09.学べ!課外授業で側近見習い①
挨拶を終えるとシズルの屋敷から速やかに荷物を整え、何回目だったかなと思いつつ、カイの屋敷に「お世話になります」という気持ちで足を踏み入れる。
しかし違うのは、客人ではなく、今日からは使用人の一人ということだ。
「お帰りなさいませ、ハヤテさん」
カリナに迎え入れられ、なんだかホッとする気持ちが浮かぶ。早く寮へ戻らなくてはと思っていた筈なのに、あの日々ですっかり馴染んでしまっていたんだと気付く。
「お部屋が整うまで、こちらでお待ちくださいませ」
「いや、そんな!これからオレは使用人として働くので、自分のことは自分で……」
「ふふ。ハヤテさんは変わらないですね。でも、側近見習いの方にそんなこと、お任せできません」
「え」
「シズル様のお屋敷でも、そうではありませんでした?」
たしかにシズルの屋敷でも、メイドはオレを含めてキリシュやフィデリオに対し、丁重な態度を取っていた。
てっきり、この屋敷ほどユルくないルールなんだろうなと受け入れていたのだが。
「ハヤテさんが側近見習いとしてのお仕事に専念できるよう、お仕えするのも私達の務めです。なにかご用向きがあれば、なんでも申してくださいね」
お客様時代と同じく美味しいお茶を振る舞われ、焼き菓子なんかも食べて、寛いだところで漸く、部屋へと案内される。
出て行って数日で戻ってきただけに、部屋の片付けを何度もさせてしまう罪悪感がハンパない。
「お部屋ですが、こちらで如何でしょうか」
以前滞在していた部屋は、明らかなゲストルームだった。それだけに今回は使用人らしい部屋をと、事前にカイにリクエストしていた。
通されたのは、カイの部屋の隣だった。
というか、内扉があるのを見ると、普通に二間続いたカイの部屋なんじゃないか。
「ここ、カイ様のお部屋なのでは?」
そのまま、ストレートに聞いてみる。
「いいえ。確かにそのようにも使えますが、元々こちらはカイ様のお荷物を置かれていたくらいで、あまり使っていなかったのです」
「なるほど……?」
つまり、カイの部屋だったんじゃないか?
荷物部屋と言われたらアレだが、王子の部屋として申し分ない調度品が揃っていて、広さもなかなかのものだった。
「お部屋は空いてますので、マーベル様とカイ様でご相談されてましたけど、信頼を示すためにも鍵のない内扉があるこちらが良いのでは、となったみたいです」
マジか。
カイはオレを信用してくれている、それはわかる。十分伝わるし有難い。しかし、それとこれとは違うんじゃないか。
モヤモヤしているのは、内扉の鍵。
オレの部屋を通せばカイの部屋にアクセスし易い、となると流石に不安になる。
今までのオレは客人で、友人で、カイの生活に関して口を出す立場ではなかった。しかし側近としては、こういうことは確認するべきと思えてくる。
「……あの、だめでしたか?」
シュン、と不安そうな表情を見せるカリナに、慌てて首を振る。
「王子の隣の部屋なんて、畏れ多いなと思っただけです!綺麗に整えて貰って、ありがとうございます」
「それなら、良かったです。お荷物もこちらにあります。また夕食の支度が整いましたらお呼びしますので、ゆるりとお過ごしください」
「はい。あ、カイ様は?」
「あら、ご存知ありませんでしたか。カイ様は本日、王宮へ出掛けておいでです」
「王宮へ?」
「ええ。慌てているご様子だったので、ハヤテさんにお伝えし損ねていたのかもしれませんね」
うーん。このズレている感じは、なんなんだろう。
今日は主にカリナが応対してくれているが、他のメイドとも話した中でカイのことが出てこなかった辺り、特有のものというより、この屋敷での雰囲気がそうさせているんだろう。
仮にも側近が就いた以上、主人であるカイが普段と違うことをしているなら、報告だけでも入れておきたくならないのだろうか。
「カイ様が戻ったら、オレにも教えて貰えますか?」
「かしこまりました。あ、あと、ハヤテさんはもう側近見習いなんですし、私達メイドのことはどうか呼び捨ててください。お言葉も、そんなに丁寧にされなくて大丈夫です」
「あ、ハイ……いや、うん。分かった」
年上の女性に、面と向かって呼び捨てたりというのは気が引ける。
しかしそう言えば、シズルの屋敷でも同じようなことを注意されたのを思い出した。




