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03.第四王子、カイの戸惑い②

 王立学園では、学内平等の精神があるという。

 兄王子であるシズルも過ごしているのだし問題は無いはず、と思うが、一人で上手く周りと関わっていけるのかと身構える気持ちは拭いきれない。

 入学セレモニーに向けて、ひと足先に学園側との打ち合わせがあり、生徒会長であるシズルも同席した。

 王子同士は公式行事以外であまり交流を持たない中で、二つ上のシズルとは例外的に交流機会が多かった。

 在学中の王子が過ごす屋敷は、王家が所有する広い敷地の中にあり、区画が分かれていた。

 とは言え同じ敷地であっても、屋敷に移った当日には手紙が届いただけで、顔を合わせるのは公示後初めてになる。

「久し振りだな。少し痩せたか?」

「忙しかっただけです。屋敷の新しい料理長は腕が良いので、ここ数日は食べ過ぎているくらいです」

「それなら良かった。王子に生気がないと、国民に不要な心配を掛けることになる」

「はい」

 久し振りに会うまで、俺は内心、シズルがどのような表情を見せるか不安だった。シズルは第一王子のセラを意識していて、王位継承順位への拘りが強い。そんな彼から見た時、王位継承順位が異例の下がり方をした俺のことをどう思うのか。

 しかしその態度は変わることなく、ホッとする。

「エリクとマシュウはどうだ?」

「急なことでしたが、よく働いてくれています。ただ、」

「ただ?」

「なかなか、シズル兄様のようには認めて貰えないようで申し訳なくて」

「――――なるほど。それは、王子としてよく考えた発言か?」

「え」

 世間話、のつもりだった。

 彼らとは未だ距離があるため、どんな話題なら会話になるのかを元主人であったシズルに聞いてみたかった。

「王族の前で畏まらない人間はなかなかいない。特にエリクもマシュウも、長く王族の警護として勤めているんだ。警護の仕事振り以外の評価を、こんな所で口にするものじゃない」

「すみません、間違えました」

「すぐには無理でも、二人のことを側近と思って受け入れてやれ。堅苦しい所はあると思うが、信用に足る人物だ」

「はい」

 二人とも、シズルのことをよく慕っていたのだろうと、日々会話する中で思っていた。俺も彼らのことを信用しているつもりだが、彼等には迷いがあるように感じてしまう。

それでも、側近がいない俺に付き従ってくれる彼らの評価を、徒らに下げてしまったのは良くなかった。

 俺が言うこと、する事の影響力を、王宮の外で過ごす以上はもっと意識しなくてはいけない。


 入学セレモニーでは、王子として新入生代表の挨拶をした。会場中から、あの公示の王子だ、という視線が向けられる。

 王宮でも感じてきたことだが、なるほど、貴族も平民も入り混じる学園内だと、なかなかの圧迫感だった。しかしこれは、王子として逃げられないものであると、織り込み済みのこと。

 視線にやっと慣れながら元の位置に戻ると、隣からブツブツとした声が聞こえた。

「マジか……いや、そうか、でもなあ……」

 そう呟く男子生徒の顔色は蒼白で、思わず声を掛ける。

「大丈夫か?顔色が悪い」

「あ、大丈夫です、どうも」

 スッと断るように手が翳されて、俺の顔を少し見た後、視線はすぐに外された。

 好奇の視線に晒されることが多かった最近のことと比べると、その素っ気ない態度が意外で、妙に印象に残る。それから彼は、講堂を見渡したり、何か考え込むように硬直したり、呆然としたりと、とても入学を喜ぶ表情とは思えない態度で居た。

 セレモニーが終わり、中庭にて懇親会が始まった。

 周りには開始早々に挨拶の生徒が群がったが、社交界的な礼儀が済むと蜘蛛の子を散らすように人だかりが消え去った。

 同級生にとって、王子でありながら公示のことがあったため、俺は腫れ物を触るような存在なのは間違いない。

 そんな中、一人の令嬢が近付いてきた。

 ツンとした表情の彼女は、長く豊かな金髪を巻き、上品な髪飾りでまとめている。服装こそ制服だが、背筋が伸びた佇まいは、それだけで威厳のような物を放っていた。

「カイ様には、ご機嫌麗しゅう」

「ネリィ」

「ご無沙汰しております」

 ネリィ=シシェロゼッタは、この国に五家ある侯爵家の中でも筆頭であるシシェロゼッタ家の令嬢である。俺の婚約者候補として、幼少の頃から交流があった。

 しかし最近はあまり会うこともなく、最後に会ったのはたしか、俺の十五の誕生日パーティでダンスを一曲踊った時だったか。

 いや、その後も、王宮内で見かけた事はある。

 庭でシズルとお茶をしているところをたまたま見たのだが、珍しく談笑しているようだったのが印象的だった。

 風習として、王族には幼少期から婚約者候補が何名か存在する。貴族の中から選ばれるが、あくまでもそれは『候補』でしかない。つまり本人達が自分で考えられる歳になるまでは、お膳立てだけされている状態となる。

 とはいえ、王立学園入学の頃には大体候補も絞られ、学園を卒業する頃には正式な婚約が結ばれる。それをひっくり返したのが、第五王子だった。若干十三歳にして、自ら伴侶を決めてしまった。

 ネリィに、最近はどう過ごしているのか、屋敷から通いなのかと尋ねようとした時、周りがざわめいた。

「カイ王子!」

 知らない顔の男子生徒が、こちらに向かってくる。よく見ると、先ほどのセレモニーで俺の隣にいた彼だと気付く。

「殿下は只今お嬢様と会話中である。無礼ではないか!」

 警護のマシュウが、慌てて静止する。

「いえ、構いませんわ。ーーーーまた後ほど」

 ネリィが、スッとお辞儀をして去った。学園に入学しても変わらない、淡々とした態度がいつもの彼女らしい。

 進み出た彼は、先ほどは体調が悪そうだったが、何か困っていることがあるのだろうか。必死そうな表情に、俺は尋ねた。

「君は?」

「オレは、ハヤテ。パプリカ村出身です」

 差し出された手と、一層ざわめく周囲の声と視線。

 ハヤテと名乗った彼も、そこで失態に気付いたような顔をした。しかし彼から躊躇いなく差し出された手が、俺には驚きと共に、少し嬉しかった。

 腫れ物のように俺を取り巻く空気の中で、その手の無遠慮さが心地良かった。

「俺はカイ=ヒーリス。宜しく」

 手を取り、握手を交わす。力強く、逞しく感じる手だった。彼は、何か大きな衝撃を受けたような顔で目を見開き、そして突然顔を伏せると、崩れるように蹲った。俺の手に何かあっただろうかと、思わず何度か確認してしまう。

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