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12.特待生サラサのトキメキ①

 試験は、思ったよりも順調に終えることができた。

採点はこれからだけど、手応えがある。

 

 私、サラサ=アクライネは、特待生なんて大それた肩書きを貰ったものの、学園生活ではいつも迷っていた。

 学園の図書館には沢山の本があって、ヴォイド先生をはじめ、先生方も色々なことを教えてくれる。けれどどこか、これだけで良いのだろうか、という思いがあった。

本で学んだ知識を正確に答えられても、知らないことばかりのような気がして、識れば知る程焦りが浮かんでくる。

でも私は、本を読むこと以外にどうしたら良いのか分からずにいた。

 ヘレネの集いでも、結果的に無断欠席してしまい、貴族が主催するものへの理解や覚悟が足りていなかった。気にしないようにしても、学内平等という中で、貴族との壁を感じることが多い。これは、知識を蓄えるだけでは越えられない壁だと言うことだけは感じていた。

 そんな私にとって、ハヤテは一種の憧れだった。

同じ平民出身なのに、そんなこと言っていいの?と思うような態度で、カイ王子やネリィ様と相対している。余裕のある振る舞いは、実は幾つか歳上なんじゃないかと思うくらいだ。

 成り上がるためのパフォーマンスだと言う生徒もいるけど、本当に損得を気にしているんだったら、カイ様やネリィ様にあんな物言いは出来ないだろうなと思う。

 特待生に推薦してくれたセラ様への手紙でも、思わずハヤテのことを書いたことがある。

 セラ様からは、

『彼に、憧れているだけですか?』

という端的な返信があった。

 たしかに、憧れているだけじゃだめだ。

 ハヤテが示してくれているように、この王立学園でなら、身分を超えて出来ることが沢山あるはず。

 生徒会役員を引き受けて、貴族の世界をきちんと学んで。

『ハヤテを見習って、私も出来ることをやります。』

そう、返した。


 結果として読書の時間も勉強時間も減ったけど、不思議と今回の試験では、確かな手応えがあった。

ただ知識として詰め込んできたものが、実際の世界でどう使われている知識なのか、何故そう決まったのか等、現実と繋げながら学べたことが大きい。

 思いの外、課外授業や生徒会での活動が、本の外へと私を連れ出してくれていた。


 そして試験が終わった以上、ここからが本番という気持ちになる。

「空き教室を借りてますから、行きますわよ」

ネリィ様が、覚悟をしたような表情で声を掛けてくれた。

「あの、荷物の運び込みとかは……」

「ハヤテさんから、わたくしたちは先に昼食を済ませてくれとのことです。――――全く、見習いの割には遠慮なく指示するんですから」

 その口振りとは裏腹に、ネリィ様の表情は柔らかい。

きっと、この後暫く昼食など取れない私たちを慮ってくれてのことだと、分かっている顔だった。

 厳しい方だと思っていたけれど、ネリィ様は侯爵令嬢としての振る舞いを忘れないだけで、意外と柔軟な方という印象がある。

厳しいことも言うけれど、ハヤテや私の言葉にも耳を傾けてくれるし、頭ごなしではなく、きちんと説明をしてくれる。

 

 食堂で昼食をとっていると、ネリィ様のご友人がやってきた。

隣のクラスのマノン様とミア様は、ネリィ様だけに目を向け、「ご一緒しても?」と尋ねる。

「構わないけれど、わたくし達、昼食が済んだら用事がありますの」

「まあ。試験も終わった所ですのに?」

「ええ」

「午後、我が家でお茶会を開く予定でしたの。ネリィ様がご采配されないといけないんですの?」

 チラリ、とその段になって漸く、私へ視線が向けられた。その子にやらせれば良いのに、と伝わってくる。

「お誘いありがとう。でも、生徒会のことですから」

 ネリィ様は淡々と、穏やかな口調で言う。

そして去っていく二人の背中を見てから、小さくため息を漏らした。

「気を悪くした?」

「え、いいえ!特には」

いつものことなので、と言うのは胸の中にしまっておく。

そう、と返すネリィ様の表情は複雑そうに曇っていて、言いたいことを抑えているようにも見えた。

 生徒会の活動が始まって、距離が近くなって、漸く分かった。気丈でカンペキな振る舞いをするネリィ様も、色々なことを考えて、悩んでいるように見える。

いつか私に、それを話してくれたらいいのに。何か、お力になれるかもしれないのに。

 カイ王子の側近となったハヤテにも、もしかしたらこんな気持ちがあるのかもしれない。


 昼食後に空き教室へと移動した私は、鏡の前に立っていた。

私の後ろには、いつかの生徒会室のようにネリィ様がいる。肩を抱かれて、上着を脱がされて。

「あの、自分で……」

「いいの。時間がないわ」

 シュル、とリボンタイが解かれ、ブラウスのボタンが外されていく。髪を結われた時にも思ったけど、お手入れされたネリィ様の白い指先が私に触れていることに、ドキドキしてしまう。

頰が熱い。

「貴族にはメイドさんがいらっしゃると聞いたんですが」

「ええ、屋敷ならね。でも学内には使用人を連れて来れない決まりなの。王族だけ特別なのよ」

「王族だけ、ですか」

「とは言え、執事やメイドではなく、警護だけよ。側近や側近見習いは現役生徒ですし。以前、王政に不満を持つ生徒が攻撃をしたことがあったらしいから、念のためにね」

 世間話をしている内にあっという間に下着姿にされて、私は居た堪れない気持ちになっていた。自分で言い出したことなのに。

「さあ、姿勢を正して。ーーーーコルセット、必要ないくらいね。ちゃんと食べているの?」

「えぇ、食べてます。村でもみんな、こんな感じでしたよ」

「そう……」

 痩せた体に、ネリィ様から憐れみを感じてしまう。

服装だけじゃなく、服を脱いでも、日々の食生活により貴族との差が出てくるものなのか。

 下着を整えられると、ドレスに袖を通した。

普段はされる側であるはずのネリィ様なのに、手つきは正確で素早くて、恥ずかしかったのもあっという間。

「さあ、こちらへ座って」

 慣れないドレス姿の私の手を引いて、ネリィ様が簡易な鏡台前へと導いてくれる。

 箱自体からもいい匂いがする化粧品のケースには、おしろいや香水、紅などが詰まっている。ネリィ様の私物だと思うと、憧れずにはいられない。

 髪を下ろされて、ドレスが汚れないよう首周りに布を巻かれる。そこからは、顔の角度を指示されたり、瞼を上げたり下ろしたり、目まぐるしい。フワフワしたもので頬を撫でられ、筆が唇に触れた後、ネリィ様の小指がチョンチョンと触れてくる。

 クラクラしてきた頃に漸く、

「よくってよ」

と声をかけられ、布を外された。

「悪くないわね」

 鏡の中には、お化粧されて見慣れない私と、満足そうに微笑むネリィ様がいる。

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