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10.助言!箱入りの王子様③

 取り急ぎ、ネリィにも話を聞いておきたかった。ヘレネの集いで見た彼女の実務能力は、素直に信頼できる。

「貴方の有志参加は正直助かりますけど、側近見習いの試験があるんでしょう?」

「いつもながら、耳が早いですね……でも、学校の試験期間中はヴォイド先生も忙しいので」

「べ、別に、貴方の情報を集めるなんて悪趣味なことはしてませんわ!」

「そんなこと言ってないです」

「なに、笑ってますの」

 ツンデレめいたセリフに、無意識に笑いが混じっていたらしい。ムスッとした表情で睨め付けられ、コホン、と咳払いされた。

「王宮での舞踏会は、試験明けの休みに入ってすぐに開催します。主催は王立学園生徒会で、参加者は王立学園在学中の生徒。希望辞退制なので、殆どの生徒が参加します。加えて、卒業生も参加しますし、王族も参加することが多いですわ」

「すごい規模ですね……外部参加もあるとなると、試験どころじゃないのでは?」

「外向きのことは、王宮側に対応を委任することが慣例と聞いていますわ。生徒会側は、あくまでも学園内の周知活動と事前準備がメインです。ただ……」

 期待通り、ネリィからは知りたい情報がスラスラと出てきて感動する。しかし、その言葉が詰まってしまった。

「ただ?」

「予算が決まってますの」

「まあ、それはそうでしょうね」

「…………!」

 そりゃそうだろう、と頷くと、ネリィは目を見開いた。

「何か、変なこと言いましたか?」

「王宮の舞踏会なのに予算が決まってるなんて、驚きませんの?」

 逆に、こっちが驚きだ。

何をやるにもまず、予算ありきじゃないか?稟議の有無はあるにせよ、使える金額には必ず相場や上限があるだろう。

「普通は、予算じゃないんですか?」

「勿論、限度はありますけど、王宮での体面を保つために必要なことから揃えるのが当たり前です。しかもこの予算では、最低限の物を揃えるだけで足りるかどうか」

 ネリィはそう言って、予算の書かれた書類を見せてくれた。

 オレは恥ずかしながら、この世界の物価についていまいち理解が浅かった。学校に必要な物は支給品で揃うし、私物で欲しい物もあまりなく、カイの屋敷では食費も払っていない。

