14.平民ディノの楽しい夏休み④
夕食の席では、ヴォイド先生も一緒になった。
素朴な雰囲気もあるが、食卓は豪勢で、見慣れない食材も載っている。多分高級なものもあるんだろうが、おれにはどれも美味いことしか分からなかった。
「おや。流石、カイ様のお屋敷にいるだけありますね」
「え?あーーーーハイ」
ヴォイド先生の視線は、ハヤテの手元に向かっていた。そう言えば先ほどから、サラサもそちらを見ていた気がする。
銀のナイフやらフォークやらを使うハヤテの手付きは、確かにサマになっている。
しかしこれにも、何が後ろめたいのか、ハヤテは苦笑いだけで返した。
「マナーの本は読んだけど、やっぱり難しいよコレ。なんでそんなに、迷わず使えるの?」
おれに比べたら全然使えていると思うが、サラサは拗ねるように言う。
「まあ、慣れというか……」
「こんなに大きなお肉もお魚も、普段食べないもん」
「それはまあ、カイ様の屋敷でだって毎日こんなご馳走じゃないって」
ハヤテは宥めるように言い、サラサは羨ましさを口に出して気持ちに一区切り付いたのか、改めてハヤテを真似しながら食器を動かす。おれはもう、切って食べる分を全部やっつけたので、フォークでひたすら食べ進めていた。
ヴォイド先生は、そんなおれ達の様子をクスクス笑いながら見ている。しかし、ハヤテの食が進んでいないのに気付いたようで、少し咳払いをした。
「授業は明日から行いますが、此処にお誘いしたのは余計でしたか?」
声色は優しくて、心配の雰囲気があった。オレとサラサはもう食事をほとんど終えている。
「あ、いえ!有難いと思っています。夏休み中に何をしようか、思い浮かんでなかったし」
「しかし、あまり本意ではなそうに見えます。王宮での舞踏会で、何か気になることがあったんですか?」
おれもサラサも、ハヤテに聞きたいことだった。なんとなく踏み込ませない感じがあって、聞くタイミングが訪れなかったのに、さすが先生だ。
進まない食事のナイフとフォークを手放すと、ハヤテは暫く黙った後、深い溜息をついた。
「カイ様の側近として、本当にオレでよかったのか、分からなくなりました」
反射的にハヤテなら大丈夫だ、と無責任に励ましたい気持ちが湧くが、先生は黙って頷くだけだった。サラサにも、視線で制される。
「オレは目の前にあることで手一杯で、大局が見えていない。カイ様が側近として選んでくれたのも、偶然が重なっただけの間違いだったような気がする」
「陛下と謁見した時の話は聞きましたが、そんなに問題があったとは思いませんでしたよ?」
「でも、良くはなかった。――――オレが、国のことも成り立ちもよく分かってないただの平民だってことは、伝わったと思います。シズル様やカイ様に目を掛けてもらったものの、メッキがいよいよ剥がれたような気がしてて」
「うーん……メッキ、ですか。とはいえ、貴方は別に嘘が上手いタイプでもないですよ?顔に出ますし、元々剥がれるほどじゃないというか」
「え」
俯いていたハヤテの顔が、パッと上がる。喜びではなく、驚きで。
先生から目配せを受け、おれもサラサも頷いていた。
確かにハヤテは、クールぶっているが、表情は結構分かりやすい。だからこそ、おれのクラスにも流れてきた『カイ王子を利用している』なんて噂が続かなかったのも、人を騙せるようには思えないからなんだろう。
「だから、貴方の振る舞いに無理があったり、大きく見られようとしていたとしても、カイ様やシズル様にはお見通しかと」
「えぇー……」
先生のキッパリとした言い草に、ハヤテは衝撃を受けたような表情でいる。やっぱりまた、分かりやすい。
「ねえ、ハヤテは嘘をついて来たの?」
「いや、嘘はついてない。言えない事が沢山あるだけで」
サラサの静かな問いに、回答は速かった。
「だよね。言わない方が良いことなんて、いくらでもあるんじゃないかな」
「サラサも?」
「うん。だって、口にしてしまったら、もう戻せないじゃない。そのまま伝えた方が上手く行く時もあるけど、やっぱり何でもかんでもは言えないよ」
「誰しもそうだ、ってことか……まあ、分かってはいるんだけどな」
「カイ様に聞けばいいんじゃないか?見習いとは言え側近のオレを連れて行かないのは何故なんだ、と」
「まあ、それはそうなんだよなあ。なんで聞けなかったんだか……」
「色々言い訳は後付け出来そうですけど、それこそただの見栄だったんじゃないですか?側近とは、主人の意向を汲み取るものだと」
「――――ハイ。オレは多分自惚れてて、カイ様のことを理解できていると思ってました。でも実際のところ、カイ様の行動も考えてることも分かってなくて……分からない、と言ってしまうと、屋敷に初めて行った頃にメイド達が話していたのと同じになる気がしてしまって。側近なのに、と」
訥々と話す内に、何かに納得したような表情を見せる。サラサも先生も、否定も肯定もせず頷いて聞いていた。




