17.突発!断罪イベント⑤
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仮眠程度には明け方なんとか眠りに就き、頼んでいた通りに遅刻ギリギリでロッテに起こしてもらい、馬車に飛び乗る。朝食は要らないと伝えていたが、サンドウィッチを持たせてもらった。
馬車で顔を合わせたカイに、挨拶と共に詫びる姿勢を作る。
「すみません、結局寝付けなくて寝坊しました」
「大丈夫だ、俺も似たようなものだから」
そう言ったカイの手元にもサンドウィッチがあって、疲れた顔のまま、お互いに笑ってしまう。
俺はエンジニアではないから直接経験してないが、納期ギリギリの徹夜続きを含めたような仕事を『デスマーチ進行』なんて言うのだと聞いたことがある。そんな言葉が思い浮かぶ程度には、体力はまだある筈なのに、妙に消耗していることに気付く。
「学内裁判は、明日ですね」
「ああ。今日も明日も通常通り授業がある以上、実質準備に使えるのは午後の時間だけだ」
「……仮病でも使おうかな……」
「学内を歩き回る奇病のフリか?」
「ハハ、ジョーダンです」
とにかく、時間がない。単なる仕事の話なら、ここまで追い詰められた気持ちにはならなかったかも知れない。でもこれは、目の前のカイは元より、友人(だと思っている)ネリィにとって大きな影響があることだ。
所詮は学内裁判だが、王族が関わった判決で黒となったら、侯爵令嬢としてのネリィは学内に在籍し続けられないだろう。ララブでの展開と同じく『ザマァ』みたいな目に遭う可能性が高い。
何より、ネリィの罪が確定するということは、告発文にあった通りオレやサラサへの悪意や裏切りを肯定することになる。
「着いたら、サラサにも話します」
「……ああ」
カイの表情が暗い。
昨晩、今日の動きについて話す中で説得したことだった。
「ネリィとサラサは友人のように見えた。署名にもサラサの名前がない以上、結論が出るまでは、友人に裏切られていたかも知れないなんて彼女には伝えたくない」
「カイ様の気持ちは分かります。オレだって、サラサにこんな気持ちを味わわせず、傷付けずに済むなら黙っておきたいです。でもそうはいかないことくらい、理解されてるでしょう?」
馬車でのカイの表情は、むぅ、と黙り込んだ昨夜と同じ顔だった。
限られた時間でオレ達は、署名にある人物を中心に、浮かび上がった『ヒアリング事項』の聞き取りを進めなくてはいけない。
元々、会場設営と関係者への声掛けのために今日がある。優先順位付けも必要だし、効率的な進行も求められる。証言者としては元より、生徒会役員としてもサラサの力を無視することは出来なかった。
「……オレは、カイ様がサラサのことをまず慮ったこと自体は、間違っていないと思うし尊敬してますよ」
思えばカイは、王位継承順位が下がった時でさえ、自身のことより使用人達のことを心配していたようなタイプだ。利己的なオレとは違うその器が、オレには好ましく見えている。
「シズルには、甘いとか的外れだとか言われそうだけどな」
「だからこそ、シズル様はカイ様に任せたいと思われたのでしょう」
「オレが、ネリィに甘い判断を下すだろうから、と?」
「いいえ。カイ様は、納得出来ないまま人を罰するようなことはしないだろう、と言う意味です」
「そんなの、当然だろう?」
キョトンとするカイからの疑問の視線を、オレは笑って受け流した。
カイは告発文を受け取ってから、少なくともオレの目の前では一度もネリィへの心配を口にしていない。昨夜の作業中も、何度か押し黙る場面があった。疑惑の婚約者候補は、カイの昔からの幼馴染だ。しかし彼女への感情の一切を、今表に出すべきではないと決めたんだろう。
カイ自ら、夜通しの情報整理や今日の確認に動こうとしている。オレにはこれが、口で言うだけじゃない精一杯の思いやりにも見えていた。
オレもカイの側近見習いとして、その判断や選択について共に背負うと決めた。ただ委ねるだけではなく、同じ結論に辿り着くまで、共に考えて足を動かしてやる。
学校では、想像通り噂が広がっている様子だった。オレは朝から各クラスを回って、署名に名前があった先に学内裁判の周知を進める。
「ハヤテさん」
予鈴を聴いて慌てて教室に戻る途中、どうやらオレを待っていたらしい、ネリィに呼び止められた。
「……ハイ」
正直、めちゃくちゃ緊張した。
昨日の告発文を見るまでと今日で、ネリィが変わってしまっているんじゃないかと。
「サラサには会った?」
見た目では昨日と変わらないネリィにホッとした瞬間、予想とは違う言葉に反応が遅れる。
「サラサ……ですか?いや、見てないですね」
「そう……あの子の知り合いの、ディノ=ハウザーという方ならご存知かしら?」
「どうでしょう……ちょっと、聞いて来ましょうか?」
「ええ」
ネリィから、平民であるディノの名前を聞いたのは初めてだった。認識があったことに少し、驚いてしまう。
授業はもう始まるところだが、オレは急いでディノのクラスに向かった。
「サラサなら、ヴォイド先生に休みの届けを出していたぞ」
廊下からのアイコンタクトに気付いて、ディノが教室を抜け出てくれた。
「昨日なんだか慌てていて、おれにはよく分からない独り言を色々言ってたけどな……“多分、ハヤテならこうすると思うから”とか何とか」
「オレなら?」
「ああ。その後ヴォイド先生が通り掛かって、休みの届けを出す話をしていた」
「そうか……詳しくはよく分からないけど、休みなんだな。取り敢えず、状況が分かって助かった」
「なあ、ハヤテ。サラサは大丈夫だよな?」
「ああ、サラサ“は”大丈夫だ」
ディノの言葉に他意がないのは分かっていたが、無意識に強調して答えていた。断罪イベントの前日に何をしていたかなんて、細かい時系列はララブでも覚えがない。しかしサラサ“は”大丈夫だ。何故なら、主人公だから。
完全に遅刻しつつ、教室に戻る。腹痛でと説明する先は、副担任が相手だった。
「ヴォイド先生も、サラサ=アクライネも休みなので、貴方まで休みかと思いましたよ。顔色も悪いし、体調不良なら無理するんじゃありませんよ」
ただの寝不足だが、顔色の悪さが言い訳の後押しをしてくれて、助かった。
実際はちゃんと届出のある休みなのだから、わざわざディノに聞きに行く必要もなかった。オレの遅刻理由を知るネリィが少し申し訳なさそうな表情を見せるのが、チラッと目に入る。
何にせよ、明日の学内裁判の前にサラサの話を直接聞くのは難しいかも知れない。人手としても痛手だが、この際頭を切り替える。
席に戻ると、紙に書いていたサラサの名前をカッコで閉じて、静かにネリィに視線を向ける。
噂が広がった教室、あるいは学内で過ごすこと自体が針の筵かと思うのだが、ネリィの表情は毅然としている。話を聞きたい気持ちはあるが、裁判前の接触はリスクの方が高そうだ。
本当のことは、明日直接確認するしかない。学内裁判で。




