、ポロポロと静かに涙を溢していた。ずっと背筋の伸びていた姿勢が、フラリと揺れて崩れる。
「アラ……?やだ、何故かしら……」
いつも隙がないネリィがハンカチも出せず、ポタポタと流れる涙を指先と手のひらで拭いつつ、顔を隠そうとする。
「ネリィ様」
ぎゅっと、サラサが支えるように彼女を抱きしめた。
「わ、わたくし……怖かったの。貴方が突然休みを取っていると聞いて。告発文に貴方のことも書いてあったし、今日も此処にいないし……。わたくしのせいで、何か恐ろしいことが起きているのかも知れないって……貴方が、無事でよかった」
「ご、ごめんなさい!私、告発文のことを聞いて慌ててしまって」
いいえ、と首を振る仕草をするが、声にならないようだった。震える肩を、宥めるようにサラサがさする。
ネリィはずっと、今回の騒動の中で動じることなく冷静に周囲を観察しているようだった。毅然とした姿勢を見せているだけかと思ったが、やはり彼女は侮れない。
ずっと、身に覚えのない告発文の意図を警戒し、サラサの身を案じていたのか。
「変に疑われて、お辛かったのでは?」
「フフ……それは、大丈夫。シズル様が、裁判長はカイ様だと教えてくれましたから」
「……ああ、なるほど」
「だから、貴方が無茶をしていたことの方が余程心配ですわ。……わたくしを、信じてくれたのね」
「それはもう!……と言いたいですけど。信じたかったのに、ソワソワする気持ちもあったんです。でも、ハヤテならきっと、ちゃんと確認するだろうなと思って」
急に名前が出て来て、オレは二人と視線が合った。サラサは笑っているし、ネリィは泣き顔のまま、腑に落ちたような表情を見せた。そう言えばディノも、休む前のサラサがそんなようなことを言っていた、と話していたか。
「……マノンさんとミアさんが何故こんなことを考えたのか、分からないの。でもきっと、わたくし自身にも何か問題があった気がして……もっと、貴方やハヤテさんのように、しっかりしないといけないんでしょうね」
サラサは、微笑むだけで返す。彼女の安否が分かって漸く、ネリィは自身の身に起きたことについて考え始めているように見えた。ポツポツと独白する声が、やはり震えている。
サラサの可愛らしいハンカチが、トントンとネリィの涙を拭う。指先を握り、何度も頷く。やっと少し微笑んだネリィと、それを包むようにもう一度抱きしめるサラサの瞳も潤んでいたが、二人が顔を合わせて微笑む姿に、なんだかオレも鼻の奥がツンとしてしまう。
「「フゥー……」」
肩から力が抜けたのは、同じタイミングだったようだ。カイと目が合い、お互いニヤリと笑っていた。手を翳して見せ、不思議そうに真似をしたカイに、パシッと手のひらを軽くぶつける。
「お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ様」




