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02.面倒!スクールライフ③

 それから数日の内に、嫌がらせの手紙は無くなった。

犯人の令嬢はクラスの中でも分かりやすい態度となっていたため、ヴォイドが動いてくれたのが分かる。

「ーーーー顛末について、聞かなくて良いと?」

 落ち着いた頃の帰り際、ヴォイドに止められ、話しかけられた。

しかしオレは、話し出すのを遮った。

「先方は、もうやらないと言ってて、先生もそれを信じるに値すると判断したんですよね?それなら、オレには十分です。次があった時に、必要だったら確認します」

「……本当に、忘れる気なんですね」

「はい。その方が都合もいいでしょう?」

 オレが相手に何かやっていて、本当に因縁があることなら、きちんと清算した方が良いかもしれない。

 しかし、オレ自身には因縁になるほどこの世界で深い部分もなく、どう考えてもカイ王子に近付く平民が目障りとか言う、直情的な行動だとしか思えなかった。

 教師であり有力貴族でもあるヴォイドに釘を刺されて、しかもその代償も求められてないこの状況で、相手がオレに固執する理由もないだろう。

 とにかく時間制限もある中で、よく分からないクラスメイトの顔色を窺うのも、積極的に関わるのも真っ平ごめんだ。オレは所謂イジメを入口で回避でき、ヘタクソながらも学園生活へ馴染んでいった。


「次、実験室でしたっけ?」

「いや、たしか実験は来週じゃないか?今日は事前課題の確認だったと思うから、教室で良いはず」

 そんなこんなで、オレが教室で普段会話するのは、ほぼカイ相手ばかりになっていた。

 一応面倒臭いので、クラスメイトには全員普通に挨拶しているし、グループ課題では相手を問わず話し掛けた。

恐らく例の手紙の主っぽい貴族令嬢にも、態度は変えなかった。

 前世の学生時代に比べると、ずいぶん変わった気がする。

相手が自分をどう思うか、それが気になって、負の表情や反応があるとすぐに萎縮していたあの頃を、若かったなあと思い出す。

 全員に好かれなくても、仲良しじゃなくても、集団の中ではそこまで問題にはならない。オレの自意識程には、相手はオレのことばかり考えてはいないのだ。

 それに気付けたのだから、転生してから学生生活をやり直せていること自体は、悪くないなあと感じていた。

 カイは、ゲームでのぼやっとした印象を裏付けるように、静かで地味なタイプだった。授業態度も真面目で、しかし優秀さではサラサに劣る。

 クラスメイトの会話を鵜呑みにするならば、公示があった後、狭い屋敷に追いやられ、学内でも活躍する上位王子であるシズルを妬みながら、無気力に過ごしていることになる。

 しかし隣で見ている限り、負の感情みたいなものは見えなかった。そもそも腹黒キャラとか、闇堕ちキャラの要素があったなら、もっと印象に残ったはず。

 何を考えているか分からない、とは言うが、誰だっていちいち全ての考えを口にはしないし、普段のやり取りで困惑するようなこともない。

 前世の職場でメンター担当だったニ歳下の新卒の方が、シンプルに訳がわからなかったと思う。


「この仕組みを使うと、水汲みがすごく楽になるの。理由をどうやって説明するか困ったんだけど、今日の実験のことを伝えたら、村長さんにも分かってもらえそう」

 教室の中で、サラサの声はよく通った。垢抜けない平民っぽさはそのままに、博識ぶりと物怖じしない性格により、親しみやすさと、会話の面白さが目を惹いた。

 貴族の前で自分の村の生活を語るのは、平民からするとハードルが高い。自虐にならないように、普通の話題として語れるのは、すごいなと感じる。貴族の男子を中心に、平民出身の生徒も含め、彼女の周りには絶えず人がいた。

 カイも同じく思っているようで、直接話し掛けるわけではないが、目で追っていることに気付く。

 序盤でルートが定まらない内は、主人公と攻略キャラとの出会い方や最初の会話にいくつかバリエーションがあったはず。

 カイルートに入りやすい中庭と保健室のイベントを横取りしてしまったことが、なんだか申し訳ない。その結果オレもクラスで浮きまくっているので、これでチャラにして欲しい。

