10.助言!箱入りの王子様②
屋敷に戻ると、エリク達に呼び止められた。
「ハヤテさん、気付いてくれて有難うございます」
「何が?」
「カイ様の生徒会のことです。俺たちはカイ様のご判断に口を出す立場じゃないので、様子を見るだけでしたが、あまり上手く行ってない感じはしてたんで」
「以前だったら周りの方にも相談したんじゃないかと思うんですが、最近少し、頑なに見える時があって」
「カイ様が?」
大人しくて物分かりの良いカイにしては、確かに少し気になる態度ではあった。
シズルとの関係値だって悪くないように見えるのに、舞踏会について尋ねもしなかったのは何故か。
「もしかしたら、王位継承順位のこと、意識され始めたのかもしれません。側近となるハヤテさんの立場にも影響して来ますから」
――――カイが、王位継承順位を意識している?
まさか、という気持ちの方が強かった。
しかしこの話が真実であれ勘違いであれ、もしカイが変わりつつあるのなら、オレはそれを受け入れて、ついて行かないといけない。
サラサ達のように試験勉強に余裕があるとは言えないが、オレは覚悟を決めて、生徒会室への出入り許可を貰うことにした。
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シズルに何を言われるかと警戒したが、出入り許可はあっさりと出た。
「元々、生徒会役員に限らず有志の生徒が参加することはよくあるんですよ。ヘレネの集いも、まだ役員ではなかったネリィ様にご協力いただきましたし、そもそも私やキリシュも有志生徒です」
備品の場所や利用ルールをフィデリオに教えてもらいながら、そんなことを聞いた。
カイは早速、シズルに話し掛けているようだった。
しかし少し会話した後、渋い表情で作業机へ戻っていくのが見える。
「気になりますか?」
「あ。すみません」
「案内は大体済みましたから、どうぞ」
フィデリオに、呆れ混じりに微笑まれて、苦笑いで返す。会釈の後、オレはカイの元へと小走りした。
戻ってきたオレに、カイは少し黙って、目線だけを向ける。
オレは最近、意識的に、カイが話し出すまで黙るようにしている。
側近見習いとして屋敷で過ごす内に気付いたことの一つが、カイは世話を焼かれ慣れている、ということだ。
あくまでも王子然とした柔和な振る舞いと大人しさで、あまり気にしていなかったが、使用人達は皆、率先してカイの世話を焼きたがっている。
特に申し出がなくても積極的に動き、カイはイエスノーを言うか、なんなら頷くか首を振るだけでも過ごせてしまう。
彼らはカイに仕えている以上、それ自体は大した問題ではないのだが、屋敷の外に出るとそうは行かない。
通常の当たり障りない会話は問題ないが、意見が衝突する時や、意思を伝える場面で、カイは話すのが下手だった。
恐らく前からそうだったはずだが、王子という立場上、周りが合わせてくれることで会話が進んで表面上は問題にならずいたのだろう。
ペーパーテストは出来るし、文章力も、本を読む読解力もあるのだが、スピーチの下手さは明らかだった。
オレも人のことを言えるほどご立派ではないが、仮にも営業職で社会人デビューした以上、その躓きには気が付いた。
側近は王子のご機嫌取りが仕事ではない、讒言を行うこともある、と教えてくれたのはキリシュだったか。
オレは、ゲームシナリオで予習していることもあり、何をやりたいのか、言いたいのか、先回りして分かった気になることが多い。
教室で浮いていた理由の一つも、目の前の生徒が話している言葉や様子より、会話の着地点ばかり意識してしまっていた態度が原因だ。
カイが王位継承順位を意識し始めているのかは、まだわからない。ただ、ひと言遅い、のままではカイのためにならない。
「……どうでしたか?」
なかなか切り出さないカイに焦れて、仕方なく水を向けた。思わず手を出したくさせるカイの雰囲気は、長所でもあり短所でもあると思うが、徐々にやっていくしかないか。
「進みが悪いことを伝えたが、どう悪いのか、シズルにあまり伝わらなかった」
「なんて言ったんですか?」
「終わっていることがなく、試験日程も含めてもうひと月を切っているからと……」
「今終わってなきゃいけないことってなんですか?」
「…………」
先ほどと同じ沈黙が落ちた。
何かヤバイ気がします、とだけ伝えられても、そりゃあシズルだって分からないと言うだろう。
今までのカイには、気付きを口にするだけで、具体化してくれる人間が周りに居たんだろう。
ブレストやディスカッションの中でアイディアが生まれることはたくさんある。
しかしカイの今の立場なら、材料の用意くらいは出来ないといけない。新人の生徒会役員なのだから、先輩にノウハウを教わりながら動いても良いと思うのだが、シズルの頑なな態度を見るとそれは許されないんだろう。
元々、なぜカイを生徒会役員に選んだのか、オレには少し疑問だった。
人前に立って生徒の代弁を行うような立場として、カイが向いているかは謎だと思っていたし、シズルがそれを分かっていない訳もないと思っていた。
王子だから、というだけで任命された感じがする。
そういえばゲームでも、サラサが頼るのはシズルやヴォイドであって、カイに生徒会でのことを相談していた記憶がない。
カイが頑張らなくても、最終的にはなんとかなるのかも知れない。そうは思っても、それはそれで不快な気がするのは、オレが既にカイの側近見習いだからだろうか。
「一旦、紙に書き出してみて貰えませんか。オレも今日からお手伝いさせていただきますし、これから他にも協力を頼む時があるでしょう。状況がまとまった物があると、相談も共有もし易いです」
その辺にあった書類の裏を見せながら、提案してみる。
「紙に……分かった。そう言えばハヤテは、屋敷の警備についても紙に書いていたな。前世でも?」
「まぁ……はい。そんな感じです」
つい、正直な苦笑いが漏れた。
紙に書くこともあるにはあるが、基本的にメモはスマホだし、情報共有の文章なら、社内メッセージ機能や共有ドライブにアップする。
オレが前世で、効率を意識してテキパキと“仕事出来ている感”を持っていた大部分は、文明の利器に支えられていたんだなぁとしみじみ感じる。
しかし、ない物ねだりをしていても仕方ない。
文字や図で書き記す、ということなら手段はあるのだ。
カイは暫く黙った後、考えがまとまったのか、スラスラと文字を書き出していく。
意外と迷いなく書けている様子を見て、オレは一旦作業机を離れた。




