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01.転生!ただの平民男子④

 その夜眠りながら、夢を見ていた。前世の、就活の時の夢だ。

 周りと同じようにと主体性なく過ごして来て、前世では就活で随分と苦労した。

 ハミ出ないように真面目に過ごして来たつもりでいたのに、何故か同級生は皆、いつの間にか磨かれた自己PRを持ち、どんどん内定を取っていく。

 オレは自分の凡庸さに病みながら、現実逃避のスマホゲームで借金するくらい課金したり、徐々にヤケになっていた。 

 三次面接まで進んでいたカードが全部祈られた時、就職先となったベンチャー企業の一次面接を受けた。

 それまで、どこかで読んだ自己紹介やガクチカ(学生時代に力を入れたこと)を真似たものばかりで結果が出ておらず、あの時のオレは自暴自棄のようだった。

 台本を全て忘れて、なんなら自分の弱みとして、馬鹿正直にゲームの課金で借金まであるエピソードすら語っていた。

「――――それでも今日、きちんとスーツで、時間通りに来てくれたんですね」

 起業後数年で、初めて新卒を採用するというこの会社では、一次面接から役員が対応していた。

 年齢は一回りも変わらないような見た目でも、人生経験の厚さを感じさせるような圧があった。なんとか書類選考に受かりたくて作り上げた机上のエントリーシートをその目が何度か往復し、見比べられる。

「すみません。書いてあることと、違うことも言いました」

「なるほど。じゃあ一旦、書類のことは気にせず、志望動機を教えてください」

 オレは、今まで自暴自棄になって話した内容や、性懲りも無く書いた履歴書との矛盾に怯えながら、なんとか言葉を絞り出す。当然内容はガタガタで、辻褄も合わず、大きなことを言う割に裏付けになるエピソードも出てこない。

「当社は、貴方が求めているような、安定した環境ではありません。正直に言えば、社会貢献を考えるよりもっと手前の段階です」

 これはまた、祈られたに違いない。そう思ったが、役員の口ぶりは穏やかだった。

「これから、第二創業期とも言える時期を迎えます。新サービスのリリースも控えていますし、労働時間も法定のギリギリです。取り敢えずの就職先には向きません」

「――――すみません」

「でも、もし未だ興味を持ってくれるなら、提出済みのこちらは忘れて、二次面接までに課題に回答をお願いします」

「え」

 試すような視線だったが、揶揄われているとは感じなかった。もう一度、オレの話を聞きたいと言ってくれている。

 結局迷った末、恥を忍んで二次試験前の課題を素直に提出し、そこから順当に内定を貰った。

 内定式で一次試験の役員と直接話した時に、言われた言葉があった。

「融通の効かない真面目さや、悪いことができない所は、立派な長所だと思ったよ。借金って言うからどうしたのかと思えば、お婆ちゃんに土下座してお金を借りた話が出てくると思わなかったし」

「いやぁ……ほんと、ダサいですよね」

「まあね。でも、カッコよくないことを、筋を通すために選べるならいいと思うよ。それに俺は、課題で答えてくれた言葉が嬉しくて、面接通したんだから」

「何書きましたっけ」

「必要としてくれる会社で、自分にしか出来ない仕事をやりたい、と。真面目な君が言うんだから、本当にちゃんと応えてくれるんだろうと思ったんだ。――――というわけで、代表からも最終面接で脅されただろうけど、本当に忙しくなるから覚悟しててね」

 かくしてオレは、地味で人並みで安定した人生から転がり、気付けば不安定なベンチャー企業で働くことになった。

 研修もなく、同期も次々減っていったし、本当にハードだった。けれどやり甲斐はあったし、目の前にやり切りたい仕事だってあったと思う。

 この世界の方が夢じゃないなら、前世のオレの『終わり方』が思い出せないのが気になる。過労死とか事故死とか、そんな所だろうか。どこまでも他人事のようだった。


 鐘の音で目を覚ますと、いつもの寝落ちから目覚める散らかったマンションではなく、寮の天井が目に入る。

 入学したばかりとは言え、何もしなければこの人生は、平坦に終わっていくのが見えていた。

 村では同世代に女子の方が多く、進学する人間は珍しかったが、この王立学園を卒業後に戻れば多分結婚だって出来るんだろう。

 ただのクラスメイトとして平和に卒業するため、主人公に関するエピソードやキャラクターの性格などはある程度分かっている。安全な距離を取るくらい、間違いなくできる。

 それなのに、嫌だ、という感情が湧いて来た。

 この感情には覚えがある。

 就活で様子がおかしくなっていたオレはあの頃、家族から就職浪人もありだと言われたり、バイト先でそのまま雇ってくれるなんて話も貰っていた。唯一選考に残っているベンチャー企業の話をした時にも、もっと安定した所を目指す方がいい、と説得された。

 しかし結局、安定とは程遠いのを覚悟の上で、内定を受けたのだ。

 オレは多少の安定より、なんでもないようなバカ真面目なオレの特徴に可能性を見出してくれた場所で、役に立てるのか挑んでみたいと思ってしまった。

 今もまた、性懲りも無く、抗いたい気持ちが浮かんでいる。

 少なくともこの世界でだって、田舎から試験を受けて王立学園に入れる平民は珍しい。主人公は特殊な存在だとしても、オレにだって少しくらいの才覚はあるんじゃないか。記憶は曖昧だが、勉強だってして来たのだから。

 この世界にある職業がどんなものか、平民から目指すこともできるものなのかは分からない。そもそもオレと言う存在が、何かを目指すことが叶う世界なのかも分からない。しかしそれでも、ここがララブの世界だと分かっていることで、有利に働くこともあるはずだ。

「って言っても、在学期間は三年か。いや、ゲームだとたしか、三年生を卒業式で送り出すまでの一年目だけの話だったし……」

 運命を変えるには、時間がない。もう二日目になってしまった。のんびり出来ることを探したり、習得するような余裕はない。

「一旦、整理するか」

 まずはせめて、この世界の中心であろう主人公と攻略キャラ達、主たるストーリーを思い出した方がいい。

 学校で配布されたノートを一冊手に取り、オレは机に向かった。

次話、平民ハヤテは段々と教室で浮いてしまう

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