12.特待生サラサのトキメキ⑤
そんなことを話しながら、ヘアメイクをする控え室側に設置した受付を整えていると、カイ様がやって来た。
普段とだいぶ印象が違って、盛装姿がとてもお似合いになっているけど、落ち着かない様子だ。
「ハヤテは来たか?」
「いいえ」
「ハヤテ、寝坊ですか?」
「いや、その逆だ。わざわざ別の馬車を手配して、俺よりずっと先に着いていたらしい」
「え!それじゃあハヤテ、全然寝てないんじゃ……」
「この参加者と貸し出し衣装の最終リスト、昨夜遅くにわざわざわたくしの屋敷に預けて行ったようなのに……」
カイ様は、珍しく苛立ったような表情をしている。
ネリィ様も少し驚いた顔をしているから、珍しいのは間違いないんだろう。
「あの、私はバッチリ寝てますし、朝ごはんも食べたので、ハヤテの分の手伝いくらいやりますよ。何をやればいいですか?」
「いや、二人は此処で受付をしっかり頼む。ただでさえこちらは社交界に不慣れな生徒が多いだろうから、二人が居てくれる方が助かる」
「そう、ですか……でも、」
「そもそも、ハヤテが何故そんなに早くから来ているのか、分からないんだ。必要な調整は済んでいるし、そのことは伝えてあったのに」
ハヤテにはすごく助けられているし、親切にしてもらっているけど、考えが読めないことばかりだった。先へ先へと考えて動いているようで、その意味を私たちが理解できるのは後になってからで、置いてきぼりの気持ちになる。
カイ様のことを優先しているように見えても、こんな勝手な行動で驚かせたりもしているのだから、本当に分からない。
よくカイ様のことを、「話すのが上手くない」という論調で笑うけど、ハヤテにだって説明が足りない所が沢山ある。
わざとなのか、うっかりなのか。
「こちら側は私たちにお任せ下さい。そろそろ時間ですし、ハヤテは表の受付辺りに行くんじゃないかと思います」
「そうだな……伝達事項についても、ハヤテの当番だったが役を替えることになると思う」
「カイ様」
ネリィ様が、凛とした声で言う。
「ハヤテさんのことは気になるでしょうけど、此処は王宮です。くれぐれもお立場をお忘れなく」
「――――ああ。ありがとう」
足早に去っていくカイ様の見送りもそこそこに、私とネリィ様は、ハヤテが作ったリストを片手に受付へと座る。
ハヤテのことは気になるけれど、順に着飾った生徒達が招待状を片手に集まってくると、すぐにそれどころではなくなった。
「ネリィ様、ご機嫌よう」
列とは別の角度から、声が聞こえた。マノン様とミア様だ。袖が大きく派手なドレスと、大きな髪飾りにアクセサリーで、まるで見せつけるような姿。
「ネリィ様はまだ会場に入りませんの?」
「ええ。わたくしの役目ですから」
「流石ネリィ様、立派です」
手元の扇で口元を隠しているけれど、食堂の時と同じく、受付を私に任せたらいいのに、という視線を感じる。
「生徒会役員ともなると、王族との関わりも深いですし、王宮がご自分の家のように感じるんじゃありません?」
「ハヤテさんも、すっかり王族の一員のような振る舞いでしたものね」
ねえ、と顔を見合わせてクスクス話す二人の声が、耳に入る。先に来ていたと言うハヤテを見掛けたのだろうか。
「――――あの、招待状が汚れてしまったんですけど」
「あ――は、はい!学年とクラス、お名前で確認いたします」
ネリィ様の反応が気になったものの、受付の列が伸び始めていた。暫くお二人の相手をしていたネリィ様が戻るまで、とにかく進めていかないと。
「――――ごめんなさい。話し込んでしまったわ。列を二つに分け直すわね」
「いえ、あの……はい」
楽しいお喋りではなかったんだろうな、と分かる表情だった。
けれどすぐ、いつもの完璧な表情と振る舞いのネリィ様に戻る。
ヘアメイク担当が居る控え室側であるこちらの受付は、自然と平民出身者が多くなる。舞踏会に不慣れな生徒も多い中で、ネリィ様が手ずから受付対応をしていることに、驚く生徒が多い。
しかしそのお陰か、ネリィ様に失態を見せまいと、生徒達は異様にスムーズに受付を済ませてくれた。
開始時刻も近付き、私とネリィ様はもう一度控え室で身嗜みを整えた。
「どうかしましたの?不安な顔をして」
「なんか、これで大丈夫だったのかな、って思ってしまって。もう皆さん着いていて、会場では歓談も始まっているのに今更ですけど」
「――――そうね。わかりますわ」
受付では、王宮での舞踏会を喜ぶ生徒の表情を沢山見てきた。ハヤテのことも、その後の伝達で問題ないと伝えられたし、大きなトラブルは無かったのに。
けれど根拠のない不安に、ネリィ様は頷いて返してくれた。
「出来ることを尽くしたつもりでも、始まってしまうと色々なことに気付きますわ。良いことも悪いことも、ああしておけば良かった、と」
「ネリィ様にも、そんなことあるんですか?」
「ええ、勿論。でも、気付いたことは次の未来で使うしかないの。きっとハヤテさんもそう思って、わざわざこんなものを昨夜ギリギリに持ってきたんでしょうね」
受付でもずっと、ネリィ様の手元にあった紙の束。
タイムテーブルや人の動き、場所に関する内容など、色々なことがまとまっている。あまり上手くない字は、ハヤテの走り書きの癖だ。
「さあ、背筋を伸ばして。参りましょう」
「――――ハイ!」
舞踏会が、いよいよ始まる。
次話、王宮の舞踏会に国王が現れる