食堂や購買で昼飯は購入するが、市場で買い物する、みたいなことがなく、金銭感覚は今後学ばなければと思っていることの一つだ。

「お恥ずかしながら……結構な額に見えますが、何に足りないんですか?」

「細かく言えば沢山ありますけど、盛装の用意が一番大きな所ですわ」

「制服……じゃだめなんですね」

 一応言ってみたが、ジトっと視線だけで否定の回答だった。

王宮の舞踏会にドレスとタキシードなしでどう参加する気なのか、と責められているようだ。

「学園主催ですから、学内平等のルールもあります。そのためにドレスの貸し出しをするんですが、この予算で予定する着数を準備するとなると……厳しいです」

 なるほど、服か。

こないだキリシュと服を選んだ時にも思ったが、あまりにも門外漢な分野だった。

そもそも前世でも、休日もほぼ出社か一人で過ごす社畜っぷりだっただけに、服への興味が薄過ぎる。

「そうすると、ネリィ様は衣装や料理の手配を?」

「ええ。あちこち調整先があるので、サラサと手分けしてますの」

 いつの間にか呼び捨てしている所を見ると、ネリィ側から見てもサラサとは上手くやれているのだろう。

 予算の問題は気になるが、一朝一夕でこの世界の物価と価値観の相場を学ぶのは厳しそうで、何かやれることがあれば、と一歩引き気味に言う。

 元々サラサからは、カイが王宮側との調整にうまく行っていないようだという話があった。

王宮側に委任するという話があったから、それを任されたのだろう。

委任というのは、アウトソーシングみたいなものと思えば良いのだろうか。何をやってもらうか明確にし、契約書を交わすような。

「もうこんな時間か……ハヤテ、書き出したものについては、馬車の中でいいか?」

「ええ、勿論」

校内にある教会から鐘の音が聞こえたのを合図に、カイと生徒会室を後にした。


 書き出された内容は、思いの外まとまっていた。

王宮側へ伝えるべき点が箇条書きにされており、「?」付きのメモも添えてある。

「整理できてるじゃないですか。これをシズル様に話せば良かったのでは?」

オレにノートを差し出したカイは、不安そうな面持ちでいたが、次第にホッと表情を緩ませる。

「シズルが何を聞きたいのかが分からなくて。これで良いと思うか?」

「まあ、補足説明は求められるでしょうが、これを見ながら話せば十分だと思います」

「書いた物を見ながら話す……?」

「ええ。シズル様にも見てもらいながら話せば、漏れなく相談できるでしょう。……アレ?あんまりやらないですか?」

書き付けを見ながら話す、ということに、引っ掛かっている反応だった。

「授業ではそうしてますし、そんなにおかしいことですかね?」

「いや……そうだな。教師とやり取りする時にはあるが、普段はあまりないな。それこそ公示を読み上げる時の宰相とか、商人が荷運びで確認をする時くらいしか」

 確かに、屋敷でチェックリストを導入した時も、なかなか新鮮な反応をされた。

田舎では識字率もあまり高くなかったし、この世界ではメモを持ち歩いたり、それを元に話したりというのは浸透していないのかもしれない。

ゲーム画面だと常にテキストが表示されているから、盲点だった。

「ハヤテの前世では、皆、紙を見ながら話すのか?」

「いや、そうでもないですが……でもまあ、資料投影して話したり、レジュメ配ったり、スマホ覗き込んで話すとかはあるんで、手書きじゃなければ多いですかね」

「投影?レジュメ……?」

「あー、気にしないでください。それより、このメモを元にシズル様に話す練習でもしましょうか」

「話す練習?」

 話が一歩進むと立ち止まる。

スピーチの練習も、確かにわざわざやったことはないのかもしれない。

王子という立ち立場では必要そうだと勝手に思い込んでいたが、以前話していた通り、王宮の中で過ごしていたカイには他者に何かを能動的に伝える必要性がなかったのだろう。

 前世で新卒のメンターをやっていた時にも、こう言う感覚はあった。何故こんなことも分からないのか、と。

そして多分、入社当時のオレも散々思われたり、実際に言われたりしたことだ。

何故も何も、機会や必要性が無かったとしか言いようがないのに。

「今回カイ様は、シズル様に相談をしたい訳ですよね。アドバイスをいただきたい。そのために、今カイ様が困難だと思ってることを、伝えたい」

「ああ」

「シズル様は優秀な方ですし、きっと言わずとも察して下さる部分もあるでしょう。――――ですが、シズル様の理解力に頼らず、まずはオレ相手にも分かるように、声に出して説明してみて欲しいんです。意外と、頭で思ってるまま相手に理解してもらうのは、難しいことですから」

 思い付きだけで発言しないのは、カイの立場上、美点なんだと思う。今なら伝わりそうだと確信がある時になって漸く話すから、ひと言遅いと言われてしまう。

 誤解を恐れずに話す、というのは、王族として常に他者から見られる王子にとって、なかなか難しいことなんだろう。

とは言え、それをやらなくていいですよ、とチヤホヤするだけではどうにもならない。

先日の命令権の時のように、他者を気にせず、交渉をすっ飛ばした実力行使に出るしかなくなってしまう。

王子という立場では無茶も通ってしまう可能性があり、積み重なれば周囲との軋轢を生みかねない。

「確かに、話す練習というのも良いのかもな。祭事で決まった文言を練習したことは何度かあるが、特別なことだと思っていた」

「紙に書くのも、試しに話してみるのも、コスパ良いですよ。夕食後にでも確認しましょう」

コスパ?と聞き返されたのを、しどろもどろで説明することになった所で、馬車は屋敷へと着いたのだった。

次話、舞踏会に向けて生徒会が動き出す。

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