09.学べ!課外授業で側近見習い⑤
かくして、オレの側近見習いの日々は緩やかにパターン化されていった。
通常の授業後に、日によってヴォイドの課外授業を受ける。
屋敷に戻れば、カイの生活パターンを把握したり、王子としてやっていることを確認していく。
それ以外にも、屋敷内での使用人の仕事を細かく把握し、確認していく。
要するに側近の仕事は、王子周りの何でも屋、という印象が強かった。
勿論、実際に動くのは周りの使用人だったりするわけだが、何にどんな人手が必要なのか、過不足がないかを調整するのが側近の重要な仕事のようだった。
これは屋敷の中に留まらず、学園の中でも必要になる。
王立学園には、貴族も平民も、教師や生徒の中に入り混じっている。
カイはその区別なく振る舞っており、そのこと自体はオレ自身も好ましいと思っていたことだが、王子である以上、王族との関係値を作ろうとして近付く人間も存在する。
特に、入学初期は王位継承権の公示の件もあって学内で遠巻きにされていたが、人柄が伝わるに連れて、過剰に気にする必要もなさそうだ、という空気が拡がりつつあった。
そのため、王族とお近付きになりたい、という意図を持った人間が周りに増えて来ている。
平民のオレを側近見習いにしたことも、恐らく追い風になってしまっているんだろう。見方によっては、オレこそが立身出世のために王族に近付いた人間、そのものだ。
オレに向けた嫌味や嫉妬も、そこそこにある。
問題は、全てを一律に排除できないと言うことだ。
王族として、王立学園の生徒として、私憤で対応することは悪手になる。また貴族が相手の場合には、どうしてもその背後にある家のことも考えないといけない。
かと言って、ナメられてもいけないので、どのように毅然とした対応を取るべきか、という判断が求められる。
幸いカイは怒りの沸点が低いと言うか、怒ってるところを見たことがないレベルなので、煽られて感情を露わにしない所は非常に美点だと思えた。
機嫌に波がある人間に対応するには、倍以上の労力が掛かる。
前世の職場で一時期上司だったパワハラ気質の人間を思い出すと、カイが上司で良かったなと思う日々だ。
そんなある時、教室で意外な人物に声を掛けられた。
「ハヤテ、ちょっといいか」
「?」
名指しして来た顔に見覚えはあるが、ほぼ初対面であることを忘れてはいけない。
「えーっと?」
「ああ、すまん。俺は、隣のクラスのディノ=ハウザーだ」
「ディノ。何か?」
素知らぬ顔をして、なんとか初めましての演出に成功した。
ゲームでは、主人公の幼馴染の同級生で、攻略キャラだ。がっしりした体格と、親しみやすい性格や温かい人柄で人気があった。
クラスが違うこともあり、オレは今まで学内でたまに見掛けるくらいで、ディノとは交流する機会もなかった。
気は優しくて力持ちみたいなキャラで、主人公に最初からベタ惚れなこと以外は危険なこともないキャラという認識である。そのため、素直に廊下まで付いていく。
「突然話し掛けて、すまない。どうしても言いたいことがあって」
「ああ、何か?」
「最近、放課後にその、サラサと授業を受けているだろう?」
――――主人公にベタ惚れ、という要素を思い出したのに、迂闊だった。
そうか、サラサと二人で授業を受けていることで引っかかって声を掛けてきたのか。
出来るだけ動揺を見せないように、サラッとを意識して、ああと頷く。サラサとは何でもないと、どう説明しようかと頭をフル回転させる。
しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。
「ありがとう」
「ハ?」
「実は、俺はサラサの幼馴染なんだ。同じ村の出身で、恥ずかしい話だが、兄妹のように育ってきた。それが最近、生徒会に入って、しかもその仕事のためにわざわざ課外授業まで受けると言うから、心配で……」
「心配?」
「最初、ヴォイド先生と二人での授業と言っていたから」
「――――ああ、なるほど」
ヴォイドは、女子生徒からの人気が高い。家柄の良さもあるだろうが、何故か婚約者も定めず教職に就いていて、ビジュアルと物腰の柔らかさなど、慕われる要素の多さは流石、攻略キャラと言ったところだ。
その人気教師と想い人が二人きりで授業というのは、確かに心配するのも分かる。
この世界では教師と生徒の恋愛もタブー視されていないし、何なら実際にルートがあるのだから、真っ当な心配だ。
「オレもサラサも、致し方無く必要に迫られて勉強中って感じだから、心配しなくて大丈夫だって」
「そ、そうだよな。真面目にやってるはずなのに、おかしなこと言ってゴメン」
ディノの話を聞いていると、どうやら色々な噂が耳に入っていたらしい。
サラサもヴォイドも注目を集め易い存在だから、尚更だ。
しかし聞いていると、オレの噂も少し混じっていたらしいことが分かる。
「ハヤテは、カイ様の側近になったんだろう?平民出身で側近になるなんて聞いたことがないし、王宮が認めたなら、俺は信用できると思っていた。前にカイ様を庇って怪我したって話も聞いていたし」
王宮が認めた、というのは側近試験前の身としては盛られている気がしたが、シズルが身辺調査をしていたようだし、曖昧に頷くことにした。
なんにせよ、ディノからサラサを巡るライバル認定されたら面倒だと思っていた分、心が楽になったのは間違いない。




