14.平民ディノの楽しい夏休み②
おれはハヤテを部屋に残し、サラサと待ち合わせて別荘の外に出た。
言われた通り、部屋から見えなかった別荘の裏側、木立を抜けた先には、大きくは無いが湖がある。
「へえ、こんな所よく知ってたね」
「サラサも知らなかったのか?」
「うん」
村に居た時から、おれの周りで一番賢いのはサラサだった。本好きなのもあるが、周りのことにも好奇心旺盛で、大人になるまで教えてもらわないようなことまで、子供の頃から遠慮なく質問をしていた。
だから、先生でもない同い年のハヤテが、サラサの知らなかったことを色々分かっているのには驚きがある。どこで誰に聞いたのか分からない話をしている時、側近見習いとは情報収集力が凄いんだなと感心した。
さすがに二人だけでボート遊びは危ない気がして、湖を眺めながら散歩することにした。
「ハヤテはまだ、元気なさそう?」
「ああ。ヴォイド先生があんなに良い部屋を用意してくれたのも、元気付けるためなんじゃないかと思ったんだけどな」
「そっかあ。普段お屋敷にいたら、そんなに差も感じないってことかな」
「あいつ、あんまり屋敷での暮らしを話さないだろう?おれなんて、今日の馬車が凄かったことも、部屋が広くて綺麗なことも、全部手紙に書いて妹や家族に伝えたいってのに」
「ハヤテはいつもそうなんだよね。なんかイマイチ、感動がないっていうか。良くも悪くも、あんまり気持ちを話してくれないし」
「ああ。カイ様もまあ、大人しい方だなぁと思うが、ハヤテもな」
「……でも。ハヤテが今元気ないのは、私も理解できる気がする。せっかく側近見習いになったのに、王宮で過ごす予定から外されちゃうなんて」
この間参加した王宮の舞踏会で、おれはサラサと踊れて、ハヤテもネリィ様と踊っていて、他の生徒も皆楽しそうだったし大成功だと思っていた。
しかしハヤテは何か上手くいかなかったことがあったのか、あまり元気がない。しかもサラサの言う通り、この『夏休み』に王宮で過ごす予定から外されたというから驚きだ。
「それはなぁ……確かに。試験に受かってないからか?」
「うーん……そうなら、そういう説明があるべきじゃない?いきなり前触れなく、ヴォイド先生の別荘に行ってこいって言われたんでしょ。その間カイ王子は王宮で用事があるから、なんて」
「おれは王宮なんて行きたくないが、ハヤテの立場ならそう思うのか」
「だってハヤテ、クールなフリしてるけど、側近の仕事をするためなら無茶なことでもするじゃない。舞踏会の時は本当に沢山助けてもらったし、国王陛下が直接お言葉までかけられたって言うのに……」
カイ王子は優しくて親しみ易いと思うが、今回サラサはハヤテの味方のようだ。
課外授業を通してなんとなく理解したに過ぎないが、側近というものは王子の横に居ること自体が役目らしい。それを、「この長期休みに横に居なくていい、遊んで来い」と言われてしまうのは、ショックなことなのかも知れない。
しかも、カイ王子は王宮に戻ると言う。王宮で何をするものか分からないが、王子様としての仕事するのかもしれない。王子の側近であるハヤテを連れずに。
ハヤテはあまり愚痴を言わないし、怒ることもなく淡々としてるタイプだと思う。しかしあの舞踏会が終わってからなんとなく元気がなく、疲れているだけかと思いきや、この別荘に向かう道中からあんな感じに落ち込んでいる。
王子様や王宮の言うことに逆らえないのは分かるが、別に義務でもないことで、あんなに考え込まなくても良いんじゃないか。おれだったらとっくに全部投げ出している。
「しんどいなら、辞めたらいいのにな。幸いまだ側近試験に受かってないんだから」
「幸い、って……。でもそうだよね、ハヤテなら別に、無理してまで側近を選ばなくても、卒業してから雇ってくれる貴族が沢山居そう」
おれとサラサは、ハヤテの課外授業に参加させてもらっているようなものだった。サラサは生徒会役員として学びたいことがあるようだが、おれは正直、ただのヤキモチで参加しているからバツが悪い。
多分ハヤテは、おれのサラサへの気持ちを察して誘ってくれたんだろう。最初はそんなこと思わなかったが、時々配慮のようなものを感じることがある。今日もこうして二人にしてくれているし、普段サラサが生徒会やクラスのことで不在だと、疚しいことはないとわざわざ説明してくれる。
変わっているが、良い奴だと思う。
サラサが遠くに行ってしまう気がして王立学園まで追いかけて来ただけのおれを、馬鹿にすることもなく、見守ってくれているように感じることがある。だからおれも、元々興味もなかった課外授業にちゃんと参加しているし、その内容も理解できるようになって来た。
貴族や王族のことは、何となく気に入らないし、何となく不満に思っていた。授業を通してその生活や風習を知ると、余計に気に入らない気持ちと、なぜそうなのかを理解できる(と言うか、理解してしまう)部分が混在してくる。
どんな風に気持ちを整理出来るかは未だ分からず、それはサラサも同じだろう。しかしハヤテは「もう、一年の半分が終わった」と言い、側近という生き方を決めているようだった。何を焦っているのか聞いてみたいが、多分また誤魔化されるんだろう。




