02.面倒!スクールライフ②
なんとかして、田舎に帰らずに済むような『将来』に繋がる道を探したい。
そんな『意識が高い』生徒となったオレは、授業が始まって以降、早々に教室で浮いていた。
「おはよう」
とクラスメイトに声を掛けても、露骨に目を逸らされるか、会釈だけして距離を取られるばかり。貴族の子息に限らず、平民の生徒にも同様だった。
思うに、初日に悪目立ちしたのが大きな要因だが、それ以降、本来なら弁解すべきタイミングを逸してしまったのが大きい。
この世界がゲームの世界だと認識したのは良かったが、目の前のクラスメイトに対して、どこか俯瞰した目で見るクセが付いてしまった。
どんな役割があるのか。今後のシナリオに関わって来るのか。
目の前のクラスメイトは決まりきったセリフしか話せない訳ではなく、きちんと意思のある人間だ。オレの値踏みするような視線に気付かれて、ピリッとした空気の後に距離を取られてしまう。
恐らく、入学翌日にでも
「カイ様は誰にでも親切で、流石王子殿下だなー!クラスのみんなともどんどん交流されたいそうだよ!」
とか言って周りを巻き込んで仲良しクラスを目指せば、複数いるクラスメイトの一人として溶け込めた可能性もあったはず。
それをサボったばかりに、平民のくせに気安く王子に声を掛けて、しかも一歩引いてクラスを見ている変わり者になってしまった。
だって、年齢だけなら、高校一年生相手だ。前世を思い出してしまったオレからすると、十歳以上年下で、子供みたいなもの。
しかも今までの生活の記憶も曖昧だから、共通の話題も、日々の出来事で共感できるような感性も、ない。
情報収集に徹する以外に身動きも取れず、遠巻きにされながら現状に至る。
「おはよう、ハヤテ」
席に着くと、いつものように衒いなく、カイが挨拶してくる。
このクラスでは、オレだけじゃなく、カイも遠巻きにされている。初日にオレという平民なんかに親切にしたのが原因かと思ったが、実際のところは別にある。
思い出した情報通り、カイの王位継承順が下がったという公示があったことを、クラス内の噂話から知った。
どうやらこれは、前代未聞のことらしい。成人前の王子は、基本的に年齢順で王位継承順位が決まり、それをわざわざ並び替えたりはしないという。
何をやらかしたんだろうか、この真面目で大人しそうな王子様が。
とにかく、公示では理由までは発表されないし、国王の一存で決められることらしく、噂だけが一人歩きしている。
(これは、キツいよな……)
前世のベンチャー企業では、突然の昇進もあったが、役職者が急に平社員に戻るなんて無茶な人事もあった。
人が足りない分、人事評価制度が整っていなかったのだ。
わざわざ理由まで開示されないが、事情を知る社員がポロッと言ったことに尾ヒレが付いて、社内中にじわりと広がっているあの感じ。社内恋愛関係や、成果の横取り、競合他社との関係など、色々な話が流れていった。
当然、王族相手に曖昧な噂を元にした話などできないが、親しくして他の王族や有力貴族に目を付けられるのも恐ろしい。
触らぬ神に祟りなし、とでも言うように、カイに対しては貴族も平民もあからさまに避けているのが分かる。
オレに関して聞こえてくる話を総括すると、平民のくせに病気を装い王族に近付き、カイ王子を利用しようとしているーーーーという内容が多い。
仮病ではないが、初日に中庭から消えた後に割と短時間で一緒に教室に戻ったのが原因みたいで、確かにそう見えるよなぁ、と納得してしまった。
しかもその後も、オレは噂を気にせずカイと普通に会話している。
平民がカイ王子と保健室に行っただけでこの噂の立ち方では、確かに誰にとっても、学内でカイと親しくなるには勇気が要ることだろう。
だとしたら、噂の『王子を利用しようとする平民』であるオレは、何故わざわざ王位継承順位が下がりたての王子に取り入ろうとしているのか、という部分が気になるが、噂なんてこんなものだろう。
王子であるカイに近付き利益を得たいが、最下位王子に近付いて不利益を被りたくない、という歪んだ感情から生まれた噂と状況。
噂を超えてオレに向けた行動に移して来たのは、幸い一部の貴族令嬢くらいだった。
その“行動”たる警告もベタに手紙で脅してくる程度。脅しの内容も不幸の手紙レベルで、学生時代にこういうメールやDMのやり取りがあったなあと、他人事のように感じていた。
正直実害も精神的被害もあまりないが、後々面倒なことになると嫌だなぁと思い、オレは早々にヴォイドへ相談に行った。
「先生、見てほしいものがあるんですが」
直筆の手紙という、痕跡が残りまくっているブツは、詳細な説明を不要にしてくれるくらい分かりやすい。
「中を?」
「ええ、オレの机に入ってたものですが、読んでください」
田舎である村を貶したり、学校や寮での生活に不自由するぞであったり、将来父母や兄弟、婚姻や仕事にも影響があるぞ、というような内容だった。
オレが立場の弱い貴族だったら、脅しにも屈したかもしれない。しかし俺には背負うような地位もなく、迷惑を掛けるような親族もいない。これを良かったこととは言い難いが、今の状況に照らしてみると、不幸中の幸いというやつだと思う。
「これは……手紙だけですか?」
見込んだ通り、ヴォイドはきちんと生徒であるオレの心配をしてくれた。
ゲームで性格を予め知っていなければ、貴族出身のヴォイドを信じて相談できたかは分からない。
「先生ならもしかして、筆跡で誰かも見当付いてたりしますか?」
「それは……流石に、この場で憶測では言えないですが」
「オレは、相手が誰かは興味ないです。でも、クラスの中でこんなゴタゴタは嫌じゃないですか」
「ハヤテ君、このことはカイ君には?」
「言ってないですし、言う気もないです。出来れば忘れたいと思ってるので、先生に任せても良いですか?」
出来るだけオレもカイのことも平等に扱ってくれるヴォイドだが、クラス内の問題が王族の耳に入るのは、やはりあまり良いことではないらしい。
「分かりました。よく話してくれました。僕が預かるので、もしまた何かあれば教えてください」
「はい、よろしくお願いします」




