12.特待生サラサのトキメキ②
今更ながら、侯爵令嬢であるネリィ様からこんなに丁寧に触れられて、とんでもないことをしているような気持ちになる。何故ネリィ様は、平民の私に対してこんなお世話を焼いてくれるのか。他の人に任せたっていいお立場なのに。
グルグル考えてしまうけど、そんな私にお構い無しで、ネリィ様はなんと、私の足元に顔を近付けた。
「ネネネ、ネリィ様!」
高貴な方が跪く姿勢をするものだから、ビックリして声が裏返る。
私より背の高いネリィ様のつむじが見えて、ツヤツヤの金髪がとってもキレイ……なんてもう、何を考えているのか分からなくなって来た。
「本当は靴も整えた方が良いのだけど……裾も長いものにしましたし、今日は歩き易いもので大丈夫。さあ、参りましょう」
私の靴がドレスの裾に隠れるかを確かめたかっただけのようで、すぐに姿勢を戻された。俯く姿勢で覗き込んでいた私は、顔を上げたネリィ様と至近距離で見つめ合う。
「なにを、泣きそうな顔をしているの?」
「な、なんでしょうねぇ……もう、私、私……」
「情けない顔をしていないで、しっかりなさい」
まるで、魅了されたような気持ちとでも言うのか。
普段しないお化粧と、ドレスと。ネリィ様の良い香りに包まれているようで、至近距離にある美しいお顔にもドキドキが止まらない。
ほら、と紳士のように手を取るネリィ様に縋り付いて、私は一歩一歩慎重に、足を進めた。向かう先は、ハヤテ達が待機している隣の教室。
「準備は終わりましたわ」
「ありがとうございます、ネリィ様」
ドアを開けると、一斉に視線が集まった。
普段と違う姿を見られるのは恥ずかしいけど、反応を確認しなくちゃいけない。
いい加減気持ちを立て直して、ネリィ様のように堂々としなくちゃ。
「よく似合っている」
「流石ネリィ嬢の見立てだな」
数多の令嬢のドレス姿を見慣れている筈の、カイ様とシズル様の反応は上々だ。お世辞ではないと信じたい。
「光栄ですわ」
「論より証拠って言いますし、これならきっと行けそうですね」
「……ハヤテも、似合ってると思う?」
「ああ。ネリィ様のドレスなのに、サラサらしさもあって驚いてる」
「よかったぁ……ネリィ様、本当にありがとうございます」
ほっと気が緩む。しかしそれを見透かされたようで、ネリィ様は私を睨んだ。
「まだ終わりじゃありませんわ。さっさと行かないと、生徒が下校してしまいます」
「は、ハイ!」
「カイ様、よろしくお願いします」
「ああ」
歩き方を確認し、ハヤテを先頭に、カイ様、私、ネリィ様の四人で縦に並んだ。向かう先は、試験終わりの生徒が未だ多く残る学習棟と課外棟。
発端は、私が言い出したことだった。
王宮での舞踏会を予算内で成功させるには、貴族の方々からドレスやタキシードを借りるしかないという結論が出た。
ネリィ様にも言われたが、そのまま貸してくださいと言っても、賛同してもらうのは難しい。階級意識がある以上、平民が自分のドレスを着るのに抵抗がある貴族も多いと予想された。
それなら、意味を持たせられれば良いかもしれない。
貴族が平民にドレスを貸すことで、貴族側の株が上がるような。
ネリィ様は、社交界でも人気の存在だという。家柄は侯爵家で、容姿に優れ、王子の婚約者候補。平民の私でも、数ヶ月同じ教室で授業を受けているだけで、特別な上流貴族の方なんだと感じている。
そのネリィ様が、平民である私にドレスを貸したのを見たら、他の貴族の方々が「そういう選択肢もアリかも?」なんて思ってくれないかしら、と。
今着ているこのドレスは、社交界で最近ネリィ様が実際に着用し、似合っていたのを覚えている貴族も多いものだという。
それを着た私がちんちくりんでは元も子もないから、シズル様やカイ様から肯定の反応が貰えたのは安心した。実は結構顔に出るタイプでお世辞が下手そうなハヤテの反応も、悪くなかった。
私に魔法のようにヘアメイクを施してくれたネリィ様は、やっぱり凄い。




