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03.第四王子、カイの戸惑い①

 その朝、第四王子である俺、カイ=ヒーリスは、王宮の自室で王立学園入学に向けて準備を進めている所だった。

「カイ様、至急の用がございます」

 廊下が慌ただしくなり、メイドたちが急いで部屋を整えていく。

「公示がございました。第四王子カイ殿下の王位継承順を第五位とする、とのことでございます」

 部屋に入るなり、畏まって書状を読み上げたのは、普段は王である父の横に控えている宰相だった。

 部屋にいた他の使用人達が、息を呑むのが分かる。

 一番若く最近入ったばかりのメイドは、思わず顔を上げて呆然と俺の表情を見て、すぐ後に横の先輩メイドから嗜めるように袖を引かれて頭を下げ直した。

「父上が決められたことか」

「左様でございます」

「理由は」

「理由については伺っておりません。これは法でも定められた、国王様の持つ権限でございます。また、この変更によりカイ様のお立場や生活が変わることはございません。あくまでも我がヒーリス王国の第四王子として、勉学に励まれますようお願いいたします」

 ポーカーフェイスに長けた宰相は、慇懃無礼に頭を下げると、そのまま部屋を後にした。

 一拍置いて、使用人達も遠慮がちなざわめきと共に、俺の部屋から散っていく。特に俺付きのメイドや執事には、緊張感が漂っていた。

「少し、一人にして欲しい。あぁ、カリナ。お茶だけお願いできる?」

「か、かしこまりました!」

 先ほどから気遣わしげな視線を隠せない年若い彼女に、出来るだけいつも通りの声で伝える。

 人払いをして、執務椅子に身を沈めると、思わず深い息が漏れた。


 なるほどな、とぼんやり考える。

 ここ最近王宮内に漂っていた違和感は、やはり学園入学を控えていることだけが理由ではなかったんだなと、妙に腑に落ちた感じがする。

 思えば少し前、側近候補の時代から長く共に過ごした三人が立て続けに職を辞して姿を眩ませたのも、このことと関係があるのかもしれない。

 二つ下の第五王子が、社交界デビューとほぼ同時に隣国の王女に婚約を申し込んだという話は聞いていた。

 父上の考えを知る機会は無いかもしれないが、王位継承順が動いたことと、無関係ではないだろう。


 現在ヒーリス王国には、王子が五人居る。

 長幼の順で王位継承権があるが、これは実際には、現国王が後継者の宣言を下すまでの仮の状態である。

 宣言のタイミングは明確ではないが、次王は国王の側で共に国政を学んでいくことから、成年となる十八歳から数年以内には宣言されるものだった。次王とならない他の王子達にとっても、別の道を志すために早めに宣言を下すのが良しとされている。

 俺の兄に当たる第一王子、セラは既に成年となったが、兄弟が多いことで、宣言はまだ先延ばされると踏まれていた。しかしそれが、このタイミングで王位継承順の変更。

好意的に捉えれば、学園生活に励むようにというメッセージのようにとも取れるが、そんな筈はないだろう。

 多分今、第四王子付きの使用人達は、自分の身の振り方を考えている。

 王子は王立学園へ通うのだが、王宮から直接通学するわけではない。単純に王都から距離があることもあるが、王宮を離れ、小さくとも屋敷の主人としての振る舞いを学ぶといった目的もあることだった。

 当然ながら、使用人全員を連れていくわけではない。王宮に残る者、これを機に職を辞する者。その判断にはきっと、今回の公示が響くはず。

 王位継承順位が最下位となった。

そのことへの落胆より、使用人達のことが気に掛かっていた。


 公示から僅か十日ほどで、俺の住まいは屋敷へと移された。

 数日前から荷が運ばれ、整えられていたお陰で、すぐにも落ち着ける雰囲気になっている。

「カイ様、調度はこちらで如何でしょうか」

「ああ、問題ない。あと、そっちの額は入れ替えてくれるか?庭とのバランスがいい気がする」

「なるほど。たしかに窓の外を考えると、こちらの方が良いですね」

「来月には薔薇が茂るらしい」

「それは、楽しみですね」

 王宮に比べなくても質素な屋敷ではあるものの、内心少し、ホッとしていた。

 過ごす区画が異なるため滅多に会うことがないとは言え、兄上や父上が居る王宮より、ここの方が気が休まった。

「カイ様、お疲れではないですか?急なことも多かったですし」

「いや。王宮より落ち着いて過ごせている。マーベルには、苦労を掛けるな」

「とんでもないことです。この屋敷はジャンがよく手入れをしてくれてましたし、カイ様はなんでもご自分でされるので、拍子抜けする程ですわ」

 それが気を遣ってのセリフだということくらい、流石の俺にもわかる。

「側近が居なくなったのは残念ですが、シズル様の所から来たエリクとマシュウは、如何ですか?」

「うん、急な異動だったけど、よく働いてくれている」

 二人からすれば、第二王子付きから降格させられたようなもので、意にそぐわない部分もあると思うが、それでも警護の仕事は真っ当にこなしてくれている。

 ただ、業務以外の会話をするのは難しく、何度か

「ご命令でしょうか?」

と聞き返させてしまった。

 俺はただ身近にいる彼らのことが知りたいだけなのに、上手く伝えられないことが多くもどかしい。側近である彼らがいた以前なら、そんな時にもよくフォローしてくれたが、流石に勝手が違う。

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