「カイ様も、気になるなら話しかけたりしないんですか」

 サラサに視線を送る様子に、何気なく言ったつもりだった。二人の出会いイベントが既に終わっているのかどうかは、分からない。

 カイは、気付かれたことを恥じたような表情を見せ、首を横に振った。

「グループが違うし、あれはケースAの話をしてるんだろう」

無理をしている感じもなかったため、

「まあ、そうですね」

と頷いて返した。


 例の不幸の手紙みたいなものが落ち着いた頃、カイと目が合うことが増えた。

 地味で大人しいが、ポーカーフェイスはそんなに得意じゃないのかもしれない。

 普段の会話で水を向けてみても、本人は気付かれていないつもりらしく、スン、として会話に入って来ない。ここは直球に聞くしかないかと、オレは移動教室の途中で声を掛けた。

「カイ様、何かオレに言いたいことでもありますか?」

 良い話か悪い話かは、正直五分五分だと覚悟していた。

 あからさまな攻撃はなくなったものの、オレがクラスで浮いている状態は変わっていない。唯一今現在近付いている攻略対象だから、オレとしてはカイとの関係を良好に保っておきたいが、カイからすれば利用価値もない一般の平民生徒に過ぎないはずだ。

 本人の意思にしろ、周りからの助言にしろ、纏わり付くなと言われてしまえば従うしかない。

「!」

 脈絡もないオレの問いに、カイは表情を強張らせる。足を止めると、分かりやすく逡巡の表情を見せ、暫くの間があった。

 そしてカイは、申し訳なさそうな、といった雰囲気で口を開いた。

「メイリー嬢と何かあったのか?」

 おずおずと言われた名前に、思わずポカンとしてしまった。メイリーとは、おそらく例の手紙を送ってきていた令嬢の名前だった。

「少し前から様子がおかしかったように見えて、気になっていた。意識しているように感じたことはあったが、その割に、メイリー嬢に興味があるようにも見えなくて」

 ポーカーフェイスの話なら、自分には出来ていると思っていたのが恥ずかしい。カイにはバレていたのだろうか。

 カイの表情は、貴族との揉め事を責めるものとは程遠い。ただ、心配の色だけが浮かんでいる。

「――――そんなに、顔に出てましたか?」

 否定しても仕方ないかと、戯けて笑って見せる。カイは、表情を崩さない。

「いや。エリクにも聞いたが、気付かなかったと言っていたし、俺も半信半疑だった。ハヤテとメイリー嬢との接点も分からなかったし」

 エリクというのは、授業中も廊下から教室内の様子を見ている警護のことだろう。クラス内で目立つほどあからさまではなかったなら、一旦よしと思おう。

「ちょっとトラブルがあったんですが、ヴォイド先生に相談して解決してます。事を荒立てたくなくて」

 実は彼女に片思いしてて、なんて嘘を吐いたら面倒なことになるだろう。

 入学早々に貴族とトラブルがあったことを王子に伝えて良いものかとは思ったが、カイには正直に告げようと思えた。ただ心配の表情を浮かべ、けれど此方の事情に無闇に踏み込むまいと挙動不審だった彼に、誤魔化しや嘘で返すことは出来なかった。

 きっと、原因の一端に王子と親しくする平民というアンバランスな図が影響していることも察しているんだろう。

「解決してるのか?」

「はい。実害も無かったので、単に誤解があったんだと思います」

 メイリーのことは正直本当にどうでも良かったが、貴族相手に噛みついても碌なことにならないことを知っている。

 王族に名指しで悪評を伝えることのメリデメ(メリットとデメリット)を考えると、何があったかは伏せたまま、カイには解決しているという状況だけを強調して簡易に伝えた。

「――そうか。良かった」

 そう言うカイは、複雑そうな表情をしている。何か言いたい事を迷っているかのような。

「ハヤテ、よかったら次の週末にでも、うちに来ないか」

 目が合って、一拍置いて、すぐだった。

「また、随分と唐突ですね」

「いや、日付は取り敢えず言っただけなんだが」

 カイとは学校でしか会ったことがない。

 寮生活のオレは、授業が終わると寮へ帰る。寮では自分たちで回す部分が多く、日常生活にあたりちょうど週末から当番が回ってくる予定だった。

「週末は、ちょっと。放課後、授業が終わった後でもいいですか」

 今週なら大丈夫と思い、提案してみる。

「あぁ、勿論」

「それなら、明日。何か持ち物とかありますか?」

「特にないから、気にせずに来てくれ。夕食でも一緒にどうだ?」

「それは良いですね」

 攻略対象で、不遇の王子。その割に地味に過ごすカイについて、逆に興味が湧いていた。

 未だに、いい奴だな、ということしか知らないも同然だった。教室や学内でできる会話には限りがあるし、攻略キャラへの理解が深まるかもしれないという打算もある。

 オレはあっさり、招待を受けた。

次話、カイ王子の胸中とは......?

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