08.強制!王族の命令権④
時計が、深夜を告げる鐘を打った。
シズルはフィデリオを連れて退席し、部屋にはキリシュとオレと、カイが残った。
「この時間なので、メイド達には休むように伝えています。ハヤテはさっさと部屋で休むこと。カイ様も、今夜は屋敷へお戻りください」
「ああ……」
「ハヤテは明日、授業が終わったらカイ様の屋敷へ伺うように」
「はい」
カイは何か言いたそうだし、オレも話したいと思ったが、キリシュにピシャリと言われてしまった。
人様の屋敷でこれ以上迷惑をかけるなという、またしても至極真っ当な話で、逆らえる訳がない。
大人しく戻った部屋の窓からは、向こうの屋敷に戻るカイと、エリクの背中が見えた。
第四王子である、カイの側近。この数日学んできたことの数倍大変そうだなと、考えてしまう。
カイはいい奴だし、王子としても悪くないと思うのだが、国王に向いているのかは分からない。
でもあの時、心が動いた。
カイがあそこまでするほどオレに何かを見出したなら、応えたいと思った。
放っておけないと、思ってしまった。
「ハヤテ、昨日はすまなかった」
翌朝オレはいつも通り、キリシュと馬車で登校した。
教室で席に座るなり、カイに頭を下げられる。未だ生徒が少ない内とはいえ、目立つ。
「カイ様、目立ってます」
そのまま伝えると、カイはハッとしたように姿勢を正した。
「命令権は、取り消す。あの場でシズルが折れてくれたのは、俺に命令権を使わせないためだったはずだ。……ハヤテは、本当はどうしたい?」
命令権まで使おうとしたのに、一転して不安そうな面持ちだった。本当に、ひと言遅いなあと、呆れて笑ってしまった。
「カイ様が心配なので、側に居ますよ」
「……すまない」
「冗談です。まさかあんな風に乗り込んで来ると思わなかったんで、スカウト、嬉しかったです。どっちかと言うと、ヘッドハンティングみたいでしたが」
「分かってもらえたなら、良かった。急いだ理由は、シズルが言っていた通りだ。シズルは前から、ハヤテは側近に向いているんじゃないか、という話をしていた。シズルの側近になっても、友人でいることは出来ると言われたし、そう思っていた。でも、学園生活は所詮三年だけのこと。成人すれば、シズルの側近であるハヤテとはもう、同じように話すことは出来なくなる」
「そういうものですか」
「ああ。それにハヤテが居なくなってから、屋敷が物足りない。すっかりハヤテに頼っていたんだなと、マーベルが漏らしていたほどだ。俺もつい、屋敷の中でハヤテの姿を探していた。……俺には、ハヤテが必要だ」
此処は教室で、声を落としているとは言え、聞き耳を立てれば内容も伝わってしまうだろう。
数人の生徒が、息を呑んでこちらを見守っているのが分かった。
「――――ーあら。茶番はもう終わりましたの?」
突然頭上から、ネリィの呆れたような声がした。
「ちゃ、茶番ですか?」
聞き返すが、ネリィはイタズラしたように、オレとカイにそれぞれ笑って見せるだけだった。
カイとのやり取りを鼻で笑われたのか、それとも、会話内容に対してなのか。
ネリィが声を掛けてくれたことで、教室の雰囲気も解かれ、オレとカイはこの話を切り上げた。
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結局また短期間で私物をまとめ直したオレは、シズルの部屋に挨拶しに訪れていた。
「あの、用立てていただいたこの服なんですが」
「気に入らないのでなければ、持って行ってくれ。カイの横に立つにしても、きっと役立つだろう」
「ありがとうございます、助かります。――――あと、」
「なんだ?」
「もしかしてオレ、全て担がれていたんじゃないですか?」
シズルが、視線だけで問い返す。
「何度考えても、そうとしか思えなくて」
シズルの表情と機嫌を慎重に様子見しながら、オレは言葉を紡いだ。
「カイ様に側近が必要である。どうやって用意するか。最初から、それだけだったんじゃないかと」
「私の側近が居なくなった話は、キリシュから聞いていないか?」
「聞きました。でも、取り急ぎキリシュさんとフィデリオさんがいるのに、平民を教育して行くのはやはり、シズル様の立場で考えると採用条件に合わない、というか。生徒会役員の指名についてもそうでした。オレを試した本当の理由が、あるんじゃないかと」
「どうだろうな。私は本当に、ハヤテを側近に迎えるつもりだった。だから王宮にも話を通した」
「それは、話を通しておかないと、オレがカイ様とシズル様のところを勝手にウロウロしてる感じになるからですよね」
「さあな」
勿論、シズルが全てを話すとは思っていない。
シズルの思惑でオレがカイの側近になったと認めてしまうのは、王位継承順位を巡って対立する王子同士のバランスにも影響する。
ただ疑問に思うのは、シズルがなぜそんな危ない橋を渡ったのか、ということだ。なんらかの得があるのか、完全なる弟思いの善意なのかは分からない。
「まあ、その勘は大切だ」
「え」
「側近は、王の代わりに周りを疑い、危険を払い除け、事が起きる前に対処することを求められる。そうでないと、王自身が全てを疑わなければいけなくなるからな」
「――――はい」
「それでも、側近に降りかかるもの全てが、王や王子の責任だ。側近はあくまでも職務でしかない。受け入れ難い不条理があれば、遠慮なく伝えるといい。正式採用された後は、王宮の国王に直接意見することも許されるしな」
「それは……身に余る、という感じがします」
「徐々に学んでいくといい。私からはもう援助は出来ないが、学ぶ術ならいくつでもある」
「はい」
多分今は、シズルに恩を感じる気持ちも、疑う気持ちも、そのままにしておくべきなんだろう。
決め付けず、いつか何かを判断する時の材料にする。
キリシュとフィデリオにも挨拶し、オレは再び、カイの屋敷へと戻った。
次話、ハヤテはカイの側近見習いとして働き始める




